尽くしてきた婚約者に裏切られたので、婚約を解消しました〜彼が愛に気づいたのは、すべてを失ったあとでした〜

ともどーも

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第一章

二十三話 見えていた真実

 事故から二日が経った。
 彼はまだ目覚めない。

 クロード・レーヴェン。
 それが彼の名前だと、フィリオ殿下から教えてもらった。
 彼らは隣国リュミエール王国の特使で、帰国する途中だったそうだ。

 隣国特使、しかも王族が死にかけた事故。
 お父様もお兄様も連日忙しそうにしている。
 大事にならなければ良いのだけれど……。

「っ……」
 レーヴェン様が苦しそうに呻いた。
 額の汗を布で拭う。
 
 瓦礫の中から、フィリオ殿下を抱えて現れた彼。
 背中には、重度の打撲と裂傷。 
 さらに救出まで、瓦礫を背中で支え続けていたらしい。
 医師は「よく生きていたものだ」と言っていた。
 
「っ……ここは」
 レーヴェン様が目を覚ました。
 声が掠れている。
「ここはシュタール男爵家です」
「君は……」
「娘のイリスです」
「……クロードです」
 彼は視線をさ迷わせ「殿下は?」と聞いてきた。

「無事です」
「……よかった」
 彼は息を吐き出し、安堵してベッドに沈み込んだ。
 
 彼に水差しを見せる。
 きっと喉が乾いているはずだ。
 彼は小さく頷いたので、ゆっくりと彼の口に水を流す。
「ありがとう」
 彼の自然な『ありがとう』に、思わず目を丸くした。

 ディートリッヒが寝込んだときに看病しても──。
 どうでも良いことで比べるな。
 
「君の声」
 レーヴェン様に話しかけられた。
「聞き覚えがある。あのとき、指示をしていた声だ」
 なんて言えばいいかわからず、曖昧に笑った。
 
「瓦礫の下で、ずっと聞こえていた」 
 彼はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「必死な、力強い声。君だけが、諦めていなかった。あの声がなければ……俺は諦めていたかもしれない」
 彼のまっすぐな視線を感じる。

「『絶対助かる』。そう思えた」

 レーヴェン様が手を差し出してきた。

「ありがとう」

 胸が、じんと熱くなる。
 私は差し出された手を掴み、泣きそうなのを堪えて笑った。
「当然のことです」
 彼の手は、温かかった。
 それだけで──
 自分が、人の役に立てたのだと誇らしい気持ちになった。

 廊下から足音が近づいてきた。
 やがて、扉が叩かれる。
  
「シュタール嬢、失礼する」
 フィリオ殿下が勢い良く扉を開けた。後ろにはお父様もいる。

「クロード……。目覚めてすぐに女性を口説くのは感心しないぞ」
 フィリオ殿下の言葉を受けて、私たちは慌てて手を離した。
「わ、私、お医者様を呼んで──」
「シュタール嬢」
 フィリオ殿下が、なぜか立ち塞がってきた。

 歳は十歳だと言っていたけど、王家の風格というか、人をかしずかせる魅力を感じ、思わず足を止めてしまう。

「あなたに話がある」
「殿下、それは私の方で確認──」
「いや、直接シュタール嬢に聞きたい」
 王族の意向に意見をするのは大それたことだ。
 それにもかかわらず、お父様は口を挟んだ。
 チラリとこちらを見る視線は、不安そうだ。

 いったい……。

「あなたは、どうやって生き埋めになっていた私たちを見つけたんだ?」
 ドキッ!と心臓が縮み上がった。

 できれば、ライト・スキャンのことは話したくない。

「事故現場では、あなたが指揮をとって救出に尽力していたと、皆口々に話している」
 冷静なフィリオ殿下の言葉に、内心焦る。
 
 目立ってしまったものね。
 人命を優先したから……。
 でも、この魔法には欠陥がある。
 ……加減を誤れば、見えてはいけないものまで視えてしまう。  
 それを知られたくない……。
 
「……たまたま声が聞こえたので」
 視線を反らして答えた。
「ほう……声」
 フィリオ殿下の瞳が鋭くなる。
 疑いの目だ。
「救出時、気絶して声を出していない者もいたぞ。それなのに、あなたは正確に位置を言い当てた」

「さらに──」
 フィリオ殿下が一歩近づいてきた。
「救出ルートも的確で、どこから掘れば瓦礫が崩れないかわかっているようだとも、皆が言っていた」
 淡々としているのに、追い詰められていると感じる。
 喉が鳴る。
 
「……あなたは『見ていた』。違うか?」
 鋭い指摘に心臓が跳ねた。
 否定の言葉が、喉まで出かかった。

 けれど──

 否定すれば、フィリオ殿下は引かない。
 そう、確信してしまった。
 逃げ場はない。
 でも、この秘密は私の尊厳に大きく関わる。
 知られたくない。どうすれば──。

「殿下」
 レーヴェン様が厳しい口調で言った。
「女性の嫌がることを強制するのは、紳士にあるまじき行為です。お控えください」 
 凛と通る声。
 思わずレーヴェン様を見ると、私の視線に気がつき優しく微笑まれた。
 
 庇ってくれた……。
 
 胸が跳ねるように早くなる。
 それと同時に、嫌なことを思い出した。
 愚かな恋に身を投じた発端も、このようなことだったと。

 怖い……。
 あんな恋は二度としない。
 
 それなのに──
 レーヴェン様の微笑みが頭から離れなかった。

 私は、逃げ道を塞がれた気がした。
 恐怖ではなく。
 まだ名前を知らない感情に。

 ──そのとき。
「殿下」
 静かな声が、部屋に響いた。
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