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【第四章】
ふたりでひとりでは、いられない
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人垣に遮られた向こうで、轟音が鳴った。
「!?」
ひゃ、とリーズロッテは身をすくませた。はずみで、ジェラさんの手をぎゅっと握ってしまう。すぐに、リーズロッテの力以上の力で握り返された上に、引っ張られて抱き寄せられた。
「爆竹だよ。うるさいだけで、近づかなきゃ大丈夫。リズが怖いなら、俺がこの世からすべての音を消してもいいよ」
頭の上で、ジェラさんが囁く。その声は、爆竹の派手な音や周囲のざわめきにも負けず直接響いてくる。リーズロッテは体をこわばらせつつ、素早く言い返した。
「力を使いすぎて猫に戻ってしまいますよ?」
「リズとくっついていれば大丈夫。俺はそれだけで、世界で一番強い男でいられるから」
言葉通り、もっと近づきたいとばかりに、腕に力を込めて抱きしめられる。
猫とはまったく感触の違う、固い腕や胸に囲まれてドキドキとしつつ、リーズロッテは目を閉ざして息を吐き出した。
(ジェラさんの場合「世界で一番強い男」が、大言壮語とも言い切れないのがすごいのですよね……。このレベルの魔法使いは、この時代に世界に二人といないかもしれないのであって)
その魔法使いが、自分を大切なもののように扱ってくれている事実を、リーズロッテはうまく受け止めきれていない。
聖女の力は、彼にとって意味のあるものと理解はできるのだが、それはたまたまリーズロッテに備わっていただけの力であり、リーズロッテ自身を必要としていると考えるのは、思い上がりの部類のように感じるのだ。
いまのリーズロッテは、ジェラさんにとっての杖のようなものであり、支えるのはやぶさかではないが彼ほどのひとであれば、自分の足で歩きたいだろうと思えてならない。
「ジェラさんは、わたくしと離れたら、強さに制限がありますよね? ジェラさんが自立した生き方ができるよう、何か対策を講じる必要があるように思います」
くっ、とジェラさんは悔しげな息をもらした。
「さすが俺のリズ。俺は『ふたりでひとり』で全然構わないんだけど、よりにもよって『自立』と言われたらね……。なんかこう、足りないって言われている感がすごい。そう思わせているのは納得がいかないから、頼りがいのあるところを見せないと」
「ジェラさんは、頼りがいはあります! ただ、ふたりでひとりでいられない場面は、実際にとても多いです。わたくしとあなたは、べつの人間ですから。離れるたびに猫……かわいい猫ちゃんさんになっていたら、ジェラさんだって危ないですよ」
負けず嫌いらしい性格を焚き付けて、おかしな行動を促してはいけないと、リーズロッテは焦って待ったをかけた。ジェラさんの顔を至近距離から見上げつつ、いささか譲歩してジェラさんの主張を認める形で「かわいい猫」とも言った。だが、ジェラさんは納得していない様子。
「やっぱり、聖女の力を容量分きっかり注いでもらって簡単に猫化しないように……いや、それがそもそもリズへの依存なのか? 聖女の力がなくても俺は俺で……くそ、自立って難しいな。いつの間にか、リズなしではいられない体になってしまった」
真面目に考え始めてしまった……と、リーズロッテは厳しい表情のジェラさんをハラハラとして見つめた。
「焦らなくて大丈夫ですよ。不安はわかりますが。わたくしも、つい最近までずーっと子どもの姿でしたから。聖女の力がなくなって、あの状態に戻るのは怖いです。その意味では、せっかく年相応の姿になる方法が見つかったので、できれば子どもの姿にはもうなりたくない思いも……。なんでもありません」
ただでさえ悪目立ちしている子どもの姿をやめて本来の姿になるということは、リーズロッテに常人とは違う聖女の力があり、なおかつそれを使いこなせるようになったことを、大々的に喧伝することになりかねない。
(「魔導士を信奉する闇の結社」のようなものが、どこから手を出してくるかわからない以上、刺激しないようにおとなしくしている必要があるのは、理解しているつもりで……)
