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第一章
六話 婚約解消承諾書
屋敷に戻ると、すでにディートリッヒは帰ってきていた。しかも、なぜかエレノアも一緒だった。
客人を泊める場合は、離れの貴賓館でもてなすのが一般的で、本宅に居るのはおかしい。
玄関ホールで出くわすと、エレノアはここぞとばかりにディートリッヒの後ろに隠れて、プルプルと震えていた。
……心底、嫌になる。
「どうして彼女がここに?」
「っ!」
わざとらしく肩をビクつかせるエレノア。
それを見て、さらに私を睨み付けるディートリッヒ。
この二人は何がしたいのよ。
「お前が変にエレノアを脅すから、怖がってバランスを崩し、足を怪我してしまったんだ。イリス、エレノアに謝れ!」
「違うのよ、ディートリッヒ。私が勝手に足を挫いただけなんだから、イリスさんは関係ないわ。ごめんなさいね」
「何を言っているんだ!イリスが不用意に『鉱山で事故が起こる』と言ったから、エレノアが怯えたんだ。そのせいで怪我をしたんだぞ。謝れよ」
「いいのよ、ディートリッヒ。イリスさんも悪気があるわけじゃないんだから」
なんで発言しただけでバランスを崩すのよ。茶番ね。
「まず私の質問から答えてくれないかしら。エレノア様がどうしてここに?」
私の淡々とした言葉を受けて、ディートリッヒの眉間にシワがよる。
「怪我をしたから治療のため、本宅に泊まることになったんだ」
「私は貴賓館に行くって言ってるんだけど、ディートリッヒがどうしてもって言うから……。怒ってるわよね?イリスさん」
エレノアの瞳は、震えている体とは裏腹に、どこか挑発的に光っている。
「……医者は呼んだの?」
「本人が大したことはないと言うから、まだ呼んでいない」
「そう。ならすぐに呼んでくるわ」
「逃げるのか?!」
……どうしてそうなるのよ。
「悪化したらどうするのよ」
「……わかった。エレノア、怪我人を客室に通すのは気が引ける。俺の部屋が一番広いからそこを使ってくれ」
「うん!」
また、未練がましく、胸が、軋んだ。
婚約して四年。
一度も彼の寝室に招かれたことはない。
婚約者の目の前で、他の女性を寝室へ連れ込むのね。
そっちがその気なら、こちらも手段は選ばないわ。
胸の奥に残っていた迷いを、ゆっくり整理する。
彼が振り向いてくれるのではないかと期待していた自分を捨てる。
これは衝動じゃない。
何度も考えた末の結論だ。
「ディートリッヒ」
「なんだ」
「これにサインをしてもらいたいのだけど」
私は『婚約解消承諾書』をみせた。
「っ!!」
喜ぶかと思ったのに、彼の表情が固まった。
彼の指先が、わずかに震えている。
逆にエレノアは「えっ!?」と驚きつつ、口元が笑っているのを隠せていない。
「自分が何を言っているのか……わかっているのか」
……焦っている?
「冗談で言うわけないでしょ?私たちは『政略婚約』なのだから」
「っ……そうやって俺を脅すなよ。俺とエレノアは友人だ。部屋だってエレノアに貸すだけだ。イリスならわかってくれるだろう?」
さっきとは打ってかわって、優しく甘い声を出し、いつものように私の髪を一房持って口づけしてくる。
まさかの反応に、こちらの方が戸惑う。
あなたはエレノアが好きなんでしょう?
