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第十二章 友達とか家族とか(後編)
距離感
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前世の自分は。
(仲間のステファノを引っ掻き回して、若かりし頃の王妃様とは婚約をしていて、他に好きなひとがいた……って何!? どうすればそんなふしだらな生き方ができるのか、いまの僕にはさっぱりわからない……)
王妃に会わせて欲しいと直談判をした結果、アレクスからは「話は通しておく」との言質を得て、クライスはジュリアとともに部屋を後にした。アゼルは置いてきたが、この際どうでも良い。
王宮内に用意された自室に向かって廊下を早足で進み、辿り着いた先でドアを開ける。すでに夜で、部屋の中にはぼんやりとした明るさの魔石灯がひとつ。その光に吸い寄せられるように一歩踏み出したところで、真後ろで「あの」とジュリアに声をかけられた。
「ええっと、あれっジュリア!?」
不意打ちに動揺して振り返ると、ジュリアがほんのりと苦い顔をした。
「やっぱり私がいること、忘れてましたか。私は今日、クライスと同じ部屋を使うように上から命じられています。アゼルさんが言っていましたが、いつレティシアなる魔族が現れるかわからない状況下で、兵たちが特別警戒にあたっているのはクライスもご存知の通り。私たちは戦闘要員なので、現れたら迎撃あるのみなのはもちろんのことですが、クライスに関しては標的にされる恐れも十分にあるのだとか。昨日はバタついていたので別の部屋でしたけど、それを言ったらスヴェン隊長に『目を離すな』と護衛任務を言い渡されました。あなたの」
無駄なく話されて、クライスは「あ、うん、なるほど」と答えた。ジュリアの鋭い目は「わかってないですよね?」と言っていたが、言っている内容そのものは理解できていた。強いて言えば、心の準備のために、意味のなさない返事をしてしまったに過ぎない。
(仕事上ジュリアは女性で通しているけど、僕はジュリアが男性なのは知っているし、僕が知っていることもジュリアは知っているわけで……。いや、仕事だからジュリアと何かあるだなんて考えてもいないけど)
アゼルとアレクスに噛みついてきた直後に、自分がこれか、という。
その動揺はジュリアにも正しく伝わったようだ。言葉にするとこじれると腰が引けたクライスに構わず、ぴしゃりと言う。
「護衛対象に手を出すわけありません。そもそも私には好きな相手がいます。もしクライスが私に何かしようとしたらそのときは叩き斬りますよ」
「それ、僕を護衛している自覚、ほんとにある……?」
僕を斬っちゃだめだよね? と思ったが、口に出すことはできずにクライスはひとまず部屋に足を踏み入れる。ジュリアが後から続いて、後ろ手でドアを閉めた。パタン、という音に続き鍵を締めるカチャリという金属音が静けさの中いやに響く。
完全に背後を取られている、この状況。
無意識に張り詰めた空気を漂わせていたクライスの肩に手を置き、ジュリアが穏やかに言った。
「背中任せろって、俺言ったよな? そこは信用して欲しい。俺に対して緊張するなんて無駄なことしてないで、とっとと休みなよ。あんまりグダグダしてると、聖剣は俺がもらうから」
(……わー……!)
静かな口ぶりなのに、心臓を射抜かれたような痛み。声にならない悲鳴を上げて、クライスは肩越しに振り返った。
「ジュリア、そういうところ、すごい男だよね。かっこよくてうらやましい。僕もそういうこと言ってみたい」
「言いたければ言えば良いんじゃないですか。俺はべつにかっこつけてるつもりはないけど、そう思われるのは嫌いじゃない。好きなのは一人だけだから、それ以外のひとにちやほやされても意味はないんだけど。好きなそのたった一人の相手に、冴えない男と付き合ってるって思わせたくないから。かっこ悪いよりはかっこよくありたい。そう思うのに男も女も無いよ」
立ち止まっているクライスの横をすり抜けて、カーテンを閉めていない窓辺へと向かう。さらりとした金糸のような髪を流した背中はすらりと伸びていて、急いでいないのに広い歩幅が足の長さに気づかせる。
(綺麗なひとはたくさん会っていると思うけど、ジュリアもすごく綺麗。好きな相手にかっこよく思われたいから、絶対ブレないって芯の強さも、きっと関係している。こういうひと、好きだな……)
恋愛の意味ではなかったが、少しの誤解も二人の間に生じてほしくないので、クライスは敢えてそれを口にすることはなかった。それはロイドやアゼルに感じる種類のものと同じで、ルーク・シルヴァに向けるものとは違う。ただの好意。
(クロノス王子は……)
ふっと浮かんだ面影に、クライスは小さく拳を握りしめた。特に気づいていないジュリアは、部屋の中ほどまで進んで辺りを見回し、事務的な口調で言った。
