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【第二章】
封印の鍵
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物語の中で、カエルは言うのです。
「王女様と一緒に食事をして、王女様のベッドで一緒に寝たいのです!」
それは王女様には、到底受け入れられる要求ではありませんでした。何しろ相手はカエルなのです。
いっそのこと、つまみ上げて外の沼に投げ捨ててこようかしら、とまで思ってしまいました。
~童話「カエルの王子様」より抜粋~
* * * * * * *
“うまいな! 前からうまそうだとは思っていたんだ。そっちの鶏肉も食べてみたい”
にゃ、と前足でリーズロッテの手元に置かれた皿を示して、ジェラさんが身を乗り出した。
リーズロッテの耳には「にゃ」ともうひとつ、人間の男性のような声が二重に聞こえている状態である。
それが「魔力」絡みだというのは、第一声から感覚的にわかっていた。
(体の内側で、わたくしの「魔力」が反応している。この声は、魔力のないひとには聞こえないんじゃないかしら。それこそ「にゃあ」としか)
カウンターの上に並んだ皿に目を落として、ジェラさんの示した皿の鶏肉をフォークで突き刺してから、リーズロッテはジェラさんに目を向けた。
薄暗い照明の下、鎮座している姿は大きめの猫に見える。
猫はふつう、魔力を使って話しかけてはこない。
つまりこの猫は?
「食べたことなかったの? ずっとここに住んでいるのよね?」
“住んでるっていうか、祀られている? 聖獣だし”
リーズロッテの質問に対し、深緑の瞳をきらりと輝かせて、ジェラさんは妙に得意げに言い切った。
猫ひげまで、ぴんっとまっすぐになる。
(聖獣?)
「でも……、そこから動けないっていうのは、祀られているというより、もっとこう、『封印されている』に近いものを感じる……。なぜカフェのカウンター上なのかは、わからないけど」
「にゃ?」
なんの話だ? と言わんばかりに首を傾げられてしまった。猫語で。人間語がなかった。
(いま絶対、何かごまかした。聞かれたくない話題だったみたい……)
すらすらと要求を口にするくせに、いざリーズロッテから説明を求めると、突然に猫化するのだ。猫化というか、猫なのだが。
聞き出せたのは「ずっとこの場所から動けなかった」ということで、自分の声が聞こえる相手がここまで来るのを、長らく待っていたらしい。
「この鶏肉、レモンクリームよ? 猫は柑橘系は苦手じゃなかったかしら」
“猫じゃねーよ。聖獣だよ。ん。うまい”
リーズロッテの差し出したフォークの先にかぶりついて、咀嚼して、ご満悦の様子で喋る。
ジェラさんはカウンターに置かれた皿に口を近づけての「犬食い(※猫食い)」をするのは絶対イヤだとつっぱねているので、リーズロッテがフォークを口元まで運んで食べさせてあげているのだ。
近くで見ても、素晴らしい毛並みの猫。思わず撫でたくなるのを堪える。
(猫……? 聖獣……聖獣とは?)
“リズに飯食わせてもらうと、生き返る。魔力がすげー回復していく。あとは一緒に寝てもらったら完璧だな”
ミント水の入ったコップに口をつけていたリーズロッテは、危うくふきだしかけた。仮にもリーズロッテは「伯爵令嬢」であり、そんな不調法あってはならない。猫(※聖獣)以外誰も見ていないとはいえ、あくまでもつんと気高くしていなければ。
リーズロッテは咳払いで喉を整え、尋ねた。
「一緒に寝るって、同衾するということ? どうして? それで何がどうして回復するの?」
“リズ。童話の「カエルの王子様」って知らない? カエルが王女様と一緒に食事をして、一緒に寝たがる話。あの話のラストは感動的だね。王女の愛で人間に戻れるんだ”
少し考えてみた。
その童話はたしかに有名で、リーズロッテも知っていたが、少しばかりジェラさんとは見解が異なる。そんな甘い話ではなかったように、記憶している。
「あの童話、カエルが人間に戻ったのは、王女の『愛』ではなく、『憤怒』もしくは『殺意』よね。何度読み返しても、王女様にはカエルを好きになった形跡がないのよ。それなのに、どうして王女様は結婚してしまったのかしら」
“素直じゃないだけで、実は好きだったんじゃないか”
「ものすごくポジティヴなことを言っているけど、壁に叩きつけて殺してしまったら、その先の関係はもうないわよね? たまたま呪いが解けたけど、お姫様としては絶対予想外の斜め過ぎる展開だったと思う。全力の殺意を向けたカエルが、死なないどころか、人間の姿になるなんて。わたくしだったら、その時点で自分の死を覚悟する」
本気で殺そうとした相手が、ダメージもなくけろっとした状態で「結婚しよう」と言ってくるなんて、恐ろしすぎる。確実に裏があるとしか思えない。
もしかして、王女は復讐を恐れて結婚を承諾したのだろうか。
“俺とリズの魔力の相性が良いのは、確かなんだけどな。リズも、俺と「会話」しているうちに、どんどん魔力が開花していく感覚があるだろ。その体の中で行き場を失って、荒れ狂っていた魔法が、いま正常な流れを取り戻しつつある”
ジェラさんの指摘を受けて、実感のあったリーズロッテは、ひとまず頷いた。
「それは、そうですね。いままで『魔力』があると言われても、全然使えなかったの。だけどいま、ジェラさんの声を聞くために耳を澄ませているうちに、全身に流れができているみたい。まだ、意識して使える気はしないけれど」
自分の小さな手をカウンターの上に広げて、視線を落とす。
体内で血がざわめいて、しきりと何かを訴えかけてきている。胸がドキドキと鳴っている。
指先まで力が巡って、いまにも外に迸り出そうな感覚。
(何かが変わりそう)
この流れに身を任せてみたい。
願った瞬間。
蠱惑的な男の声が、囁きかけてきた。
“いまのリズは、本来の姿じゃないな。大きすぎる魔力に阻害されて、捻じ曲げられている。俺にはわかるよ。リズは俺と一緒にいれば、あるべき姿を取り戻せる。本当の自分に会いたいと思わない?”
