尽くしてきた婚約者に裏切られたので、婚約を解消しました〜彼が愛に気づいたのは、すべてを失ったあとでした〜

ともどーも

文字の大きさ
26 / 82
第一章

二十五話 笑われて、救われて

 言ってしまった。
 もう、取り消せない。
 
 軽蔑される……。
 
 最初に視界へ入ったのは──お父様だった。
「……っ、は……」
 口を開いたまま、固まっている。
 
 やっぱり、と思った次の瞬間。
 
「ぶっ……ははははは!」
 豪快な笑い声が室内に響いた。
 私は目を瞬いた。
「お、お父様……?」
「いや……すまん……っ、いや、これは……っ」
 腹を押さえながら肩を震わせている。 
 普段は威厳に満ちたお父様の姿からは想像できないほど、遠慮のない笑い方だった。
 
「そんな顔で告白するものだから……てっきり国家を揺るがすような秘密でも出てくるのかと思えば……」
 父は目尻に浮かんだ涙を拭った。
「お前は本当に……優しい子だな」
 胸が、どくりと鳴った。
「そ、そのような能力で、人を覗こうなどと考える娘ではないことくらい……父である私が一番よく知っている」  
 ぽかんとしていると、隣から小さな吐息が漏れた。
 
「……確かに」
 フィリオ殿下だった。 
 口元に手を当て、笑いを堪えている。
「シュタール嬢がそのようなことをするとは、到底思えませんね」
 くすり、と柔らかく笑う。
「むしろ、そんなことを一人で悩んでいたのですか」
 責める響きはない。 
 
「能力の詳細については、調査団へ伏せることも可能です。水脈を探知できる──それだけで十分に価値がありますから」
 私は、言葉を失った。
 そこまで配慮してくれるなんて。
 
「……それにクロードの治療も──」
 フィリオ殿下がレーヴェン様を見た。
 
 レーヴェン様は、相変わらずベッドに横たわったままだった。 
 だが、顔を背け、肩がわずかに震えている。
「……クロード?」
「いえ……か、可愛いなと」
 そこでついに、堪えきれなかったように笑いが漏れた。
「……っ、失礼……」
 だが、その声には悪意がない。 
 柔らかく、どこか楽しげで。
「あなたがそれほど思い詰めていたことの方が……驚きでした」
 ゆっくりと、こちらを見る。
「あなたは、人の痛みに敏感なんですね」
 
 その言葉に、胸がきゅっと締め付けられた。
 
「だからこそ……俺は、あなたに命を救われた」
 静かな声音だった。
「そんなあなたを疑う者がいるなら、そちらの方がよほど問題です」
 部屋が、静かになる。
 でもそれは、先ほどまでの凍りついた沈黙ではない。
 どこか──温かい静けさだった。
 気づけば、胸の奥に張り詰めていたものが、ゆっくりほどけていく。
 視界が滲む。
「……軽蔑、されないのですか」
 掠れた声が零れた。
 
 三人は顔を見合わせ。
 そして。
 ほぼ同時に、首を傾げた。
 
「なぜ?」
 父が真顔で言う。
 
 殿下が苦笑する。
 
 レーヴェン様は、呆れたように小さく笑った。
 
 その様子が、あまりにも自然で。
 私は、思わず息を詰めた。
 
 ──ああ。
 大丈夫なんだ。
 
 その事実が、胸いっぱいに広がる。
 
「……水脈を見ることは、できます」
 気づけば、改めて口にしていた。
「ですが万能ではありません。広範囲を視れば体に大きな負担がかかります」
「負担?」
「以前、山を一つ見たとき、その場で鼻血を出し、二、三日は行動不能になりました」
「っ!」
 殿下は驚いて、少し考え出した。
「……あなたに無理を強いるつもりはない。出来る範囲でいいんだ。水脈調査に協力してくれないか」
「……」
 私は即答できず、お父様を見た。
 お父様も複雑な顔をしている。
 
「シュタール嬢」
 レーヴェン様に呼ばれた。
「答えを、今出す必要はありませんよ」
 真っ直ぐな視線だった。
 
「突然の話に困惑するのは当然です。会って間もない我々の事情を聞いて、隠していた力の話をしてくださった。あなたの配慮に感謝しかありません。ありがとう」
「そんなっ!」
「あなたがどんな答えを選んでも、俺は尊重します。ですが……無理だけは、しないでください」
 レーヴェン様のこちらを尊重する言葉に、胸が苦しくなる。

「そうだな。話を急ぎすぎたな」
 フィリオ殿下も苦笑いを浮かべて「すまなかった」と、頭を下げられた。 
「やっ、やめてください!頭をあげてください」
 胆が冷える。