安全確保のためにと、学院を退学しなければならないような事態は、避けたい。
他人から見て迷うことのない選択肢に見えても、リーズロッテ本人にとってそれは重い決断になるのだ。人生は一度きりで、この年齢で学校に通えるのは今しかない。一度その楽しさを知った後で、みすみす手放すのは惜しい。
せめて卒業までは、波風を立たせず、大きな問題を起こさずに過ごしたい。
「リズの顔がくもっている。どうにかしないと」
不意に、決然としたジェラさんの声が耳に届き、沈みかけていたリーズロッテはぱっと顔を上げた。
「大丈夫です! ジェラさんは物騒なことを考えないでください!」
「いや。考える。せっかく力があるのに、目立ちたくないからと息を潜めて生きなければならないなんて、そんなのおかしい。なんでリズが周りに遠慮してる?」
「遠慮……?」
たしかに、警備が難しくならないよう、余計な行動は慎むべきとは思っているが、それは遠慮というほどの自己犠牲ではない。
「世界最強の魔法使いがついているのに、自分の番に不自由な思いをさせているなんて。俺も、知らぬ間に可愛い猫ちゃん根性が染み付いていたものだぜ」
「いいんですよ!? 猫ちゃんさんで大丈夫ですよ!? いきなり怖い方向へ自立しようとしないでください!! ありのままのジェラさんで」
不穏なものを感じて、リーズロッテはジェラさんの腕から逃れて、顔をしっかりと見つめながら懸命に説得を試みた。
爆竹の音、熱狂的な声をあげる者で周囲は落ち着いて話せる状況ではなく、その大音量に負けないようにと声を張り上げて。
頑張りすぎたせいか、周りが見えなくなって、どん、とそばにいた相手に肩がぶつかる。
ごめんなさい、と言おうとしたときには、間に割り込んできたひとのせいでジェラさんの姿が見えなくなり、リーズロッテは人混みに放り出された状態になっていた。
「リズ!」
少し離れたところで、ジェラさんの鋭い声が聞こえた。
リーズロッテは、姿を確認しようと辺りを見回したが、ひとが多すぎてわからない。
「ジェラさん!」
ならば見つけてもらおうと名前を呼んだところで、背中に固く冷たいものがあてられた。
「騒ぐな。命が惜しければそのままついてこい」
「!?」
ひゃ、とリーズロッテは身をすくませた。はずみで、ジェラさんの手をぎゅっと握ってしまう。すぐに、リーズロッテの力以上の力で握り返された上に、引っ張られて抱き寄せられた。
「爆竹だよ。うるさいだけで、近づかなきゃ大丈夫。リズが怖いなら、俺がこの世からすべての音を消してもいいよ」
頭の上で、ジェラさんが囁く。その声は、爆竹の派手な音や周囲のざわめきにも負けず直接響いてくる。リーズロッテは体をこわばらせつつ、素早く言い返した。
「力を使いすぎて猫に戻ってしまいますよ?」
「リズとくっついていれば大丈夫。俺はそれだけで、世界で一番強い男でいられるから」
言葉通り、もっと近づきたいとばかりに、腕に力を込めて抱きしめられる。
猫とはまったく感触の違う、固い腕や胸に囲まれてドキドキとしつつ、リーズロッテは目を閉ざして息を吐き出した。
(ジェラさんの場合「世界で一番強い男」が、大言壮語とも言い切れないのがすごいのですよね……。このレベルの魔法使いは、この時代に世界に二人といないかもしれないのであって)
その魔法使いが、自分を大切なもののように扱ってくれている事実を、リーズロッテはうまく受け止めきれていない。
聖女の力は、彼にとって意味のあるものと理解はできるのだが、それはたまたまリーズロッテに備わっていただけの力であり、リーズロッテ自身を必要としていると考えるのは、思い上がりの部類のように感じるのだ。
いまのリーズロッテは、ジェラさんにとっての杖のようなものであり、支えるのはやぶさかではないが彼ほどのひとであれば、自分の足で歩きたいだろうと思えてならない。
「ジェラさんは、わたくしと離れたら、強さに制限がありますよね? ジェラさんが自立した生き方ができるよう、何か対策を講じる必要があるように思います」
くっ、とジェラさんは悔しげな息をもらした。
「さすが俺のリズ。俺は『ふたりでひとり』で全然構わないんだけど、よりにもよって『自立』と言われたらね……。なんかこう、足りないって言われている感がすごい。そう思わせているのは納得がいかないから、頼りがいのあるところを見せないと」
