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第一章
二十五話 笑われて、救われて
言ってしまった。
もう、取り消せない。
軽蔑される……。
最初に視界へ入ったのは──お父様だった。
「……っ、は……」
口を開いたまま、固まっている。
やっぱり、と思った次の瞬間。
「ぶっ……ははははは!」
豪快な笑い声が室内に響いた。
私は目を瞬いた。
「お、お父様……?」
「いや……すまん……っ、いや、これは……っ」
腹を押さえながら肩を震わせている。
普段は威厳に満ちたお父様の姿からは想像できないほど、遠慮のない笑い方だった。
「そんな顔で告白するものだから……てっきり国家を揺るがすような秘密でも出てくるのかと思えば……」
父は目尻に浮かんだ涙を拭った。
「お前は本当に……優しい子だな」
胸が、どくりと鳴った。
「そ、そのような能力で、人を覗こうなどと考える娘ではないことくらい……父である私が一番よく知っている」
ぽかんとしていると、隣から小さな吐息が漏れた。
「……確かに」
フィリオ殿下だった。
口元に手を当て、笑いを堪えている。
「シュタール嬢がそのようなことをするとは、到底思えませんね」
くすり、と柔らかく笑う。
「むしろ、そんなことを一人で悩んでいたのですか」
責める響きはない。
「能力の詳細については、調査団へ伏せることも可能です。水脈を探知できる──それだけで十分に価値がありますから」
私は、言葉を失った。
そこまで配慮してくれるなんて。
「……それにクロードの治療も──」
フィリオ殿下がレーヴェン様を見た。
レーヴェン様は、相変わらずベッドに横たわったままだった。
だが、顔を背け、肩がわずかに震えている。
「……クロード?」
「いえ……か、可愛いなと」
そこでついに、堪えきれなかったように笑いが漏れた。
「……っ、失礼……」
だが、その声には悪意がない。
柔らかく、どこか楽しげで。
「あなたがそれほど思い詰めていたことの方が……驚きでした」
ゆっくりと、こちらを見る。
「あなたは、人の痛みに敏感なんですね」
その言葉に、胸がきゅっと締め付けられた。
「だからこそ……俺は、あなたに命を救われた」
静かな声音だった。
「そんなあなたを疑う者がいるなら、そちらの方がよほど問題です」
部屋が、静かになる。
でもそれは、先ほどまでの凍りついた沈黙ではない。
どこか──温かい静けさだった。
気づけば、胸の奥に張り詰めていたものが、ゆっくりほどけていく。
視界が滲む。
「……軽蔑、されないのですか」
掠れた声が零れた。
三人は顔を見合わせ。
そして。
ほぼ同時に、首を傾げた。
「なぜ?」
父が真顔で言う。
殿下が苦笑する。
レーヴェン様は、呆れたように小さく笑った。
その様子が、あまりにも自然で。
私は、思わず息を詰めた。
──ああ。
大丈夫なんだ。
その事実が、胸いっぱいに広がる。
「……水脈を見ることは、できます」
気づけば、改めて口にしていた。
「ですが万能ではありません。広範囲を視れば体に大きな負担がかかります」
「負担?」
「以前、山を一つ見たとき、その場で鼻血を出し、二、三日は行動不能になりました」
「っ!」
殿下は驚いて、少し考え出した。
「……あなたに無理を強いるつもりはない。出来る範囲でいいんだ。水脈調査に協力してくれないか」
「……」
私は即答できず、お父様を見た。
お父様も複雑な顔をしている。
「シュタール嬢」
レーヴェン様に呼ばれた。
「答えを、今出す必要はありませんよ」
真っ直ぐな視線だった。
「突然の話に困惑するのは当然です。会って間もない我々の事情を聞いて、隠していた力の話をしてくださった。あなたの配慮に感謝しかありません。ありがとう」
「そんなっ!」
「あなたがどんな答えを選んでも、俺は尊重します。ですが……無理だけは、しないでください」
レーヴェン様のこちらを尊重する言葉に、胸が苦しくなる。
「そうだな。話を急ぎすぎたな」
フィリオ殿下も苦笑いを浮かべて「すまなかった」と、頭を下げられた。
「やっ、やめてください!頭をあげてください」
胆が冷える。
「ありがとう。シュタール嬢。優しいのだな」
少年らしい笑顔に、ほっこりする。
自然と、笑みがこぼれた。
こんなふうに笑えたのは、いつ以来だろう。
部屋の中には、まだ微かな笑いの余韻が残っている。
その空気に包まれながら、私はそっと思った。
もしかしたら。
私の力は。
怖がるものではなくて。
