尽くしてきた婚約者に裏切られたので、婚約を解消しました〜彼が愛に気づいたのは、すべてを失ったあとでした〜

ともどーも

文字の大きさ
13 / 82
第一章

十二話 その人は、私を信じなかった

 部屋で紅茶を楽しんでいると、ドアがノックされた。
「イリス」
 ディートリッヒの声に思わず身構えたが──
「イリス、開けてくれ」
 扉越しに聞こえる声は落ち着いている。
 エレノアが何か吹き込んで、いつものように文句を言ってくるかと思ったが、どうも様子が違う。
 私は小さく息を吐き、扉を開けた。
 
「どうしたの?」
「話がある」
 
 短い言葉。
 私の顔色を窺っているようだ。
「散歩でもしないか。庭が綺麗だと聞いた」 
「……今から?」 
「ああ」
 少し緊張している様子だ。何か話があるのだろう。
 面倒だが、婚約解消承諾書の件なら聞きたい。
 私は頷き、羽織りを手に取った。  


 ◇◇◇


 庭園は、さすが一流ホテルというべきか、美しく整えられた景観だ。
 スイートルームから見下ろすことはあっても、庭は歩いていなかったから、新鮮な気分で気持ちも良い。
「寒くないか?」
「ええ、平気よ」
 ディートリッヒが珍しく気遣ってくれた。
 驚いたが、悪い気はしなかった。

 別れる相手と仲良く庭園を散策するのは変な気分だが、思いの外楽しんでいる。

 こんな穏やかな日常を、私は夢見ていたのに……。
 
 噴水の前に人影があった。
 エレノアだ。
「あら、イリスさん。ごきげんよう」
「……ごきげんよう」
 足をかばうように立つその姿は、相変わらず『健気』そのものだ。

「エレノア。どうしてここに?医者からは安静にするよう言われていただろう?」
 ディートリッヒはいつものように、エスコートしていた私の腕をほどいてエレノアのもとへ行った。

 そう、いつものこと。
 
 ディートリッヒが私を気遣う態度を取っていたとしても、結局は『エレノアの次』だ。
 もう、散々目の当たりにしているのに、愚かにも楽しんだ自分が滑稽だった。

 バカなイリス。何度も惑わされるな。

「イリスが心配で……。ごめんなさい、邪魔だったわよね」
「そんなことはない。心配してここまで来てくれるとは、本当にエレノアは心が優しいな」
「そんな……。イリス、怒ってる?」
 いつものように被害者を装うエレノア。

 ありがとう。
 現実を突きつけてくれて。

「イリス」 
 ディートリッヒが口を開いた。 
「エレノアから聞いた。君、伯爵夫人になることが重荷だと悩んでいるそうだな」
「?」
 思わずエレノアを見た。

 ああ、そういうこと。
 
「君は昔から、無理をするだろう。俺にはわかる」
 
 わかる?
 あなたに私の何がわかるの?
 
「結婚したら君は何もしなくていい。必要なことは指示するから大丈夫だ。君を侮る輩からも守る。安心してくれ」
 「……」

 指示するってなに……。
 守るって、あなたの横でこちらを見下すエレノアを、どうにかしてから言ってちょうだい。
 
 もう庭園を散策する気分ではなくなった。
 さっさと戻ろうと口を開こうとしたとき──
「伯爵様」
 庭園の入り口から、ホテルの支配人が姿を現した。
 
「先ほどご相談いただいていた件ですが……少々、確認をお願いしたく」 
「もう準備は整ったのだろう?」 
「はい。ただ、配置の最終確認を……」
 ディートリッヒは一瞬だけ私を見た。
 
「すぐ戻る」 
「……ええ」 
 ディートリッヒは、私とエレノアを残して、支配人とともにホテルへと入っていった。
 
 ──そして、空気が変わる。
「……ふふ」 
 エレノアが、扇を閉じて口元を隠した。
「あんたのこと、侮ってたわ」
「……なんですか、急に」
「褒めてるのよ。ディートリッヒはどんなことがあっても、あんたと結婚するみたい」
「……」

 敗北宣言にしては、雰囲気が怪しい……。

「何が言いたいの?」 
「簡単なことよ」
 一歩、距離を詰めてくる。
「あんたにディートリッヒは渡さない」
「……」 
「ディートリッヒは私を信用してる。あんたよりも」
 いつの間にか噴水の近くに、立たされていることに気付く。

