聖獣さまの番認定が重い。~不遇の令嬢と最強の魔法使い、だいたいもふもふ~

有沢真尋

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【第三章】

お姫様のキスで目覚める

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 走り寄って、闇雲に顔をぶつける勢いで近づける。
 猫の耳の先を、唇がかすった。
 変化はその次の瞬間に訪れた。

 爆発する光。
 圧倒的な光量にも関わらず、目を射ないその輝きの中で、暗いローブの男が立ち上がる。
 過剰な動作でリーズロッテを振り返った瞬間、かぶっていたフードが外れた。

「ありがとう!! すっげぇ元気になった!! リズ、愛している!!」
「あ……、愛。はい、えっと」

 あまりにも屈託ない笑顔でまっすぐに見つめられて、リーズロッテはたじろいた。
 心臓が止まるかと。

(人間の姿のときは、軽率な愛の告白をやめてほしい……!)

 動揺しきりのリーズロッテにすばやく片目を瞑ってみせて、彼はデヴィッドに向き直る。

「『俺の』リズにつきまとうのやめて欲しいんだよね」
「お前、いま、どこから!? 一体何者……」

 後ろ姿を見るだけでも、人間の姿となった彼がどんな表情をしているか、わかる。きっと、デヴィッドに向けて、笑いかけている。
 デヴィッドはといえば、大いに顔を強張らせていた。
 登場の仕方ですでに、目の前の男が日常のルールから逸脱した存在なのは明らか。
 しかも、どの角度から見ても、黄金比を思わせる凄まじい美貌なのだ。およそ、ひととも思えない。

「俺の話聞いてる? リズにつきまとうなって言ってんの。お前ら全員殺すのも、この街ひとつ吹っ飛ばすのも簡単なんだ。赤ん坊みたいな魔導士引き連れてきて『魔導兵』? お笑い草だよ。なんのおままごとだ?」

(ジェラさん……ガラ悪い……っ。とても「聖獣」とは思えない。だいたい自分だって「何者」って聞かれたの、答えていないのに……!)

 もはやリーズロッテが冷や汗を浮かべて心配しているのは、ジェラさんではなく。
 この場に居合わせて彼の不興を買っている男たちであったり、この建物そのものであった。
 そのくらい、彼から押し寄せてくるのは絶大な力の波。

「ああ、そうそう。何者、ってきいた? 俺に? お前達が想像もつかないくらい遥か昔から生きている魔法使いだよ。『不均衡な力の王たち』を屠り『天の火』によって焼かれた『破壊された塔』にして『さまよえる星』。『永遠の闇と暗黒』とともに在る者。だけどそれも今日で終わり」

(……なんかすごく怖いこと言っている気がするんですけど……、「今日で終わり」って何? 「永遠の闇と暗黒」なのに、なんでそんなにカジュアルに終了するの? 永遠はどこへ?)

 うぉぉ、あぁぁ、という悲鳴が周囲で上がり、リーズロッテは緊張したまま辺りを見回した。
 デヴィッドの私兵らしき魔導士たちだった。何か、その不穏な口上に心当たりがあるのかもしれない。

「聖女が俺を解放してくれた」

 彼の放った言葉の余韻が、辺りを包み込む。
 驚愕に満ちた顔で、デヴィッドがその名を呼んだ。

「終末の魔導士ジェラザール……!」
「そう。ジェラさんだよ」

 悪夢のような明るさで、彼はデヴィッドの言葉を肯定した。

(なに……? 聞いたことがない。魔導士を信奉する闇の結社で秘伝にされている名前か何かなの……? 終末? 世界の終わり?)

 控えめに考えても、尋常な存在とは思えなかった。
 しかもその「解放」をした存在として「聖女」の自分が、名指しされている。リーズロッテはあまりのことに気が遠くなりそうになりながら「ジェラさん、悪いことしないで」とかすれた声で呟いた。
 肩につく黒髪をさっと揺らして、ジェラさんが振り返る。

「わかった。リズの望みのままにする。どの程度までなら『悪いこと』に該当しないのか、俺に教えて。まずは全員殺した場合」
「ひとりでも殺したら『悪いこと』に該当するから、気持ちを抑えていただきたく! いまは、ここからこの人達を追い出すだけで十分。あとは、クララがあちらに確保されていないか確認できれば」
「了解」