誰かの役に立てるものなのかもしれない──と。
もう、取り消せない。
軽蔑される……。
最初に視界へ入ったのは──お父様だった。
「……っ、は……」
口を開いたまま、固まっている。
やっぱり、と思った次の瞬間。
「ぶっ……ははははは!」
豪快な笑い声が室内に響いた。
私は目を瞬いた。
「お、お父様……?」
「いや……すまん……っ、いや、これは……っ」
腹を押さえながら肩を震わせている。
普段は威厳に満ちたお父様の姿からは想像できないほど、遠慮のない笑い方だった。
「そんな顔で告白するものだから……てっきり国家を揺るがすような秘密でも出てくるのかと思えば……」
父は目尻に浮かんだ涙を拭った。
「お前は本当に……優しい子だな」
胸が、どくりと鳴った。
「そ、そのような能力で、人を覗こうなどと考える娘ではないことくらい……父である私が一番よく知っている」
ぽかんとしていると、隣から小さな吐息が漏れた。
「……確かに」
フィリオ殿下だった。
口元に手を当て、笑いを堪えている。
「シュタール嬢がそのようなことをするとは、到底思えませんね」
くすり、と柔らかく笑う。
「むしろ、そんなことを一人で悩んでいたのですか」
責める響きはない。
「能力の詳細については、調査団へ伏せることも可能です。水脈を探知できる──それだけで十分に価値がありますから」
私は、言葉を失った。
そこまで配慮してくれるなんて。
「……それにクロードの治療も──」
フィリオ殿下がレーヴェン様を見た。
レーヴェン様は、相変わらずベッドに横たわったままだった。
だが、顔を背け、肩がわずかに震えている。
「……クロード?」
「いえ……か、可愛いなと」
そこでついに、堪えきれなかったように笑いが漏れた。
「……っ、失礼……」
だが、その声には悪意がない。
柔らかく、どこか楽しげで。
「あなたがそれほど思い詰めていたことの方が……驚きでした」
ゆっくりと、こちらを見る。
「あなたは、人の痛みに敏感なんですね」
その言葉に、胸がきゅっと締め付けられた。
「だからこそ……俺は、あなたに命を救われた」
静かな声音だった。
「そんなあなたを疑う者がいるなら、そちらの方がよほど問題です」
部屋が、静かになる。
でもそれは、先ほどまでの凍りついた沈黙ではない。
どこか──温かい静けさだった。
気づけば、胸の奥に張り詰めていたものが、ゆっくりほどけていく。
視界が滲む。
「……軽蔑、されないのですか」
掠れた声が零れた。
三人は顔を見合わせ。
そして。
ほぼ同時に、首を傾げた。
「なぜ?」
父が真顔で言う。
殿下が苦笑する。
レーヴェン様は、呆れたように小さく笑った。
その様子が、あまりにも自然で。
私は、思わず息を詰めた。
──ああ。
大丈夫なんだ。
その事実が、胸いっぱいに広がる。
「……水脈を見ることは、できます」
気づけば、改めて口にしていた。
「ですが万能ではありません。広範囲を視れば体に大きな負担がかかります」
「負担?」
「以前、山を一つ見たとき、その場で鼻血を出し、二、三日は行動不能になりました」
「っ!」
殿下は驚いて、少し考え出した。
「……あなたに無理を強いるつもりはない。出来る範囲でいいんだ。水脈調査に協力してくれないか」
「……」
私は即答できず、お父様を見た。
お父様も複雑な顔をしている。
「シュタール嬢」
レーヴェン様に呼ばれた。
「答えを、今出す必要はありませんよ」
真っ直ぐな視線だった。
「突然の話に困惑するのは当然です。会って間もない我々の事情を聞いて、隠していた力の話をしてくださった。あなたの配慮に感謝しかありません。ありがとう」
「そんなっ!」
「あなたがどんな答えを選んでも、俺は尊重します。ですが……無理だけは、しないでください」
レーヴェン様のこちらを尊重する言葉に、胸が苦しくなる。
「そうだな。話を急ぎすぎたな」
フィリオ殿下も苦笑いを浮かべて「すまなかった」と、頭を下げられた。
「やっ、やめてください!頭をあげてください」
胆が冷える。
「ありがとう。シュタール嬢。優しいのだな」
少年らしい笑顔に、ほっこりする。
自然と、笑みがこぼれた。
こんなふうに笑えたのは、いつ以来だろう。
部屋の中には、まだ微かな笑いの余韻が残っている。
その空気に包まれながら、私はそっと思った。
もしかしたら。
私の力は。
怖がるものではなくて。
誰かの役に立てるものなのかもしれない──と。
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