「ジェラさんは、頼りがいはあります! ただ、ふたりでひとりでいられない場面は、実際にとても多いです。わたくしとあなたは、べつの人間ですから。離れるたびに猫……かわいい猫ちゃんさんになっていたら、ジェラさんだって危ないですよ」
負けず嫌いらしい性格を焚き付けて、おかしな行動を促してはいけないと、リーズロッテは焦って待ったをかけた。ジェラさんの顔を至近距離から見上げつつ、いささか譲歩してジェラさんの主張を認める形で「かわいい猫」とも言った。だが、ジェラさんは納得していない様子。
「やっぱり、聖女の力を容量分きっかり注いでもらって簡単に猫化しないように……いや、それがそもそもリズへの依存なのか? 聖女の力がなくても俺は俺で……くそ、自立って難しいな。いつの間にか、リズなしではいられない体になってしまった」
真面目に考え始めてしまった……と、リーズロッテは厳しい表情のジェラさんをハラハラとして見つめた。
「焦らなくて大丈夫ですよ。不安はわかりますが。わたくしも、つい最近までずーっと子どもの姿でしたから。聖女の力がなくなって、あの状態に戻るのは怖いです。その意味では、せっかく年相応の姿になる方法が見つかったので、できれば子どもの姿にはもうなりたくない思いも……。なんでもありません」
ただでさえ悪目立ちしている子どもの姿をやめて本来の姿になるということは、リーズロッテに常人とは違う聖女の力があり、なおかつそれを使いこなせるようになったことを、大々的に喧伝することになりかねない。
(「魔導士を信奉する闇の結社」のようなものが、どこから手を出してくるかわからない以上、刺激しないようにおとなしくしている必要があるのは、理解しているつもりで……)
安全確保のためにと、学院を退学しなければならないような事態は、避けたい。
他人から見て迷うことのない選択肢に見えても、リーズロッテ本人にとってそれは重い決断になるのだ。人生は一度きりで、この年齢で学校に通えるのは今しかない。一度その楽しさを知った後で、みすみす手放すのは惜しい。
せめて卒業までは、波風を立たせず、大きな問題を起こさずに過ごしたい。
「リズの顔がくもっている。どうにかしないと」
不意に、決然としたジェラさんの声が耳に届き、沈みかけていたリーズロッテはぱっと顔を上げた。
「大丈夫です! ジェラさんは物騒なことを考えないでください!」
「いや。考える。せっかく力があるのに、目立ちたくないからと息を潜めて生きなければならないなんて、そんなのおかしい。なんでリズが周りに遠慮してる?」
「遠慮……?」
たしかに、警備が難しくならないよう、余計な行動は慎むべきとは思っているが、それは遠慮というほどの自己犠牲ではない。
「世界最強の魔法使いがついているのに、自分の番に不自由な思いをさせているなんて。俺も、知らぬ間に可愛い猫ちゃん根性が染み付いていたものだぜ」
「いいんですよ!? 猫ちゃんさんで大丈夫ですよ!? いきなり怖い方向へ自立しようとしないでください!! ありのままのジェラさんで」
不穏なものを感じて、リーズロッテはジェラさんの腕から逃れて、顔をしっかりと見つめながら懸命に説得を試みた。
爆竹の音、熱狂的な声をあげる者で周囲は落ち着いて話せる状況ではなく、その大音量に負けないようにと声を張り上げて。
頑張りすぎたせいか、周りが見えなくなって、どん、とそばにいた相手に肩がぶつかる。
ごめんなさい、と言おうとしたときには、間に割り込んできたひとのせいでジェラさんの姿が見えなくなり、リーズロッテは人混みに放り出された状態になっていた。
「リズ!」
少し離れたところで、ジェラさんの鋭い声が聞こえた。
リーズロッテは、姿を確認しようと辺りを見回したが、ひとが多すぎてわからない。
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ならば見つけてもらおうと名前を呼んだところで、背中に固く冷たいものがあてられた。
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