こちらから『身を引く』と言っているのに……。
「あとで話し合おう。冷静になれば、自分がどれほど愚かなことを言っているかわかるはずだ」
そう言って、彼は支えるようにエレノアの腰を抱いて2階の自室へと歩いていった。
エレノアが勝ち誇ったように口角を上げていたが、ディートリッヒの行動の不可解さが勝って、それどころではなかった。
私は手の中の承諾書を、静かに握りしめる。
……騙されないわ。
彼はいつもエレノアを優先する。
さっきだって、私を悪者にしていたじゃない。
決意は変わらない。
絶対に婚約を解消する。
客人を泊める場合は、離れの貴賓館でもてなすのが一般的で、本宅に居るのはおかしい。
玄関ホールで出くわすと、エレノアはここぞとばかりにディートリッヒの後ろに隠れて、プルプルと震えていた。
……心底、嫌になる。
「どうして彼女がここに?」
「っ!」
わざとらしく肩をビクつかせるエレノア。
それを見て、さらに私を睨み付けるディートリッヒ。
この二人は何がしたいのよ。
「お前が変にエレノアを脅すから、怖がってバランスを崩し、足を怪我してしまったんだ。イリス、エレノアに謝れ!」
「違うのよ、ディートリッヒ。私が勝手に足を挫いただけなんだから、イリスさんは関係ないわ。ごめんなさいね」
「何を言っているんだ!イリスが不用意に『鉱山で事故が起こる』と言ったから、エレノアが怯えたんだ。そのせいで怪我をしたんだぞ。謝れよ」
「いいのよ、ディートリッヒ。イリスさんも悪気があるわけじゃないんだから」
なんで発言しただけでバランスを崩すのよ。茶番ね。
「まず私の質問から答えてくれないかしら。エレノア様がどうしてここに?」
私の淡々とした言葉を受けて、ディートリッヒの眉間にシワがよる。
「怪我をしたから治療のため、本宅に泊まることになったんだ」
「私は貴賓館に行くって言ってるんだけど、ディートリッヒがどうしてもって言うから……。怒ってるわよね?イリスさん」
エレノアの瞳は、震えている体とは裏腹に、どこか挑発的に光っている。
「……医者は呼んだの?」
「本人が大したことはないと言うから、まだ呼んでいない」
「そう。ならすぐに呼んでくるわ」
「逃げるのか?!」
……どうしてそうなるのよ。
「悪化したらどうするのよ」
「……わかった。エレノア、怪我人を客室に通すのは気が引ける。俺の部屋が一番広いからそこを使ってくれ」
「うん!」
また、未練がましく、胸が、軋んだ。
婚約して四年。
一度も彼の寝室に招かれたことはない。
婚約者の目の前で、他の女性を寝室へ連れ込むのね。
そっちがその気なら、こちらも手段は選ばないわ。
胸の奥に残っていた迷いを、ゆっくり整理する。
彼が振り向いてくれるのではないかと期待していた自分を捨てる。
これは衝動じゃない。
何度も考えた末の結論だ。
「ディートリッヒ」
「なんだ」
「これにサインをしてもらいたいのだけど」
私は『婚約解消承諾書』をみせた。
「っ!!」
喜ぶかと思ったのに、彼の表情が固まった。
彼の指先が、わずかに震えている。
逆にエレノアは「えっ!?」と驚きつつ、口元が笑っているのを隠せていない。
「自分が何を言っているのか……わかっているのか」
……焦っている?
「冗談で言うわけないでしょ?私たちは『政略婚約』なのだから」
「っ……そうやって俺を脅すなよ。俺とエレノアは友人だ。部屋だってエレノアに貸すだけだ。イリスならわかってくれるだろう?」
さっきとは打ってかわって、優しく甘い声を出し、いつものように私の髪を一房持って口づけしてくる。
まさかの反応に、こちらの方が戸惑う。
あなたはエレノアが好きなんでしょう?
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「あとで話し合おう。冷静になれば、自分がどれほど愚かなことを言っているかわかるはずだ」
そう言って、彼は支えるようにエレノアの腰を抱いて2階の自室へと歩いていった。
エレノアが勝ち誇ったように口角を上げていたが、ディートリッヒの行動の不可解さが勝って、それどころではなかった。
私は手の中の承諾書を、静かに握りしめる。
……騙されないわ。
彼はいつもエレノアを優先する。
さっきだって、私を悪者にしていたじゃない。
決意は変わらない。
絶対に婚約を解消する。
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