 嫌な予感がする……。

 距離を取ろうと一歩下がった、その瞬間だった。 
「知ってるでしょ?」 
 エレノアは噴水の縁に立つ。 
「あんたは信用されてない」
 
「っ!!」
 
 次の瞬間、エレノアが噴水に飛び込んだ。
「きゃあああっ!!」
 エレノアが悲鳴を上げる。
 彼女は、震えながら叫ぶ。
「イリスさん……どうして……!」
 
 その声に、駆け寄る足音。
「エレノア!」 
 ディートリッヒだった。
 
 彼に押し退けられ、私は地面に倒れた。
 その彼は、服が濡れることも厭わず、噴水に入り濡れそぼったエレノアを抱き上げる。
「大丈夫か?!」 
「……私、話していただけなのに……急に……」
 彼女の指先が、かすかに私を指す。
 私は必死に言葉を絞り出した。
「違う……! エレノア様が、自分から噴水に……!」
 ディートリッヒはすごい形相で睨んできた。
 
「嘘をつくな!!」
 
 空気を切り裂くような大声。
 反射的に身構えてしまう。
「エレノアが、そんな真似をする理由がどこにある!」
 
 さっき倒れた拍子に足首を捻ったようだ。
 立ち上がれない。
 
「エレノアは怪我をしているんだぞ!」 
「私は……!」
 「黙れ!」
 その声は、怒りに満ちていた。
 
「代償は必ず払わせてやる!」 
 
 彼はエレノアを抱え上げ、私には一度も視線を向けずに走り去った。
 取り残された私は、ホテルのスタッフに支えられながら、スイートルームへ戻った。
 大きなバラの花束や、チーズタルトと紅茶が知らぬ間に準備されていたのを見たとき、支配人がディートリッヒを呼びに来た姿が思い浮かんだ。

「ふっ……」
 失笑しかない。
 
 その後、医者の手配をしたが、エレノアの治療が優先だと連絡が来たっきり、医者は現れなかった。

 痛みで熱も出てきたのに、私の側には誰もいない。
 時折、誰かが廊下を歩く音がしたが、それだけだ。
 ただ……耐えるしかなかった……。
感想 289

あなたにおすすめの小説

【完結】私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜

恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」 不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。 結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、 「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。 元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。 独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場! 無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。 記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける! ※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。  苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる  物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

夫は私を愛していないそうなので、遠慮なく離婚します。今さら引き止められても遅いです

藤原遊
恋愛
王妃付き護衛騎士である夫に、「お前を愛したことはない」と告げられた。 理由は単純。 愛などなくても、仕事に支障はないからだという。 ──そうですか。 それなら、こちらも遠慮する必要はありませんね。 王妃の機嫌、侍女たちとの関係、贈り物の選定。 夫が「当然のように」こなしていたそれらは、すべて私が整えていたもの。 離婚後、少しずつ歯車は狂い始める。 気づいたときにはもう遅い。 積み上げてきた信用は、静かに崩れていく。 一方で私は、王妃のもとへ。 今さら引き止められても、遅いのです。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。過激ざまぁタグあります。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました

ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。 けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。 やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。 ――もう、この結婚には見切りをつけよう。 夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。 身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。 一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。 幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。

幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。

たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。 彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。 『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』 「……『愛している』、ですか」 いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。

あなたの言うことが、すべて正しかったです

Mag_Mel
恋愛
「私に愛されるなどと勘違いしないでもらいたい。なにせ君は……そうだな。在庫処分間近の見切り品、というやつなのだから」  名ばかりの政略結婚の初夜、リディアは夫ナーシェン・トラヴィスにそう言い放たれた。しかも彼が愛しているのは、まだ十一歳の少女。彼女が成人する五年後には離縁するつもりだと、当然のように言い放たれる。  絶望と屈辱の中、病に倒れたことをきっかけにリディアは目を覚ます。放漫経営で傾いたトラヴィス商会の惨状を知り、持ち前の商才で立て直しに挑んだのだ。執事長ベネディクトの力を借りた彼女はやがて商会を支える柱となる。  そして、運命の五年後。  リディアに離縁を突きつけられたナーシェンは――かつて自らが吐いた「見切り品」という言葉に相応しい、哀れな姿となっていた。 *小説家になろうでも投稿中です

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子
恋愛
 貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。  彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。  「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。  登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。   ※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています

お望み通り、別れて差し上げます!

珊瑚
恋愛
「幼なじみと子供が出来たから別れてくれ。」 本当の理解者は幼なじみだったのだと婚約者のリオルから突然婚約破棄を突きつけられたフェリア。彼は自分の家からの支援が無くなれば困るに違いないと思っているようだが……?