「俺はソファでも床でも寝られるので気にしないで。クライスはきちんと休んでください。休めるときに休んで体調を万全にするのがいまのあなたの重要な仕事です」
「わかった。ベッドの譲り合いとか無意味な言い合いはしません。おやすみなさい」
さらっと告げると、乏しい光の中でジュリアが確かに笑った。おやすみ、と軽やかな声で告げられた。
(仲間のステファノを引っ掻き回して、若かりし頃の王妃様とは婚約をしていて、他に好きなひとがいた……って何!? どうすればそんなふしだらな生き方ができるのか、いまの僕にはさっぱりわからない……)
王妃に会わせて欲しいと直談判をした結果、アレクスからは「話は通しておく」との言質を得て、クライスはジュリアとともに部屋を後にした。アゼルは置いてきたが、この際どうでも良い。
王宮内に用意された自室に向かって廊下を早足で進み、辿り着いた先でドアを開ける。すでに夜で、部屋の中にはぼんやりとした明るさの魔石灯がひとつ。その光に吸い寄せられるように一歩踏み出したところで、真後ろで「あの」とジュリアに声をかけられた。
「ええっと、あれっジュリア!?」
不意打ちに動揺して振り返ると、ジュリアがほんのりと苦い顔をした。
「やっぱり私がいること、忘れてましたか。私は今日、クライスと同じ部屋を使うように上から命じられています。アゼルさんが言っていましたが、いつレティシアなる魔族が現れるかわからない状況下で、兵たちが特別警戒にあたっているのはクライスもご存知の通り。私たちは戦闘要員なので、現れたら迎撃あるのみなのはもちろんのことですが、クライスに関しては標的にされる恐れも十分にあるのだとか。昨日はバタついていたので別の部屋でしたけど、それを言ったらスヴェン隊長に『目を離すな』と護衛任務を言い渡されました。あなたの」
無駄なく話されて、クライスは「あ、うん、なるほど」と答えた。ジュリアの鋭い目は「わかってないですよね?」と言っていたが、言っている内容そのものは理解できていた。強いて言えば、心の準備のために、意味のなさない返事をしてしまったに過ぎない。
(仕事上ジュリアは女性で通しているけど、僕はジュリアが男性なのは知っているし、僕が知っていることもジュリアは知っているわけで……。いや、仕事だからジュリアと何かあるだなんて考えてもいないけど)
アゼルとアレクスに噛みついてきた直後に、自分がこれか、という。
その動揺はジュリアにも正しく伝わったようだ。言葉にするとこじれると腰が引けたクライスに構わず、ぴしゃりと言う。
「護衛対象に手を出すわけありません。そもそも私には好きな相手がいます。もしクライスが私に何かしようとしたらそのときは叩き斬りますよ」
「それ、僕を護衛している自覚、ほんとにある……?」
僕を斬っちゃだめだよね? と思ったが、口に出すことはできずにクライスはひとまず部屋に足を踏み入れる。ジュリアが後から続いて、後ろ手でドアを閉めた。パタン、という音に続き鍵を締めるカチャリという金属音が静けさの中いやに響く。
完全に背後を取られている、この状況。
無意識に張り詰めた空気を漂わせていたクライスの肩に手を置き、ジュリアが穏やかに言った。
「背中任せろって、俺言ったよな? そこは信用して欲しい。俺に対して緊張するなんて無駄なことしてないで、とっとと休みなよ。あんまりグダグダしてると、聖剣は俺がもらうから」
(……わー……!)
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「ジュリア、そういうところ、すごい男だよね。かっこよくてうらやましい。僕もそういうこと言ってみたい」
「言いたければ言えば良いんじゃないですか。俺はべつにかっこつけてるつもりはないけど、そう思われるのは嫌いじゃない。好きなのは一人だけだから、それ以外のひとにちやほやされても意味はないんだけど。好きなそのたった一人の相手に、冴えない男と付き合ってるって思わせたくないから。かっこ悪いよりはかっこよくありたい。そう思うのに男も女も無いよ」
立ち止まっているクライスの横をすり抜けて、カーテンを閉めていない窓辺へと向かう。さらりとした金糸のような髪を流した背中はすらりと伸びていて、急いでいないのに広い歩幅が足の長さに気づかせる。
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ふっと浮かんだ面影に、クライスは小さく拳を握りしめた。特に気づいていないジュリアは、部屋の中ほどまで進んで辺りを見回し、事務的な口調で言った。
「俺はソファでも床でも寝られるので気にしないで。クライスはきちんと休んでください。休めるときに休んで体調を万全にするのがいまのあなたの重要な仕事です」
「わかった。ベッドの譲り合いとか無意味な言い合いはしません。おやすみなさい」
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