尽くしてきた婚約者に裏切られたので、婚約を解消しました〜彼が愛に気づいたのは、すべてを失ったあとでした〜

ともどーも

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第二章

二話 港の風と、最初の試練

 ゆっくりと、船が港へ近づいていく。
 甲板の向こうに、石造りの建物と、長く伸びる岸壁が見えた。
 
 ──リュミエール王国。
 
 胸の奥が、静かに高鳴る。
 昨夜のことが、ふと脳裏をよぎった。
 
 船酔いで動けなくなった私のそばで、クロード様は黙って椅子に座り続けていた。
 
 水を持ってきてくれて、眠っている間も、そばにいたらしい。 
 起きたとき、そこにいたのは、当然のような顔をしたクロード様だった。
 
 体は休まったのに。
 心臓は、ずっと落ち着かなかった。
 
 タラップの前。
 甲板から岸へ降りるための板が、かけられていた。
 目下にはリュミエール王国の人々の姿が見える。
 
 この国の人たちは、
 私を受け入れてくれるだろうか……
 
  「……イリス」
 呼ばれて、我に返る。
 
「足元が揺れる。掴まれ」
 差し出された手。
 一瞬、迷ってから、そっと乗せる。
 大きくて、温かい。
 ぎゅっと掴んでしまわないよう、必死で力を加減する。
 
「……ありがとうございます、クロード様」
「……ああ」
 短い返事。
 けれど、手は離されなかった。
 ゆっくりと、一歩。
 リュミエール王国の土を踏みしめる。
 
 ここから、始まる。
 私は、この国で、誰かの役に立ちたい。

 ──自分の出来ることを精一杯やろう。
 
 拳を握りしめて、私は小さく誓った。

 
 ◇◇◇

 
 港を離れ、馬車は王都とは逆方向へ進み始めた。
 フィリオ殿下は向かいの席で、地図を広げている。
「父上には、すでに手紙で事情は伝えてある。だがな。まず『現場』を見せたい」
 指したのは、大きな湖の印。
「我が国最大の湖だ。ここも水位が年々下がっている」
 殿下は、私を見る。
「少し遠回りになるがな」
 殿下は、にやりと笑った。
「寄り道できるのが、旅の特権だ。その結果を持って、国王に進言する」
 私は、うなずいた。
 
「分かりました」
 気持ちが、少しだけ引き締まる。
 期待されている。
 その重さを、ちゃんと受け止めなければ。

 
 ◇◇◇

 
 しばらく進んだところで、馬車が減速した。
 隣で、クロード様が小さく眉をひそめた。
 彼も、異変を感じ取ったらしい。
 
 前方が、ざわついている。
「どうした」
 殿下の問いに、御者が答える。
 
「村のようです。人が集まって……揉めています」
 馬車の窓から、様子が見えた。
 井戸を囲んで、人々が口々に叫んでいる。

 井戸のそばで、子どもが泣き叫び、空の桶を抱えた老人が、力なく座り込んでいる。

「昨日は水が上がったんだぞ……希望が見えたんだ……!」
「朝になったら、空っぽだ……どうしてだ……」
「もう掘る力も残ってねぇ……」
 
 殿下の声が響く。
「止まれ」
 そして、私たちを見る。
「行くぞ。話を聞く」
 
 馬車を降りた瞬間。
 胸の奥が、ざわりとした。
 
 ……嫌な予感がする。

 クロード様が、私より一歩前に出た。
 無意識なのか、庇うように。
 その背中が、妙に大きく見えた。
 
 私は、井戸の方へ目を向けていた。
 胸の奥が、きり、と痛んだ。

 ここまで、酷い状態だとは思っていなかった。

 乾いた土が、ひび割れている。
 草は、根元から茶色く枯れていた。
 見なくても、分かる。水の気配が、感じられない。
  
 フィリオ殿下は井戸を見るなり、表情を引き締めた。
「……想像以上だな」
 
「クロード様」
「どうした?」
「井戸に近づいてもいいですか?水脈を、確認させてください」
 クロード様は民衆の状況を見た。
「……今は気が立っている。近づくのは危ない。俺から離れないで」
「……」

 遠目でも、流れだけなら追えるはず……

 私は集中し、足元に魔力を流した。
 視界の奥で、淡い光の線が広がる。

 ──ライト・スキャン。

 こめかみが、じんと熱くなる。
 井戸の周辺を確認すると、水が流れていた痕跡はあるが、流れが途絶えている。

 どこかで、塞がれている?
 ……ここから先は、近づかないと分からない。

 だけど、原因が分かれば──手はある。 
 その気持ちが、胸いっぱいに広がった。
 私の視線の先で、男が一人、フィリオ殿下を睨みつけていた。

「ふざけるな!」
 村人の怒鳴り声が響いた。
 驚きのあまり、私は肩を跳ねさせた。
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