 早口で願い出たリーズロッテに対し、ジェラさんは抜群の笑みを向けてからデヴィッドに向かって言った。

「クララ捕まえてない? 嘘言ったら舌引っこ抜くよ。すごく残酷な方法で」
「クララは……」

 尋問に脅しを添えるジェラさんに対し、デヴィッドは何かを答えようとしたが、別の方向から響いた声がそれを遮った。

「大丈夫だよ、顔面凶器魔法使い。伯爵には話を通してあるから。クララは、デヴィッドから誘いがあっても屋敷から出さないように言ってある。リーズロッテがデヴィッドの真の狙いを暴いて、クララを守っていることも伝えてあるよ」
「ジャスティーン……!」

 戸口に立つその姿を見て、リーズロッテは安堵のために涙がにじみそうになった。
 ジャスティーンは、力強く頷いてから、すうっと視線をジェラさんに向けた。

「ついに封印を解いたか。『聖獣』というより『破壊神』に近い存在だと思うんだけど。リズのいうことは聞くんだよね?」
「ちょっと待って。どういう意味!? そういうことはもっと早く教えて!?」

 焦るリーズロッテの背後、ひとの気配。首周りに腕が絡みつく。抵抗もできずに抱き寄せられたリーズロッテの頭上で、恐ろしく機嫌の良さそうな声がこたえた。

「大丈夫。リズがだめっていうことはしないし、リズには悪いことはしない」
「了解。さすが聖女。そういうことみたいだから、リズ、聖獣の手綱はしっかり握っておいてくれ」

 言うだけ言って、ジャスティーンは「学内に不法侵入したみたいだけど、それなりのペナルティはありますよ」とデヴィッドたちに向かって宣言をした。
 その後始末を見る間もなく、リーズロッテの視界は暗いローブに覆われる。
 飛ぶよ、という低い囁き声が耳に届いた。

 * * *

「服脱いで、早く」

 目を開けたら、そこはリーズロッテの私室であった。
 瞬間移動のような魔法が行使されたのだと解釈したが、続いて言われた言葉は到底受け入れられるものではない。

「そんなこと……っ。んっ!?」

 制服がきつい。
 体の骨がみしみしと軋んでいる感覚がある。
 目の前に立っていたジェラさんは、ローブを脱いでリーズロッテにかぶせてきた。

「その中で脱いじゃって。体の成長に服が合ってないんだ。苦しいでしょ? 服も破れちゃう」

 大きな布をに包まれている状態で、身動きはできる。
 同じ部屋に人間のジェラさんがいるのに服を脱ぐのは抵抗があったが、ブラウスやジャケットのきつさは耐え難く、リーズロッテは思い切ってローブに包まれたまま服に手をかけた。
 最終的に、下着の一枚まですべて脱ぎ落として、大きく息を吐く。
 身にまとったローブはぶかぶかで依然として大きかったが、すぽっと首の部分から顔を出して立ち上がったとき、視界が変わっていた。
 袖に腕を通し、手を開いて見る。

 ほっそりとして長い指。いつも見ていた大きさとは、一回り以上違う。

「成長……」
「俺たちは呼応している。俺の封印を解いたとき、リズの中の魔力も完全に正常な流れを取り戻した。だからその姿に」

 影が落ちてきて、はっと顔を上げる。
 袖のない黒の胴着に黒のズボン姿のジェラさんが、微笑んで立っていた。

「綺麗だよ。自分でも、鏡で見たいよね。ずっと、子どものままなのは嫌だって思っていたのは知ってる。おいで、自分の目で確かめてごらん」

 しぜんに手を引かれ、ほとんど私物のない部屋の中にあるスタンドミラーの前まで導かれる。

 みずみずしく、艷やかな黒髪。繊細そうな細面に、大きな緑の瞳。赤い唇。
 自分に似ているが、見たことのない少女が不思議そうに立っていた。
 指で頬や唇に触れてみると、鏡の中の少女もたしかに同じ動きをする。

「どう? 実感した?」

 成長した姿でも、並んで立てば歴然とした身長差のジェラさんが、横から見下ろしてくる。
 鏡にうつる優しげな横顔に内心ドキドキしつつ、リーズロッテはローブに包まれた自分の体に目を落とした。
 素肌に直に布の感触を感じ、透けようもない暗い色で良かった、とひそかにほっとする。
 体のあちこちにも異変があるようだが、ひとまずシルエットが出ないのも助かった。どこもかしこも自分で直視するのはこそばゆく、視線をさまよわせてしまう。

