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第二章
三話 怒りの声と、残された希望
「俺たちに、この土地を捨てろと言うのか!」
男の怒鳴り声が、村の広場に響いた。
井戸のそばに集まっていた村人たちが、一斉に振り向く。
怒りと焦りに満ちた視線の先には、フィリオ殿下の姿があった。
「ふざけるな!」
「ここには家も、畑もあるんだぞ!」
ざわめきが、瞬く間に広がる。
次の瞬間。
殿下の前に、護衛の騎士たちが立ちはだかった。
「下がれ!」
「この方に対して失礼だぞ! わきまえよ!」
空気が、ぴり、と張りつめる。
「よい」
フィリオ殿下が、静かに手を上げた。
護衛たちは渋々ながら、一歩下がる。
「私に配慮が足りなかった」
殿下は、村人たちをまっすぐ見た。
「王へ報告する。調査団の派遣だけでなく、当面の水と食料の搬入も手配する」
「そんなもん、いつになる!」
すぐに怒鳴り声が飛ぶ。
「今日の水はどうなる!」
「今夜はどうやって生きる!」
私の息が、わずかに詰まった。
彼らにとって大切なのは、未来の話より、今の命。
私は、井戸へ視線を向け、さらに魔力を押し込んだ。
淡い光が、視界の奥に重なる。
頭痛がしてくる。
不意に不安がよぎった。
もし、私が間違っていたら。
誰も救えなかったら……
瞳を閉じ、集中し、その考えを、必死に押し殺す。
──ライト・スキャン。
地面の奥で、細い光の線が絡み合う。
頭の中に、立体的な地層の像が浮かび上がった。
……ある。
か細いけれど、確かに。
私は、思わず声を漏らした。
「……水は、まだあります」
ざわめきが、ぴたりと止まった。
無数の視線が、私に集まる。
「は?」
「どういう意味だ」
喉が、からりと鳴る。
それでも、私は言葉を選んだ。
「井戸の下に、水脈があります。完全に枯れたわけではありません」
「じゃあなんで出ねぇんだ!」
男が一歩前に出る。
クロード様が私を守るように、男性の前へ出た。
大丈夫だ。
私は、震える指を握りしめた。
「……あと、少し。ほんの少しだけ、深く掘れば──届く可能性があります」
一瞬の沈黙。
そして。
「ふざけるな!」
怒鳴り声が弾けた。
「俺たちはもう掘った!」
「限界まで掘ったんだ!」
「小娘の戯れ言を信じろってか!」
胸が、きゅっと痛む。
……分かっている。
疑われて当然だ。
そのとき。
「俺が掘る」
迷いのない声でクロード様は言った。
誰よりも静かな声なのに、不思議とよく通る。
「場所を教えてくれ」
「お、おい……正気か?」
「彼女は嘘を言ってない。お前らも、水が出れば満足だろ」
村人たちは、顔を見合わせた。
クロード様は、私を見る。
「指示してくれ」
私は、拳を強く握ったのち、地面を指した。
「……井戸の、底の中央です」
クロード様は、ためらいなく井戸へ向かった。
「待て!」
私も、咄嗟に後を追う。
「私も手伝います!」
周囲が、ざわつく。
「井戸の中は危険だ」
「でも……」
「俺を信じて。イリスが見たものを、俺も信じる」
クロード様はそう言って微笑んだ。
確かに私は足手まといだ。
「……わかりました」
「ありがとう」
◇◇◇
かれこれ一時間。
クロード様は井戸を掘り、フィリオ殿下の護衛たちが井戸から土を運び出した。
その間、村人たちは、離れた場所から見ているだけだった。
──それでもいい。
私は、定期的にライト・スキャンを行い進捗を確認し、彼に声をかける。
その度、クロード様は「わかった」と笑った。
汗をかき、泥にまみれ。
力強い瞳に安心と信頼を寄せていた。
「……本当に水は出るのか?」
