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第一章
二十七話 役に立てた日
翌日。
私はお父様とともに、領地にある真珠工場へ向かった。
馬車の揺れは穏やかで、窓の外には海が広がっている。
けれど、私の胸の中は、落ち着かないままだった。
ちゃんと、できるだろうか……
もし役に立てなかったら──
やっぱり私は、何もできないままなんじゃないか。
今さら不安になる。
馬車が止まる。
扉が開くと、潮の匂いと、木の香りが混じった空気が流れ込んできた。
「シュタール男爵様だよー!」
誰かの声。
工場の中から、数人の女性が顔を出す。
「今日はお嬢様も一緒かい?」
「あらまあ、綺麗なお嬢さんじゃないの」
距離が、近い。
私は反射的に、お父様の半歩後ろに下がった。
視線が集まる。
「可愛いね、緊張してるのかい?」
「ほらほら、みんな、群がらないの!」
期待と、好奇心と、少しの疑念。
胸の奥が、きゅっと縮む。
「皆、聞いてくれ」
お父様が言った。
「最近、貝の成長が遅いのは、みんなも感じているだろう。そこで──」
お父様が私の肩に手を置いた。
「娘を連れてきた。娘はな、貝の中を見られるんだ」
工場内が、ざわっとする。
「中が見える?」
「魔法?」
「本当かい?」
私は慌ててお父様の袖を引いた。
「お、お父様?!」
いきなり言っちゃうなんて……
お父様は、私の不安に気づいていないようで、それでもどこか確信めいた顔をしていた。
「は、はい。魔法です」
消え入りそうな声で説明する。
いやに静かな空間だ。
……もしかして、気味が悪いと思って──
次の瞬間──
「おお!すごい!」
「それが本当なら、大助かりだよ!」
場が沸くように、歓迎の声が響いた。
「お嬢様」
リーダー格の女性が、腰に手を当てて言った。
「早速見せておくれよ」
期待するような弾む声。
その声に、背中を押された気がした。
作業台の上に、籠いっぱいの貝が置かれる。
「最近はねえ、開けても開けても、空が多いんだよ。身も小さいから廃棄ばっかりさ」
私は、そっと籠の中の貝に触れた。
深呼吸。
──軽く、視るだけ。
「……これは、あります」
殻を開ける。
ころり、と小さな真珠。
「おおっ!」
「当たりだ!」
胸が、どくんと鳴る。
「……これは、ありません」
開ける。
空。
「本当だ……」
次々に確かめる。
外れない。
私が口にするたび、ざわめきが、少しずつ喜びに変わっていく。
「無駄が減るよ!」
「仕事が早くなる!」
「すごいじゃないの、お嬢様!」
女性たちは喜びと興奮から、私の背中をバシバシ叩いてくる。でも不思議と嫌じゃなかった。
年配女性のごつごつした手が、私の手を掴んだ。
「ありがとうね」
まっすぐな目。
「ほんとに、助かるよ」
胸が、ぎゅっと詰まる。
「い、いえ……」
「いえじゃない」
リーダー格の女性が言う。
「胸張りな!すごいことなんだから!」
戸惑いながらも、私は少しだけ背筋を伸ばした。
「ねえ、お嬢様」
別のおばちゃんが言う。
「真珠の大きさってわかるかい?」
「え?はい、ある程度なら」
「それなら、小さいのも教えておくれよ。小さすぎると、結局廃棄になっちまうからね」
「ねえ、ねえ!それなら、その小さいの、もう一回育て直したらいいんじゃない?」
誰かが言った。
辺りが静まり返る。
そして──。
「おおー!」と歓声が上がった。
「いつもなら、開けて捨てちまうが、開けずにもう一回育てりゃいいのか!」
「あんた、良いことを言うじゃない!」
年若い女性を、みんなが褒めていた。
「その小さいのは、さしずめ『幸運の貝』だね!」
リーダー格の女性が言った。
「お嬢様のおかげで『再チャレンジ』できるんだ。私らで大切に育てようじゃないか!」
「幸運の貝!」
「いいじゃない!」
みんなが嬉しそうに笑い、私を見た。
「さっ、お嬢様。次いこう、次!」
必要とされることが、こんなに嬉しいと忘れていた。
胸が、いっぱいになる。
泣きそうになって、慌てて瞬きをした。
でも、目の前で笑う人たちを見ていたら、
涙より先に、笑顔がこぼれてしまった。
こんなふうに、笑えたのは、いつ以来だろう。
◇◇◇
帰り道。
馬車の中で、私は窓の外を眺めていた。
「……どうだった」
お父様が聞く。
私は、少しだけ考えてから答えた。
「……楽しかったです」
声は小さいけれど、嘘じゃない。
胸の奥が、ほんのり温かい。
人の役に立ち、その人が笑ってくれる。
その顔が好きなんだと、改めて思った。
私の力で、誰かの今日が少し楽になるなら──
