尽くしてきた婚約者に裏切られたので、婚約を解消しました〜彼が愛に気づいたのは、すべてを失ったあとでした〜

ともどーも

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第二章

七話 作戦会議

 フィリオ殿下の私室は、机の上には本や書類が積まれ、壁際には鎧と剣が立てかけられている。 
 とても『十歳の王子の部屋』とは思えない雰囲気だ。
 
 フィリオ殿下にソファを進められた。
 彼は向かいのソファに。
 クロード様は私の隣に座る。

「早速だが、イリス。君の考えが聞きたい」
 フィリオ殿下の真剣な表情に、こちらも気が引き締まる。
「はい」
 私は、膝の上で指を組んだ。
「鉱山の崩落で遮られている水脈の流れを、ほんの一部だけでも、元に戻すことができれば──リュミナ湖の水量は、わずかでも増えるはずです」
 フィリオ殿下が頷く。
「湖の水位が実際に上がれば、それ自体が『証』になり、原因が鉱山にあると示せる。小さくても確かな実績です」
 
 フィリオ殿下は少し考えて聞いてきた。
「どこを直せば、水が湖へ戻るかわかるか?」
 その質問は、痛いほど正しい。
「……そこが問題です」 
 私は、正直に答えた。 
 
「鉱山が大きすぎて、崩落地点を直しても、どの水が戻るかは今は分かりません」
 殿下が唇を噛む。
「だから」 
 一拍置いて、言った。
「まず調査が必要です。鉱山に入って、水の『本来の流れ』を追いかけ、『ここを通せば湖に戻る』という地点を、見つけます」
 フィリオ殿下の目が鋭くなる。
「……鉱山に入るのか」 
「はい……」
 口にした瞬間、背筋が少し冷えた。 
 
 怖いのは本当だ。 
 あの洞窟の奥の、崩落の連続。 
 下手をしたら生き埋めになる。
 でも、私は言葉を続ける。
 
「古い鉱山は危険です。調査中の崩落が一番怖い。だから、準備が必要です」
 フィリオ殿下が目を細める。
「どんな準備だ?」
「はい」 
 私は、指を折る。
「一つ。入口付近の安全確保」 
「二つ。安全なルートの構築」 
「三つ。退路の確保。迂回路があるか、途中で分岐できるかを確認する」 
「四つ。調査は短時間で区切る。長居しない」
 
 言いながら、自分でも驚いた。 
 こんなふうに、段取りを口にするのが自然になっている。
 ヴァルデンベルク領の鉱山も、初めは私が指揮を取っていた。
 事故を減らし、生産量を安定させるまで、何度も現場に立った。

 あの四年間は、無駄じゃなかった。
 
 フィリオ殿下が、ふっと笑う。
「……君は、立派な指揮官だな」 
「そんな……」 
 頬が熱くなる。 

「クロード、意見は?」
 クロード様が答えた。
「崩落の可能性があるため、短時間で作業を終わらせる必要がある……人を集めましょう。入口の瓦礫を動かす役。支柱を運ぶ役。見張り。撤退路の確保。分担が必要です」 
「ふむ……」
 フィリオ殿下は少し考えてから言った。

「動員できる限界の護衛を集めよう。騎士団に根回しが必要だな。父上には『調査』と説明し、実績ができるまで、穏便に行動しよう」

 殿下が、机の端を軽く叩いた。
「決まりだな。明朝、鉱山に向かおう」 
 目が、燃えている。
 
「イリス」
 殿下が、真っ直ぐに見た。 
「君に頼る。君の目が必要だ」 
「はい」 
 私は、頷いた。
「最善を尽くします」

 
 ◇◇◇

 
 作戦が決まると、次は現実が残る。
 
 ──今夜、どこで休むか。
 
 王城の客間。 それが普通なのだろう。 
 けれど、国王がまだ信じていない以上、『客』として厚遇されるのは気が引ける。
 
 そして何より、明朝は暗いうちに出る。 
 城の門の開閉で、余計な時間を食うのは避けたい。
 フィリオ殿下が、地図を畳みながら言った。
  
「クロード、イリスはお前の家で世話してくれ」
「……は?」 
 
 クロード様の眉が動いた。 
 珍しい。
 殿下は楽しそうに言う。

「明朝の出発は時間がかかる。二人は先に鉱山に行き、できることをはじめていて欲しい。王城より、クロードの家の方が鉱山に近いだろう」

 クロード様は一瞬、言い返しかけて──やめた。 
 代わりに、短く答える。
「……分かりました」
 
 その声音が、ほんの僅かに柔らかい気がした。
 私は、胸の奥が小さく跳ねるのを感じた。 
 
 クロード様の『実家』に泊まる……
 
 不思議と、緊張よりも──楽しみの方が勝っていた。
 明日は危険な場所に入る。 
 だからこそ、今夜は少しでも息を整えたい。
 
 フィリオ殿下が扉へ向かい、振り返って言った。
「明朝、鉱山で集合だ」 

「「はい」」 
 
 私は、背筋を伸ばした。

 ──最善を尽くす。

 私は、逃げない。
 目を逸らさない。
 この力で、できることをする。 

 そのために。 
 明日、私は鉱山へ踏み込む。
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