村人の一人が話しかけてきた。
「出なかったらどうする」
不安な様子だ。
彼らは、恐怖の行き場を失っているだけだ。
私にできるのは、その不安を少しでも和らげ、希望をもってもらうことだ。
「出ます。必ず」
まっすぐ目を見て答えると、村人は目を伏せた。
しばらく、重たい沈黙が落ちる。
「わかった……」と呟き、大きく息を吸って「みんな!俺たちも手伝うぞ。ここは俺たちの村だ!」と叫んだ。
◇◇◇
あれから三時間。
一致団結して井戸を掘っていると──。
クロード様の動きが、ふと止まった。
「……湿っている」
次の瞬間。
じわり、と。
暗い井戸の底から、水が滲み出した。
まるで、大地が息を吹き返すように。
「……出た」
ぽた。
ぽたぽた。
やがて。
ちょろ、ちょろ、と。
「み、水だ……!」
誰かが叫ぶ。
次の瞬間、歓声が上がった。
「出たぞ!」
「水が出た!!」
村人たちが、我先に井戸へ駆け寄る。
涙を流す者。
地面に座り込む者。
私は、その場にへたり込みそうになるのを、必死でこらえた。
フィリオ殿下は、その光景を静かに見つめていた。
……よかった。
本当に、よかった。
先ほど怒鳴っていた男が、膝をついた。
「……悪かった。あんたを疑った。本当に……すまなかった」
村人たちも、私に向かって次々と頭を下げた。
私は、首を横に振った。
「いいんです。皆さんが不安で、怖かったのはわかりますから」
井戸から出てきたクロード様が、私の隣に立つ。
「彼女の言った通りだっただろう」
その一言で、喉の奥が熱くなった。
こうして。
私たちは、井戸の復活に成功した。
だが、これは単なる時間稼ぎに過ぎない。
根本の原因を突き止め、解決しない限り、また村の井戸は渇れてしまうだろう。
だがこのときの私は、まだ知らなかった。
この小さな異変が、国を揺るがす問題へと繋がっていることを。
男の怒鳴り声が、村の広場に響いた。
井戸のそばに集まっていた村人たちが、一斉に振り向く。
怒りと焦りに満ちた視線の先には、フィリオ殿下の姿があった。
「ふざけるな!」
「ここには家も、畑もあるんだぞ!」
ざわめきが、瞬く間に広がる。
次の瞬間。
殿下の前に、護衛の騎士たちが立ちはだかった。
「下がれ!」
「この方に対して失礼だぞ! わきまえよ!」
空気が、ぴり、と張りつめる。
「よい」
フィリオ殿下が、静かに手を上げた。
護衛たちは渋々ながら、一歩下がる。
「私に配慮が足りなかった」
殿下は、村人たちをまっすぐ見た。
「王へ報告する。調査団の派遣だけでなく、当面の水と食料の搬入も手配する」
「そんなもん、いつになる!」
すぐに怒鳴り声が飛ぶ。
「今日の水はどうなる!」
「今夜はどうやって生きる!」
私の息が、わずかに詰まった。
彼らにとって大切なのは、未来の話より、今の命。
私は、井戸へ視線を向け、さらに魔力を押し込んだ。
淡い光が、視界の奥に重なる。
頭痛がしてくる。
不意に不安がよぎった。
もし、私が間違っていたら。
誰も救えなかったら……
瞳を閉じ、集中し、その考えを、必死に押し殺す。
──ライト・スキャン。
地面の奥で、細い光の線が絡み合う。
頭の中に、立体的な地層の像が浮かび上がった。
……ある。
か細いけれど、確かに。
私は、思わず声を漏らした。
「……水は、まだあります」
ざわめきが、ぴたりと止まった。
無数の視線が、私に集まる。
「は?」
「どういう意味だ」
喉が、からりと鳴る。
それでも、私は言葉を選んだ。
「井戸の下に、水脈があります。完全に枯れたわけではありません」
「じゃあなんで出ねぇんだ!」
男が一歩前に出る。
クロード様が私を守るように、男性の前へ出た。