誇らしいと思えた。
私はお父様とともに、領地にある真珠工場へ向かった。
馬車の揺れは穏やかで、窓の外には海が広がっている。
けれど、私の胸の中は、落ち着かないままだった。
ちゃんと、できるだろうか……
もし役に立てなかったら──
やっぱり私は、何もできないままなんじゃないか。
今さら不安になる。
馬車が止まる。
扉が開くと、潮の匂いと、木の香りが混じった空気が流れ込んできた。
「シュタール男爵様だよー!」
誰かの声。
工場の中から、数人の女性が顔を出す。
「今日はお嬢様も一緒かい?」
「あらまあ、綺麗なお嬢さんじゃないの」
距離が、近い。
私は反射的に、お父様の半歩後ろに下がった。
視線が集まる。
「可愛いね、緊張してるのかい?」
「ほらほら、みんな、群がらないの!」
期待と、好奇心と、少しの疑念。
胸の奥が、きゅっと縮む。
「皆、聞いてくれ」
お父様が言った。
「最近、貝の成長が遅いのは、みんなも感じているだろう。そこで──」
お父様が私の肩に手を置いた。
「娘を連れてきた。娘はな、貝の中を見られるんだ」
工場内が、ざわっとする。
「中が見える?」
「魔法?」
「本当かい?」
私は慌ててお父様の袖を引いた。
「お、お父様?!」
いきなり言っちゃうなんて……
お父様は、私の不安に気づいていないようで、それでもどこか確信めいた顔をしていた。
「は、はい。魔法です」
消え入りそうな声で説明する。
いやに静かな空間だ。
……もしかして、気味が悪いと思って──
次の瞬間──
「おお!すごい!」
「それが本当なら、大助かりだよ!」
場が沸くように、歓迎の声が響いた。
「お嬢様」
リーダー格の女性が、腰に手を当てて言った。
「早速見せておくれよ」
期待するような弾む声。
その声に、背中を押された気がした。
作業台の上に、籠いっぱいの貝が置かれる。
「最近はねえ、開けても開けても、空が多いんだよ。身も小さいから廃棄ばっかりさ」
私は、そっと籠の中の貝に触れた。
深呼吸。
──軽く、視るだけ。
「……これは、あります」
殻を開ける。
ころり、と小さな真珠。
「おおっ!」
「当たりだ!」
胸が、どくんと鳴る。
「……これは、ありません」
開ける。
空。
「本当だ……」
次々に確かめる。
外れない。
私が口にするたび、ざわめきが、少しずつ喜びに変わっていく。
「無駄が減るよ!」
「仕事が早くなる!」
「すごいじゃないの、お嬢様!」
女性たちは喜びと興奮から、私の背中をバシバシ叩いてくる。でも不思議と嫌じゃなかった。
年配女性のごつごつした手が、私の手を掴んだ。
「ありがとうね」
まっすぐな目。
「ほんとに、助かるよ」
胸が、ぎゅっと詰まる。
「い、いえ……」
「いえじゃない」
リーダー格の女性が言う。
「胸張りな!すごいことなんだから!」
戸惑いながらも、私は少しだけ背筋を伸ばした。
「ねえ、お嬢様」
別のおばちゃんが言う。
「真珠の大きさってわかるかい?」
「え?はい、ある程度なら」
「それなら、小さいのも教えておくれよ。小さすぎると、結局廃棄になっちまうからね」
「ねえ、ねえ!それなら、その小さいの、もう一回育て直したらいいんじゃない?」
誰かが言った。
辺りが静まり返る。
そして──。
「おおー!」と歓声が上がった。
「いつもなら、開けて捨てちまうが、開けずにもう一回育てりゃいいのか!」
「あんた、良いことを言うじゃない!」
年若い女性を、みんなが褒めていた。
「その小さいのは、さしずめ『幸運の貝』だね!」
リーダー格の女性が言った。
「お嬢様のおかげで『再チャレンジ』できるんだ。私らで大切に育てようじゃないか!」
「幸運の貝!」
「いいじゃない!」
みんなが嬉しそうに笑い、私を見た。
「さっ、お嬢様。次いこう、次!」
必要とされることが、こんなに嬉しいと忘れていた。
胸が、いっぱいになる。
泣きそうになって、慌てて瞬きをした。
でも、目の前で笑う人たちを見ていたら、
涙より先に、笑顔がこぼれてしまった。
こんなふうに、笑えたのは、いつ以来だろう。
◇◇◇
帰り道。
馬車の中で、私は窓の外を眺めていた。
「……どうだった」
お父様が聞く。
私は、少しだけ考えてから答えた。
「……楽しかったです」
声は小さいけれど、嘘じゃない。
胸の奥が、ほんのり温かい。
人の役に立ち、その人が笑ってくれる。
その顔が好きなんだと、改めて思った。
私の力で、誰かの今日が少し楽になるなら──
誇らしいと思えた。
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