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第二章
四話 静かな水面と、途切れた水脈
翌朝。村を出る準備が、静かに進んでいた。
井戸の周囲では、何人もの村人が水を汲み、溢れそうな桶を抱えながら、何度もこちらへ頭を下げる姿が見えた。
私は、その光景を少し離れた場所から見つめていた。
井戸は、確かに復活した。
だが、それは水脈が元に戻ったわけではない。
ただ──ぎりぎり届く深さまで、掘り下げただけだ。
水脈は細い。
頼りなく、今にも途切れそうなほどに。
根本の原因を解決しなければ、いずれまた同じことが起きる。
「っ!」
こめかみの奥が、きり、と痛んだ。
朝から何度もライト・スキャンで水脈を見ていたから、負担がきたのだろう。
「……イリス」
低い声に、振り向く。
クロード様は、すぐ後ろに立っていた。
「顔色が悪い」
「……少し、考え事を」
一瞬、視線が交差する。
何か言いたげな視線に耐えられなくて、目をそらす。
「馬車で休もう。歩けるか?」
問いかけは、それだけだった。
「……はい」
私は、小さくうなずいた。
クロード様は、何も言わないまま、私の横へ並ぶ。
肩と肩が、触れそうな距離。
気遣われていると感じた。
そのことが、胸の奥をじんと温めた。
◇◇◇
馬車にはすでにフィリオ殿下が乗車しており、難しい顔をしながら地図を広げていた。
「イリス」
フィリオ殿下は真剣な顔で聞いてきた。
「どう見えた?」
きっと、殿下もわかっている。
確信が欲しいのだと感じた。
「……水脈は弱いままです」
「また井戸が渇れるのは、時間の問題……か」
小さく頷くしかできなかった。
「この街道沿いに、小さな集落が三つある」
フィリオ殿下の指が、順に地図の地点をなぞる。
「もし、同じ症状が出ているなら──」
「上流で、何かが流れを阻害している可能性があります」
私がそう言うと、殿下は息をゆっくりと吐き、顔を上げた。
「わかった。急いで湖へ向かおう」
その顔には、迷いがなかった。
◇◇◇
馬車は早いペースで進む。
フィリオ殿下が地図で示した村に人はおらず、井戸は渇れていた。
これは、もはや災害だ。
しかも──進行中の災害。
馬車の外で、風が木々を揺らした。
その音が、妙に不吉に聞こえた。
私は、拳を握る。
何もできないと思うのは、もうやめた。
見えるのなら。
気づけるのなら。
それを、使わない理由はない。
「殿下」
私は、まっすぐ前を向いた。
「湖に着いたら、すぐに調査をさせてください。水脈の流れを、詳しく見たいんです」
フィリオ殿下は、少しだけ目を細めて笑った。
「頼もしいな」
そして、静かに告げる。
「君が一緒に来てくれて、本当によかった。よろしく頼む」
フィリオ殿下にそう言われ、気持ちが引き締まる。
助けたい。
いいえ、絶対助ける。
クロード様と目があった。
彼は何も言わなかったが、静かに頭を軽く下げた。
それだけで、背中を押された気がした。
◇◇◇
昼を過ぎた頃。
視界が開け、丘を越えた先に、巨大な水面が広がっている。
──これが王国最大の湖『リュミナ湖』か。
だが、私は息を呑んだ。
「……低い」
本来なら岸辺まで満ちているはずの水が、明らかに引いている。
むき出しになった土が、帯のように湖を囲んでいた。
「これは……」
クロード様が、私の前に立つようにして湖を見た。
フィリオ殿下も、言葉を失ったように湖を見つめている。
私は、そっと目を閉じた。
──ライト・スキャン。
魔力を湖へと広げる。
視界の奥に、光の網が走る。
水脈。
湖へ流れ込むはずの幾筋もの流れが──
細い。
あまりにも細い。
そして。
大きな水脈が一つ渇れている。
「どうだ」
殿下が問う。
「大きな水脈が一つ渇れてます。まるで、どこかで堰き止められているみたいに」
クロード様が湖の奥を睨む。
「人為的なものか?」
「わかりません」
風が吹いた。
湖面が、わずかに揺れる。
その揺れが、妙に不吉だった。
フィリオ殿下が、低く呟いた。
「……急がねばならんな」
私は、湖から目を離さないまま答えた。
「はい」
湖の水面は、どこまでも静かだった。
