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【第一章】
許してくださいませ、お姉さま
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「お姉さま、本当に行かれるのですか。ランカスター寄宿学校は、卒業生にも在校生にも王家の方々や名だたる貴族の面々が名前を連ねる名門校ですけれど、寮生活は平民と一緒ということですよ。メイドも護衛も連れていけないとか」
夕食後、リーズロッテの部屋を訪ねてきたクララは、ソファに腰かけて両手を揉み絞るようにしながら切々と訴えかけてきた。
その向かいに座っていたリーズロッテは、固い笑みを浮かべて、形の良い唇を開く。
「護衛が不要なのは、警備が厳重だからなのでしょう。もっとも、『平民も広く入学可』というルールを利用して、生徒に護衛や世話役を紛れ込ませている例も多いみたいよ。今だと第三王子のアーノルド様が在学中だけど、側仕えとして、宰相のご子息であるマクシミリアン様がついているそうね。学内には、生徒や教師の名目で在籍している護衛も多いはず。そういった意味では、かなり安全だと思うわ」
「でも、朝起きるのも、着替えも何もかもひとりでするんですよ。食事は食堂でご自分で皿にとって盛り付けたり? 浴場は共同だそうですし、あとは、えーと」
うろ覚えながらどこかで聞き覚えてきたことを並べていくクララを見つめて、リーズロッテは穏やかに言った。
「全部、ジャスティーンから聞いているわ。わかった上で行くのよ。どうせこのまま家にいても、『幽閉』『軟禁』『幼女趣味の相手との縁談』よ。これ以上恐ろしいものなんかないわね」
「ああ、それは本当にすみません、お姉さま。お姉さまより先に私の縁談が決まってしまうなんて。順番が違いますよね?」
罪のない口調で尋ねられて、リーズロッテはもともと強張っていた頬をさらに引きつらせた。
(その質問どういう意味かしら。『はい』って言ったら、成立したばかりの婚約を破棄するの? それとも『いいえ』って言えばいいの? 『わたくしは見た目が幼女なんですもの、仕方ないわ』って言うの? 言わせたいの?)
必要以上に、悪く受け取っている自覚はあった。
クララは、おそらくそこまで考えていないのだ。ただ思ったままのことを口にしている。それをリーズロッテがどう受け取るか、その結果なんと答えるのかまでは考えていないに違いない。
(この子のこの鈍感さ、わたくしからすると「無神経」なんですけど……。世間的には「おっとりしている」「育ちの良さを感じる」と言われて、美徳ととらえられることも多いわけだから。あまり意地悪を言って、萎縮させてもいけないわよね)
リーズロッテは、自分に言い聞かせて、納得しようとする。
見た目は「幼女」とはいえ、自分は「お姉さま」なのだから、妹を冷たくあしらってはいけない、と。
なんとか、自然に見えるように意識して微笑んでみせた。
「縁談は『縁』ですもの。たまたまわたくしよりあなたが先だったとしても、とても条件の良い相手で良かったわね。わたくしも心から祝福しているわ」
クララは、両手を祈るように組み合わせ、瞳を輝かせながら前のめりに身を乗り出してきて言った。
「それがですね、お姉さま。たまたまではないんです。デヴィッド様の最初のご希望は、お姉さまだったそうなんです。だけど、お姉さま、いまはそのお姿でしょう? 『どんなに望まれても跡継ぎを生むこともできないような娘を嫁がせるのは申し訳ない』ってお父様が言って、代わりにと私を推薦してくださったんです。本当にごめんなさいね?」
笑顔のまま、リーズロッテは呼吸を止めてしまった。
いま目の前の妹は、自分に何を言ったのだろう、と考えてしまう。
(「ごめんなさい」と言うからには、申し訳ないと思っている? 悪いことをしたと思っているから、謝っているのよね。それなのに、わたくしにダメージがあるのは、一体なぜなのかしら)
育ちの良さを感じさせる、いかにも貴族といった上品な顔に「許してくださいませ?」と言わんばかりの苦笑いをのせたクララ。
見るだけで、胸がズキリとする。
謝られていて、その縁談に興味もない以上、ここは鷹揚に「いいのよ」と言うのが自分にできるすべてだというのに、喉に何かが詰まってしまっていて、声が出てこなかった。
しかし、姉として期待されていることを言わねば。この妹はまた、何か違う角度からとんでもないことを言ってくるかもしれない。
本当に、悪気はないのかと疑いたくなるようなことを。
姉妹で刺し違えるような事態になる前に、自分がひいておこう、とリーズロッテは気合で堪えた。見た目は幼くても「お姉さま」なのだから。ここで駄々をこねて、本当の子どものように振る舞うわけにはいかない。プライドが許さない。