願いと望みを、見透かされた。
リズは恐ろしいものを見る目で、ジェラさんを見た。
「どうすれば……」
“うん。俺と一緒に食事して、一緒に寝るのが良いと思う。俺たちはお互いが封印の鍵みたいなものだ”
一拍考えてから、リズは不審さを隠しもせず、ジェラさんに厳しく言う。
「それ、カエルが王子様に戻る方法だわ。それとも、ジェラさんもそれが本来の姿じゃなくて、中にひとがいるとでも? 仕上げにわたくしに刺されでもしたら、人間に戻るの?」
にゃあ、とは言わなかった。
ただ、そのとき、ジェラさんの毛むくじゃらの猫顔が、明らかに笑みを形作った。闇夜を思わせる艷やかな毛を震わせ、深緑の瞳を怪しく輝かせて。
ぞくりと、背中に悪寒。
魅入られそうになる。
(自称「聖獣」だけど、本当に? 何かもっと違うものが封印されているのでは?)
言葉を失って見つめ合っていたとき、不意に声がかけられた。
「お姫様、迎えにきたよ。夜遊びはもうこのくらいにして、帰るよ」
視線の呪縛から逃れて、ぱっと振り返る。
穏やかに微笑んでいる、男装姿のジャスティーンが立っていた。
「王女様と一緒に食事をして、王女様のベッドで一緒に寝たいのです!」
それは王女様には、到底受け入れられる要求ではありませんでした。何しろ相手はカエルなのです。
いっそのこと、つまみ上げて外の沼に投げ捨ててこようかしら、とまで思ってしまいました。
~童話「カエルの王子様」より抜粋~
* * * * * * *
“うまいな! 前からうまそうだとは思っていたんだ。そっちの鶏肉も食べてみたい”
にゃ、と前足でリーズロッテの手元に置かれた皿を示して、ジェラさんが身を乗り出した。
リーズロッテの耳には「にゃ」ともうひとつ、人間の男性のような声が二重に聞こえている状態である。
それが「魔力」絡みだというのは、第一声から感覚的にわかっていた。
(体の内側で、わたくしの「魔力」が反応している。この声は、魔力のないひとには聞こえないんじゃないかしら。それこそ「にゃあ」としか)
カウンターの上に並んだ皿に目を落として、ジェラさんの示した皿の鶏肉をフォークで突き刺してから、リーズロッテはジェラさんに目を向けた。
薄暗い照明の下、鎮座している姿は大きめの猫に見える。
猫はふつう、魔力を使って話しかけてはこない。
つまりこの猫は?
「食べたことなかったの? ずっとここに住んでいるのよね?」
“住んでるっていうか、祀られている? 聖獣だし”
リーズロッテの質問に対し、深緑の瞳をきらりと輝かせて、ジェラさんは妙に得意げに言い切った。
猫ひげまで、ぴんっとまっすぐになる。
(聖獣?)
「でも……、そこから動けないっていうのは、祀られているというより、もっとこう、『封印されている』に近いものを感じる……。なぜカフェのカウンター上なのかは、わからないけど」
「にゃ?」
なんの話だ? と言わんばかりに首を傾げられてしまった。猫語で。人間語がなかった。
(いま絶対、何かごまかした。聞かれたくない話題だったみたい……)
すらすらと要求を口にするくせに、いざリーズロッテから説明を求めると、突然に猫化するのだ。猫化というか、猫なのだが。
聞き出せたのは「ずっとこの場所から動けなかった」ということで、自分の声が聞こえる相手がここまで来るのを、長らく待っていたらしい。
「この鶏肉、レモンクリームよ? 猫は柑橘系は苦手じゃなかったかしら」
“猫じゃねーよ。聖獣だよ。ん。うまい”
リーズロッテの差し出したフォークの先にかぶりついて、咀嚼して、ご満悦の様子で喋る。
ジェラさんはカウンターに置かれた皿に口を近づけての「犬食い(※猫食い)」をするのは絶対イヤだとつっぱねているので、リーズロッテがフォークを口元まで運んで食べさせてあげているのだ。
近くで見ても、素晴らしい毛並みの猫。思わず撫でたくなるのを堪える。
(猫……? 聖獣……聖獣とは?)