その静けさが、
嵐の前触れのように思えた。
井戸の周囲では、何人もの村人が水を汲み、溢れそうな桶を抱えながら、何度もこちらへ頭を下げる姿が見えた。
私は、その光景を少し離れた場所から見つめていた。
井戸は、確かに復活した。
だが、それは水脈が元に戻ったわけではない。
ただ──ぎりぎり届く深さまで、掘り下げただけだ。
水脈は細い。
頼りなく、今にも途切れそうなほどに。
根本の原因を解決しなければ、いずれまた同じことが起きる。
「っ!」
こめかみの奥が、きり、と痛んだ。
朝から何度もライト・スキャンで水脈を見ていたから、負担がきたのだろう。
「……イリス」
低い声に、振り向く。
クロード様は、すぐ後ろに立っていた。
「顔色が悪い」
「……少し、考え事を」
一瞬、視線が交差する。
何か言いたげな視線に耐えられなくて、目をそらす。
「馬車で休もう。歩けるか?」
問いかけは、それだけだった。
「……はい」
私は、小さくうなずいた。
クロード様は、何も言わないまま、私の横へ並ぶ。
肩と肩が、触れそうな距離。
気遣われていると感じた。
そのことが、胸の奥をじんと温めた。
◇◇◇
馬車にはすでにフィリオ殿下が乗車しており、難しい顔をしながら地図を広げていた。
「イリス」
フィリオ殿下は真剣な顔で聞いてきた。
「どう見えた?」
きっと、殿下もわかっている。
確信が欲しいのだと感じた。
「……水脈は弱いままです」
「また井戸が渇れるのは、時間の問題……か」
小さく頷くしかできなかった。
「この街道沿いに、小さな集落が三つある」
フィリオ殿下の指が、順に地図の地点をなぞる。
「もし、同じ症状が出ているなら──」
「上流で、何かが流れを阻害している可能性があります」
私がそう言うと、殿下は息をゆっくりと吐き、顔を上げた。
「わかった。急いで湖へ向かおう」
その顔には、迷いがなかった。
◇◇◇
馬車は早いペースで進む。
フィリオ殿下が地図で示した村に人はおらず、井戸は渇れていた。
これは、もはや災害だ。
しかも──進行中の災害。
馬車の外で、風が木々を揺らした。
その音が、妙に不吉に聞こえた。
私は、拳を握る。
何もできないと思うのは、もうやめた。
見えるのなら。
気づけるのなら。
それを、使わない理由はない。
「殿下」
私は、まっすぐ前を向いた。
「湖に着いたら、すぐに調査をさせてください。水脈の流れを、詳しく見たいんです」
フィリオ殿下は、少しだけ目を細めて笑った。
「頼もしいな」
そして、静かに告げる。
「君が一緒に来てくれて、本当によかった。よろしく頼む」
フィリオ殿下にそう言われ、気持ちが引き締まる。
助けたい。
いいえ、絶対助ける。
クロード様と目があった。
彼は何も言わなかったが、静かに頭を軽く下げた。
それだけで、背中を押された気がした。
◇◇◇
昼を過ぎた頃。
視界が開け、丘を越えた先に、巨大な水面が広がっている。
──これが王国最大の湖『リュミナ湖』か。
だが、私は息を呑んだ。
「……低い」
本来なら岸辺まで満ちているはずの水が、明らかに引いている。
むき出しになった土が、帯のように湖を囲んでいた。
「これは……」
クロード様が、私の前に立つようにして湖を見た。
フィリオ殿下も、言葉を失ったように湖を見つめている。
私は、そっと目を閉じた。
──ライト・スキャン。
魔力を湖へと広げる。
視界の奥に、光の網が走る。
水脈。
湖へ流れ込むはずの幾筋もの流れが──
細い。
あまりにも細い。
そして。
大きな水脈が一つ渇れている。
「どうだ」
殿下が問う。
「大きな水脈が一つ渇れてます。まるで、どこかで堰き止められているみたいに」
クロード様が湖の奥を睨む。
「人為的なものか?」
「わかりません」
風が吹いた。
湖面が、わずかに揺れる。
その揺れが、妙に不吉だった。
フィリオ殿下が、低く呟いた。
「……急がねばならんな」
私は、湖から目を離さないまま答えた。
「はい」
湖の水面は、どこまでも静かだった。
その静けさが、
嵐の前触れのように思えた。
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