「本物、みたい。いざこの年齢の姿になってみると、不思議で……変?」
「何が? ぜんぶすごく可愛い。今までのリズも可愛かったけど、その姿は本当に綺麗。子どもの姿ではできないこともできるし」

 繋いだままだった手にぎゅっと力を込められ、はっと顔を上げると、まっすぐに見つめられていた。
 ふわりと蕩けるように微笑まれる。

「呪いを解いてくれてありがとう。結婚しよう」

 少しだけ予期していたが、実際に言われるとめまいがした。

「それは……っ。キスしたのは必要に迫られてであって、決して結婚するために呪いを解いたわけでは!」
「問題ないよ。リズの強い思いが呪いを解く力となって働いたんだね。俺はこう見えて世界も滅ぼせる魔導士なんだ、猫じゃないよ。結婚しよう」

 逃げようと一歩下がっても、繋いだままの手を目の高さまで持ち上げられてにっこりと笑われる。

(たしかに猫じゃないけど……世界を滅ぼす!? それは本当に口説き文句ですか!? 滅ぼされたら困るんですけど……!!)

 ――リズ、聖獣の手綱はしっかり握っておいてくれ

 最前、ジャスティーンに言われたセリフが頭をよぎる。

 もしかして。
 手綱を握るというのは「世界を滅ぼさないように見ておいてね」という意味だとすると。
 見ているためには、そばにいるしかなく。
 これまで事あるごとに「俺の」と宣言してきた彼だけに、他の男が近づけば殺しかねないというか確実に殺しそうだし、下手をすれば世界を滅ぼ……

「カエルに求婚され、不可解な結婚を承諾したお姫様は、まさか世界をたてに脅されていた……?」
「なに? 童話の新解釈? カエル、世界を滅ぼせるの? 俺みたいだね」

 おっとりと微笑みながら、ジェラさんは持ち上げたままであった手に唇を寄せて、リーズロッテの指に口づける。

「時間はまだまだある。たくさん愛し合おう。リズ……、君は俺の運命のつがいなんだ」

 背中に腕を回され、抱き寄せられかけて、リーズロッテは身を捩って逃れた。

「だとしても!! 結婚するとしても、この国の法律では十八歳からです!! わたくしは十五歳なのでまだ結婚はできません!! それに類する行為もできません!!」
「類する行為」
「い、一緒に寝ようとして、ベッドに入ってきたりしてはだめですよ!?」

 顔を真っ赤にして叫んだリーズロッテを、ひどく愛しげに見下ろしながら、ジェラさんは軽く首を傾げた。

「それじゃあ、いまは誓いのキスを所望しよう。さっきは、ここだったから」

 片目を瞑りながら、自分の片耳を指で引っ張って笑い、不意に身をかがめてくる。
 奪われる。
 唇に触れる優しい感触に目を閉ざしながら、リーズロッテは心の中で強く願った。

(猫に)

 目を開けたときには、人間のジェラさんの姿はなく。
 呆然としている猫がいっぴき。
 ついでに、リーズロッテの体も大きなローブに埋もれてしまっていた。

「にゃうぅ“リズぅ……”」

 切なげに双眸を細められ、リーズロッテはいたずらっぽく笑ってみせた。

「あなただけ猫に戻すのは、フェアじゃないから。あなたが猫の間は、わたくしも今まで通りこの姿で通すわ。そうすれば、ベッドで一緒に寝るのも今まで通りよ?」

 * * *

 この後、デヴィッドとクララの婚約は公になる前に破棄されることとなる。

 彼の暗い思惑を暴いたのはリーズロッテの手柄だ、とジャスティーンとアーノルドから強く言われた伯爵は、自分の目が曇っていたとリーズロッテに謝罪の手紙をしたためてきた。
 そこには、「次の休暇にはぜひ顔を見せてほしい」とも書かれていて、リーズロッテも了解した旨返事をした。

(いますぐには難しくても、仲違いしたままではいたくないから……)

 一度生まれた溝はそう簡単に埋まらないかもしれないとは思いつつも、リーズロッテは少しずつ歩み寄ろうと心に誓う。
 眠れる「聖獣」の呪いをとき、「聖女」の力に目覚めた件はひとまず伏せたままにしておくことにしたが。
 年齢相応の姿になれることも、いまはまだ。



 魔導士の生まれなくなった世界で「最後の聖女」としてリーズロッテの名が表舞台に出るのは、まだ先の話。



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