尽くしてきた婚約者に裏切られたので、婚約を解消しました〜彼が愛に気づいたのは、すべてを失ったあとでした〜

ともどーも

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第一章

二十八話 最強の仲間たち

 昼休憩。
 作業場の隅に木箱を並べ、女性たちが腰を下ろしていた。
 私はその輪の端に、少しだけ遠慮して座る。
「イリスちゃんもおいで」
「はい!」
 リーダー格のマルタさんが手招きする。
 ここでは、私のことを「お嬢様」じゃなく、イリスと呼んでくれる。
 最初にそうお願いしたとき、マルタさんは豪快に笑って言った。
『仲間に敬語はいらないよ。ほら、イリスちゃん』
 その「ちゃん」が、今でも胸の奥をあたためる。
 
 干し果物が回ってくる。
 飴玉がぽん、と私の掌に落ちる。
 
 不思議だ。
 一週間前まで知らなかった人たちなのに、空気があたたかい。
 
「食べな。午後も目ぇ使うんだろ」
 エッダさんが、しわくちゃの笑顔で言った。
 年配の女性の手はごつごつしていて、でも優しい。
 
「ありがと、エッダさん」
「さん付けもいらないって言ってんだよ」
 笑われて、私は頬を掻いた。
「……エッダ、ちゃん?」
「誰がちゃんだい!」
 どっと笑いが起きた。
 私もつられて、少しだけ笑う。
 
 ……笑える。
 ここでは、笑える。
 
「そういやさ」
 ニナさんが、首を傾げる。
 年若いのに手際がよくて、元気で、口が早い。
 
「イリスちゃんって、前に伯爵家に嫁ぐって聞いたことあるけど……今はどうなったの?」
 空気が、ぴたりと止まった。
 
「こら、ニナ」
 マルタさんが小声で止める。
 でも私は、首を振った。
 
「大丈夫ですよ」
 気を遣わせたくなくて、笑って答えた。
 でも──
 
「無理しないの」
「辛かったね」

 みんなにはお見通しで、次々と飴を追加で押しつけてくる。
 気づけば、私の手のひらには飴が山になっていた。
 
 なんだろう。
 この飴の量。
 自分が子どもに戻ったみたいで、ちょっと可笑しくなった。
 
「もう、過ぎたことですから」
 軽く言ってみる。
 言えた、と思ったのに。
 
 ツキンッと、何かを感じたが、気付かないふりをした。
 
「……それに、私から、婚約解消を突きつけたんですよ」
 言葉が、するりと出た。
 そこで止めれば良かったのに。
 私の口は、余計なことまで言ってしまう。
 
「結婚式を三回もキャンセルされて……さすがに目が覚めました」
 
 音が、消えた。
 次の瞬間。
 
「「はああああ?!?!」」
 工場が揺れそうな大声が木霊した。

「ちょっと待ちな。イリスちゃん!」
 マルタさんが立ち上がり、私の肩を掴んだ。
 目が据わっている。
 
「どういうことだい、最初から話しな」
「え……あ……はい……」
 マルタさんの勢いに負けて、私はディートリッヒとのこと、エレノアのことなど、洗いざらい吐かされていた。
 途中で、何度か言葉が詰まった。
 それでも私は、笑った。
 
 マルタさんの手がゆっくりと離れたが、形相は『異国に伝わる鬼』を連想させた。
 周りを見ると、他のおばちゃんたちも似たような顔になっている。

「その腐った貝野郎がァ!!」
 マルタさんが吠えた。
「貝にも失礼だわ!!」
「殻だけ立派で中身スカスカのやつだよ!」
 ニナさんも勢いよく立ち上がる。
「三回も! 三回もだよ!? 人の人生なんだと思ってんの!?」

「その腐った貝野郎の殻開けしてやりたいね!」
「核なんて入ってるわけないよ!」
「中身が無いんだから!」
 
 どっと笑いが起きる。
 笑いの中に、怒りが混じっている。
 私は呆然とした。
 
 ……怒ってる。
 私のために、本気で。
 
 私が傷ついたことを、勝手に「大したことない」とせず、流さないでくれてる。
 
 胸が……いっぱいになる。

「イリスちゃん、よく耐えたねぇ……!」
 エッダさんが、静かに頷く。
 
「イリスちゃん」
 ニナさんが、急に真顔になって言った。
「あんたは何にも悪くないよ」
 その一言で、耐えていたものが揺らいだ。
 
 泣くな。
 泣くな。
 でも、目の奥がじわっと滲む。
 
「……ありがとうございます」
 声が震えた。
 ごまかすように、私は笑ってみせる。
「私、たぶん……こういう話、誰にもしたことなくて」
「そりゃそうだよ」
 マルタさんが、どん、と私の背中を叩いた。
「世の中、腐った貝野郎は多い。でもね」
 ぐい、と顔を寄せてくる。
 
「あたしらがついてる。腐った貝野郎は、あたしらがかっさばいて検品してやるよ」
 
 エッダさんが、私の手の飴山を見て言った。
「飴は泣き止むまで追加だよ」
「そんなに……?」
 
「泣くなとは言わない」
 マルタさんが、少しだけ声を落とした。
「泣きたいときは泣きな。でも──」
 にっと笑って。
 
「泣いたら、そのあと、笑うんだ。イリスちゃんは笑った顔の方が似合う」
 
 私は、唇を噛んで、頷いた。
 泣くのを堪えて、もう一度、笑う。
「……はい」

 そのとき思った。
 家族以外にも、私をこんなにも思ってくれる仲間がいる。
 それは、とても幸せなことだと。
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