大丈夫だ。
私は、震える指を握りしめた。
「……あと、少し。ほんの少しだけ、深く掘れば──届く可能性があります」
一瞬の沈黙。
そして。
「ふざけるな!」
怒鳴り声が弾けた。
「俺たちはもう掘った!」
「限界まで掘ったんだ!」
「小娘の戯れ言を信じろってか!」
胸が、きゅっと痛む。
……分かっている。
疑われて当然だ。
そのとき。
「俺が掘る」
迷いのない声でクロード様は言った。
誰よりも静かな声なのに、不思議とよく通る。
「場所を教えてくれ」
「お、おい……正気か?」
「彼女は嘘を言ってない。お前らも、水が出れば満足だろ」
村人たちは、顔を見合わせた。
クロード様は、私を見る。
「指示してくれ」
私は、拳を強く握ったのち、地面を指した。
「……井戸の、底の中央です」
クロード様は、ためらいなく井戸へ向かった。
「待て!」
私も、咄嗟に後を追う。
「私も手伝います!」
周囲が、ざわつく。
「井戸の中は危険だ」
「でも……」
「俺を信じて。イリスが見たものを、俺も信じる」
クロード様はそう言って微笑んだ。
確かに私は足手まといだ。
「……わかりました」
「ありがとう」
◇◇◇
かれこれ一時間。
クロード様は井戸を掘り、フィリオ殿下の護衛たちが井戸から土を運び出した。
その間、村人たちは、離れた場所から見ているだけだった。
──それでもいい。
私は、定期的にライト・スキャンを行い進捗を確認し、彼に声をかける。
その度、クロード様は「わかった」と笑った。
汗をかき、泥にまみれ。
力強い瞳に安心と信頼を寄せていた。
「……本当に水は出るのか?」
村人の一人が話しかけてきた。
「出なかったらどうする」
不安な様子だ。
彼らは、恐怖の行き場を失っているだけだ。
私にできるのは、その不安を少しでも和らげ、希望をもってもらうことだ。
「出ます。必ず」
まっすぐ目を見て答えると、村人は目を伏せた。
しばらく、重たい沈黙が落ちる。
「わかった……」と呟き、大きく息を吸って「みんな!俺たちも手伝うぞ。ここは俺たちの村だ!」と叫んだ。
◇◇◇
あれから三時間。
一致団結して井戸を掘っていると──。
クロード様の動きが、ふと止まった。
「……湿っている」
次の瞬間。
じわり、と。
暗い井戸の底から、水が滲み出した。
まるで、大地が息を吹き返すように。
「……出た」
ぽた。
ぽたぽた。
やがて。
ちょろ、ちょろ、と。
「み、水だ……!」
誰かが叫ぶ。
次の瞬間、歓声が上がった。
「出たぞ!」
「水が出た!!」
村人たちが、我先に井戸へ駆け寄る。
涙を流す者。
地面に座り込む者。
私は、その場にへたり込みそうになるのを、必死でこらえた。
フィリオ殿下は、その光景を静かに見つめていた。
……よかった。
本当に、よかった。
先ほど怒鳴っていた男が、膝をついた。
「……悪かった。あんたを疑った。本当に……すまなかった」
村人たちも、私に向かって次々と頭を下げた。
私は、首を横に振った。
「いいんです。皆さんが不安で、怖かったのはわかりますから」
井戸から出てきたクロード様が、私の隣に立つ。
「彼女の言った通りだっただろう」
その一言で、喉の奥が熱くなった。
こうして。
私たちは、井戸の復活に成功した。
だが、これは単なる時間稼ぎに過ぎない。
根本の原因を突き止め、解決しない限り、また村の井戸は渇れてしまうだろう。
だがこのときの私は、まだ知らなかった。
この小さな異変が、国を揺るがす問題へと繋がっていることを。
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