「ありがとう。シュタール嬢。優しいのだな」
 少年らしい笑顔に、ほっこりする。 
 自然と、笑みがこぼれた。
 
 こんなふうに笑えたのは、いつ以来だろう。
 部屋の中には、まだ微かな笑いの余韻が残っている。
 その空気に包まれながら、私はそっと思った。
 
 もしかしたら。
 私の力は。
 怖がるものではなくて。
 誰かの役に立てるものなのかもしれない──と。
感想 289

あなたにおすすめの小説

私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜

恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」 不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。 結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、 「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。 元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。 独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場! 無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。 記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける! ※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。  苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる  物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

夫は私を愛していないそうなので、遠慮なく離婚します。今さら引き止められても遅いです

藤原遊
恋愛
王妃付き護衛騎士である夫に、「お前を愛したことはない」と告げられた。 理由は単純。 愛などなくても、仕事に支障はないからだという。 ──そうですか。 それなら、こちらも遠慮する必要はありませんね。 王妃の機嫌、侍女たちとの関係、贈り物の選定。 夫が「当然のように」こなしていたそれらは、すべて私が整えていたもの。 離婚後、少しずつ歯車は狂い始める。 気づいたときにはもう遅い。 積み上げてきた信用は、静かに崩れていく。 一方で私は、王妃のもとへ。 今さら引き止められても、遅いのです。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。過激ざまぁタグあります。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

〖完結〗では、婚約解消いたしましょう。

藍川みいな
恋愛
三年婚約しているオリバー殿下は、最近別の女性とばかり一緒にいる。 学園で行われる年に一度のダンスパーティーにも、私ではなくセシリー様を誘っていた。まるで二人が婚約者同士のように思える。 そのダンスパーティーで、オリバー殿下は私を責め、婚約を考え直すと言い出した。 それなら、婚約を解消いたしましょう。 そしてすぐに、婚約者に立候補したいという人が現れて……!? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話しです。

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子
恋愛
 貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。  彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。  「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。  登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。   ※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています

「病弱な従妹に思いやりがない」? 婚約者様、それが私に何の関係が?

さんけい
恋愛
婚約者リチャードは、約束のたびに「病弱な従妹エミリーが」と言ってイブリンを後回しにした。最初は思いやりだと信じていた。だが、それが一度や二度ではなく、婚約者としての敬意も誠実さも踏みにじられ続けた末、イブリンはついに婚約の継続を拒む。 ところが、事はただの婚約破棄では終わらなかった。 弱々しく見える従妹エミリーは、どうにも“ただ可哀想なだけの娘”ではない。人によって態度を変え、相手の良心につけ込み、じわじわと人間関係を侵していくその姿に、イブリンの家族は次第に違和感を強めていく。やがてその違和感は、婚約者個人の未熟さだけでなく、相手の家そのものが抱える歪みへとつながっていき――。 家族に守られながら婚約解消へ進むヒロインと、見えているのに見誤り続けた婚約者。 そして“病弱な従妹”の奥に潜んでいたものとは。 婚約破棄から始まる、じわりと不穏で、最後にはきっちり決着する人間ドラマ。 全90回。予約投稿済みです。 6時と17時に更新致します。

あなたの言うことが、すべて正しかったです

Mag_Mel
恋愛
「私に愛されるなどと勘違いしないでもらいたい。なにせ君は……そうだな。在庫処分間近の見切り品、というやつなのだから」  名ばかりの政略結婚の初夜、リディアは夫ナーシェン・トラヴィスにそう言い放たれた。しかも彼が愛しているのは、まだ十一歳の少女。彼女が成人する五年後には離縁するつもりだと、当然のように言い放たれる。  絶望と屈辱の中、病に倒れたことをきっかけにリディアは目を覚ます。放漫経営で傾いたトラヴィス商会の惨状を知り、持ち前の商才で立て直しに挑んだのだ。執事長ベネディクトの力を借りた彼女はやがて商会を支える柱となる。  そして、運命の五年後。  リディアに離縁を突きつけられたナーシェンは――かつて自らが吐いた「見切り品」という言葉に相応しい、哀れな姿となっていた。 *小説家になろうでも投稿中です

〈完結〉ここは私のお家です。出て行くのはそちらでしょう。

江戸川ばた散歩
恋愛
「私」マニュレット・マゴベイド男爵令嬢は、男爵家の婿である父から追い出される。 そもそも男爵の娘であった母の婿であった父は結婚後ほとんど寄りつかず、愛人のもとに行っており、マニュレットと同じ歳のアリシアという娘を儲けていた。 母の死後、屋根裏部屋に住まわされ、使用人の暮らしを余儀なくされていたマニュレット。 アリシアの社交界デビューのためのドレスの仕上げで起こった事故をきっかけに、責任を押しつけられ、ついに父親から家を追い出される。 だがそれが、この「館」を母親から受け継いだマニュレットの反逆のはじまりだった。