“リズに飯食わせてもらうと、生き返る。魔力がすげー回復していく。あとは一緒に寝てもらったら完璧だな”
ミント水の入ったコップに口をつけていたリーズロッテは、危うくふきだしかけた。仮にもリーズロッテは「伯爵令嬢」であり、そんな不調法あってはならない。猫(※聖獣)以外誰も見ていないとはいえ、あくまでもつんと気高くしていなければ。
リーズロッテは咳払いで喉を整え、尋ねた。
「一緒に寝るって、同衾するということ? どうして? それで何がどうして回復するの?」
“リズ。童話の「カエルの王子様」って知らない? カエルが王女様と一緒に食事をして、一緒に寝たがる話。あの話のラストは感動的だね。王女の愛で人間に戻れるんだ”
少し考えてみた。
その童話はたしかに有名で、リーズロッテも知っていたが、少しばかりジェラさんとは見解が異なる。そんな甘い話ではなかったように、記憶している。
「あの童話、カエルが人間に戻ったのは、王女の『愛』ではなく、『憤怒』もしくは『殺意』よね。何度読み返しても、王女様にはカエルを好きになった形跡がないのよ。それなのに、どうして王女様は結婚してしまったのかしら」
“素直じゃないだけで、実は好きだったんじゃないか”
「ものすごくポジティヴなことを言っているけど、壁に叩きつけて殺してしまったら、その先の関係はもうないわよね? たまたま呪いが解けたけど、お姫様としては絶対予想外の斜め過ぎる展開だったと思う。全力の殺意を向けたカエルが、死なないどころか、人間の姿になるなんて。わたくしだったら、その時点で自分の死を覚悟する」
本気で殺そうとした相手が、ダメージもなくけろっとした状態で「結婚しよう」と言ってくるなんて、恐ろしすぎる。確実に裏があるとしか思えない。
もしかして、王女は復讐を恐れて結婚を承諾したのだろうか。
“俺とリズの魔力の相性が良いのは、確かなんだけどな。リズも、俺と「会話」しているうちに、どんどん魔力が開花していく感覚があるだろ。その体の中で行き場を失って、荒れ狂っていた魔法が、いま正常な流れを取り戻しつつある”
ジェラさんの指摘を受けて、実感のあったリーズロッテは、ひとまず頷いた。
「それは、そうですね。いままで『魔力』があると言われても、全然使えなかったの。だけどいま、ジェラさんの声を聞くために耳を澄ませているうちに、全身に流れができているみたい。まだ、意識して使える気はしないけれど」
自分の小さな手をカウンターの上に広げて、視線を落とす。
体内で血がざわめいて、しきりと何かを訴えかけてきている。胸がドキドキと鳴っている。
指先まで力が巡って、いまにも外に迸り出そうな感覚。
(何かが変わりそう)
この流れに身を任せてみたい。
願った瞬間。
蠱惑的な男の声が、囁きかけてきた。
“いまのリズは、本来の姿じゃないな。大きすぎる魔力に阻害されて、捻じ曲げられている。俺にはわかるよ。リズは俺と一緒にいれば、あるべき姿を取り戻せる。本当の自分に会いたいと思わない?”
願いと望みを、見透かされた。
リズは恐ろしいものを見る目で、ジェラさんを見た。
「どうすれば……」
“うん。俺と一緒に食事して、一緒に寝るのが良いと思う。俺たちはお互いが封印の鍵みたいなものだ”
一拍考えてから、リズは不審さを隠しもせず、ジェラさんに厳しく言う。
「それ、カエルが王子様に戻る方法だわ。それとも、ジェラさんもそれが本来の姿じゃなくて、中にひとがいるとでも? 仕上げにわたくしに刺されでもしたら、人間に戻るの?」
にゃあ、とは言わなかった。
ただ、そのとき、ジェラさんの毛むくじゃらの猫顔が、明らかに笑みを形作った。闇夜を思わせる艷やかな毛を震わせ、深緑の瞳を怪しく輝かせて。
ぞくりと、背中に悪寒。
魅入られそうになる。
(自称「聖獣」だけど、本当に? 何かもっと違うものが封印されているのでは?)
言葉を失って見つめ合っていたとき、不意に声がかけられた。
「お姫様、迎えにきたよ。夜遊びはもうこのくらいにして、帰るよ」
視線の呪縛から逃れて、ぱっと振り返る。
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