置き去りにされた恋をもう一度

ともどーも

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12話 母さんからの連絡

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「……もう限界……」
 香澄が店のソファーに倒れ込んだ。
「美咲、そろそろ寝よう……。美咲も仕事でしょ。少しでも寝ないと持たないわよ。もう若くないんだから」
「香澄は寝てていいよ。私はもう一曲弾きたい」
「ほどほどにね~」
 時刻は深夜3時。
 お店は半地下で、防音がしっかりしているから、こんな時間まで弾いても近所迷惑にならない。
 おもいっきり弾けるのは、最高に楽しい。
 香澄しかいない店内に響く音。
 とても心地よい。
 この前のドラマのオープニングを弾こう。
 しっとりしている曲だから、今の店内の雰囲気にぴったりだ。

 音が流れる。
 頭の中でドラマの曲を思い浮かべ、指に乗せる。
 アレンジも加えると、もっと良くなる。
 楽しい。
 眠るのがもったいない。
 もっと弾きたい。


 ──ピピピピピピッ
 スマホのアラームが鳴った。
「あっ」
 スマホは5時を教えていた。
 ヤバイ!私、着替えとか何も持ってきてなかった。
 お風呂にも入ってないし、メイクもそのままだ。
 さすがに家に帰ってお風呂にも入って、準備しないと子供たちの前に出られないよ。
 ソファーで寝ている香澄には申し訳ないが、黙って帰るのも悪いと思い、声をかける。
「香澄、ごめん」
「ん……朝?」
「仕事に遅れるから、そろそろ帰るね」
「ん~、気をつけて……」
 寝ぼけてる……。
「戸締まり大丈夫?」
「ん~……」
 のそりと起き上がる香澄。
 どうやら私を送り出して、自分でドアの鍵を締めるようだ。
 私は荷物を手早くまとめて店を出る。
「足元に気を付けるのよ。電車で寝過ごすと、取り返しがつかないわよ」
 眠い目をこすって見送ってくれた。
「うん。ありがとう。また今夜ね」
「ん~」
 朝早くて人通りの少ない道を、駅に向かって歩き出す。一睡もしていないのに、私の意識は『よく寝た』と言わんばかりに、スッキリと冴えていた。
 朝日が昇り、世界は美しく色づき出す。


 ◇◇◇


 ──ピロンッ
 仕事が終わり、また香澄のバーに行こうと電車を待っているとメッセージが届いた。画面には『母』と出ていた。
『美咲の部屋、片付けていい?』
 単刀直入の文だ。
 母さんらしい。
 自宅から実家までは電車とバスを乗り継いで、約1時間かからないほどの距離だ。まあ、ちょっと田舎のため、バスの本数が少ないから乗り継ぎに失敗すると軽く二時間は越える。
 社会人になってすぐに利便性の高いM市に引っ越したのよね。母さんには女の子の一人暮らしは危ないって、はじめは心配されたな。
 今では正月に帰る程度だ。
 部屋か……。
 とくに必要な物はないはず。
 『いいよ』と返事しようとしたが、変に中を見られても恥ずかしいから、捨てるなら自分で捨てようと考え直し『自分で確認してから捨てる』と返信をした。
──ピロピロピロ
 突然電話がきた。母からだ。
 電車もまだ来ないし、いいか。 
「もしもし」
『あっ、美咲。いつ帰ってくる?できるだけ早く来て欲しいんだけど』
「え?なによ、突然」
『実は、亜希ちゃんが里帰り出産で実家に帰っちゃうのよ』
「あ~、そろそろか」
 亜希(あき)ちゃんとは、私の兄・浩平(こうへい)のお嫁さんだ。確か2人は同じ年齢で、今年30歳だったかな。
 浩平兄と亜希ちゃんは大学生のときに付き合って、大学卒業後にすぐ結婚。実家から車で10分程のアパートに住んでいる。
 そういえば、25歳で娘・りのちゃんを授かってたな。
 私もあと2ヶ月で25歳だ。25歳で子供を授かるなんて、今は考えられないな。まあ、相手もいないけど。
 そんな二人に第2子か~。
『それでね、りのちゃんは幼稚園があるからはじめは一緒に行かないでアパートに残ろうとしていたの。で、浩平が一人でお世話しようとしてたけど、あの子、おおざっぱじゃない。亜希ちゃんも心配だろうから、里帰り中は浩平とりのちゃんは我が家に泊まってもらうことにしたのよ。あの子たちの家から我が家までは近いし、幼稚園の送り迎えは、このばぁばがやることになったのよ』
「ばぁばって……。すっかりもうおばあちゃんですね!んー、でも浩平兄の部屋を使えばいいんじゃない?」
『お父さんが書斎にしてるのよ。今はリモートワークも多いから。美咲の部屋は物置になってたし、少し片付ければ1、2ヶ月浩平親子が寝泊まりしても問題ないと思うの。それに、こういう機会がないと部屋も片付かないしね』
「まあ、そう言うことなら──」
「2番線ホームに電車がまいります」
 ホームのアナウンスが流れた。
「あっ、電車が来た。じゃね、母さん。近いうちに帰るよ」
『それなら、今週帰ってきなさいよ。来てくれるなら浩平を迎えに行かせるから』
「えっ!本当!?」
 車で迎えに来てくれるなら、40分程度で帰れる。
 これは乗らないと損ね。
「わかった。じゃ、今週帰る」
『よかったわ。美咲の好きな茶碗蒸し、作っておくからね』
「やり~。詳しい時間はメッセージしてね」
 電話を切って、人の流れに乗って電車内に入った。
 帰宅ラッシュだから人の波にもまれる。
 香澄のバーでピアノが弾きたいけど、こういう移動は面倒なのよね……。
 だからと言って気軽に演奏できる場所は……。
 あっ!
 実家よ。実家のピアノ教室のピアノで弾けばいいんだ。やだ、もう……。実家のピアノを忘れてたなんて。今週、帰るのが余計に楽しみになったわ。
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