なんとか声を絞り出し、微笑んでみせた。
「いいのよ、気にしないで」
こんな家、一刻も早く出て行こうと、固く胸に誓いながら。
夕食後、リーズロッテの部屋を訪ねてきたクララは、ソファに腰かけて両手を揉み絞るようにしながら切々と訴えかけてきた。
その向かいに座っていたリーズロッテは、固い笑みを浮かべて、形の良い唇を開く。
「護衛が不要なのは、警備が厳重だからなのでしょう。もっとも、『平民も広く入学可』というルールを利用して、生徒に護衛や世話役を紛れ込ませている例も多いみたいよ。今だと第三王子のアーノルド様が在学中だけど、側仕えとして、宰相のご子息であるマクシミリアン様がついているそうね。学内には、生徒や教師の名目で在籍している護衛も多いはず。そういった意味では、かなり安全だと思うわ」
「でも、朝起きるのも、着替えも何もかもひとりでするんですよ。食事は食堂でご自分で皿にとって盛り付けたり? 浴場は共同だそうですし、あとは、えーと」
うろ覚えながらどこかで聞き覚えてきたことを並べていくクララを見つめて、リーズロッテは穏やかに言った。
「全部、ジャスティーンから聞いているわ。わかった上で行くのよ。どうせこのまま家にいても、『幽閉』『軟禁』『幼女趣味の相手との縁談』よ。これ以上恐ろしいものなんかないわね」
「ああ、それは本当にすみません、お姉さま。お姉さまより先に私の縁談が決まってしまうなんて。順番が違いますよね?」
罪のない口調で尋ねられて、リーズロッテはもともと強張っていた頬をさらに引きつらせた。
(その質問どういう意味かしら。『はい』って言ったら、成立したばかりの婚約を破棄するの? それとも『いいえ』って言えばいいの? 『わたくしは見た目が幼女なんですもの、仕方ないわ』って言うの? 言わせたいの?)
必要以上に、悪く受け取っている自覚はあった。
クララは、おそらくそこまで考えていないのだ。ただ思ったままのことを口にしている。それをリーズロッテがどう受け取るか、その結果なんと答えるのかまでは考えていないに違いない。
(この子のこの鈍感さ、わたくしからすると「無神経」なんですけど……。世間的には「おっとりしている」「育ちの良さを感じる」と言われて、美徳ととらえられることも多いわけだから。あまり意地悪を言って、萎縮させてもいけないわよね)
リーズロッテは、自分に言い聞かせて、納得しようとする。
見た目は「幼女」とはいえ、自分は「お姉さま」なのだから、妹を冷たくあしらってはいけない、と。
なんとか、自然に見えるように意識して微笑んでみせた。
「縁談は『縁』ですもの。たまたまわたくしよりあなたが先だったとしても、とても条件の良い相手で良かったわね。わたくしも心から祝福しているわ」
クララは、両手を祈るように組み合わせ、瞳を輝かせながら前のめりに身を乗り出してきて言った。
「それがですね、お姉さま。たまたまではないんです。デヴィッド様の最初のご希望は、お姉さまだったそうなんです。だけど、お姉さま、いまはそのお姿でしょう? 『どんなに望まれても跡継ぎを生むこともできないような娘を嫁がせるのは申し訳ない』ってお父様が言って、代わりにと私を推薦してくださったんです。本当にごめんなさいね?」
笑顔のまま、リーズロッテは呼吸を止めてしまった。
いま目の前の妹は、自分に何を言ったのだろう、と考えてしまう。
(「ごめんなさい」と言うからには、申し訳ないと思っている? 悪いことをしたと思っているから、謝っているのよね。それなのに、わたくしにダメージがあるのは、一体なぜなのかしら)
育ちの良さを感じさせる、いかにも貴族といった上品な顔に「許してくださいませ?」と言わんばかりの苦笑いをのせたクララ。
見るだけで、胸がズキリとする。
謝られていて、その縁談に興味もない以上、ここは鷹揚に「いいのよ」と言うのが自分にできるすべてだというのに、喉に何かが詰まってしまっていて、声が出てこなかった。
しかし、姉として期待されていることを言わねば。この妹はまた、何か違う角度からとんでもないことを言ってくるかもしれない。
本当に、悪気はないのかと疑いたくなるようなことを。
姉妹で刺し違えるような事態になる前に、自分がひいておこう、とリーズロッテは気合で堪えた。見た目は幼くても「お姉さま」なのだから。ここで駄々をこねて、本当の子どものように振る舞うわけにはいかない。プライドが許さない。
なんとか声を絞り出し、微笑んでみせた。
「いいのよ、気にしないで」
こんな家、一刻も早く出て行こうと、固く胸に誓いながら。
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