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第二章
九話 静かな夜と、剣が結ぶ縁
思わず息を呑むほど、レーヴェン公爵家の屋敷は大きかった。それなのに、驚くほど静かだった。
王都の喧騒から少し離れただけで、空気がまるで違う。
整えられた石畳。
灯りに照らされた回廊。
どこを見ても、手入れが行き届いている。
「お帰りなさいませ、クロード様」
玄関ホールに入ると、使用人たちが一斉に頭を下げた。
「イリス様ですね。お話は伺っております」
にこやかに迎えられ、私は慌てて頭を下げる。
「お世話になります。イリスと申します」
「お疲れでしょう。お部屋でお食事をお取りください。明日は早いと伺っておりますので」
……もう、全部伝わっている。
クロード様が事前に話を通してくれていたのだと分かって、胸の奥が少し温かくなった。
「ありがとうございます」
◇◇◇
案内された客室は、広すぎず、落ち着いた部屋だった。
柔らかな灯り。
清潔なベッド。
小さなテーブル。
しばらくして運ばれてきた食事は、胃に優しいものばかりだった。
温かいスープ。
柔らかいパン。
香草の香る蒸し野菜。
緊張していたはずなのに、気づけば、ほっと息をついていた。
食事を終えると、使用人が穏やかに告げる。
「どうぞ、今夜はゆっくりお休みください」
「はい……ありがとうございます」
ベッドに腰掛け、深く息を吸う。
明日は、鉱山。
失敗は許されない。
そう思うほど、胸がざわついていた。
頭では分かっているのに、目を閉じても眠気が来ない。
『キャメロット?』
クロード様が女性を呼び捨てにした姿が浮かぶ。
頭を振って思考を追い出した。
「……少し、外の空気を吸おう」
私はそっと部屋を出た。
◇◇◇
夜の中庭は、ひんやりとしていた。
月明かりに照らされた庭園。
噴水の水音。
風に揺れる木の葉。
そのとき──
何かが打ち合う音が、かすかに聞こえた。
音のする方へ、そっと歩く。
中庭の奥。
二つの影が、月明かりの下で向かい合っていた。
木剣を構える、二人。
息を呑む。
無駄のない動き。
流れるような足運び。
剣がぶつかるたび、澄んだ音が響く。
まるで──
戦いなのに、ひとつの完成された型のようだった。
(……きれい……)
思わず、見入ってしまう。
片方は、クロード様。
もう片方は──細身で、長い髪をひとつに結んだ女性。
(……誰?)
木剣を交える距離が近い。
息が合っている。
迷いのない動き。
(……親しい、のかな)
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
その瞬間。
「イリス!?」
クロード様の声。
こちらを見た、その刹那。
動きが、変わった。
ガンッ!
重い音。
「きゃっ!」
女性が大きく弾き飛ばされ、地面に転がる。
「……っ」
クロード様が、はっとした顔で駆け寄る。
「すまん、大丈夫か」
「ちょっと! 兄さん、何するのよ!」
……え?
兄さん?
女性が、むっとした顔で起き上がる。
「手加減してたくせに、急に本気出すなんて!」
クロード様は気まずそうに視線を逸らした。
「……見られていると思わなかった」
女性は、私の方を見る。
観察するような視線。
そして、にやり。
「なるほど。……兄さん、やっと女の人連れてきたんだ」
クロード様が咳払いをする。
「……妹だ。キャメロット・レーヴェン」
妹──
胸の奥に溜まっていたものが、すうっと消える。
「あ、あの……イリスです」
「ふーん。兄さんが連れてた人か~」
じっと見られて、頬が熱くなる。
「昼間は災難だったね」
──あ。
「助けていただき、ありがとうございました」
「どういたしまして」
キャメロット様は、ふっと笑った。
「でも、逃げなかったのは偉いわ」
くすっと。
「兄さんより、よっぽど度胸あるかもね」
「キャメロット」
「冗談よ」
そう言いながら、面白そうに口角を上げる。
「もしかして……お義姉様候補?」
どくん。
心臓が跳ねた。
「キャメロット。イリスをからかうな」
女性は吹き出す。
「はいはい。でも、満更でもないようね。二人とも」
思わず顔が熱くなった。
私たちはそんな関係では……
「イリスは客人だ。失礼なことを言うな」
「はあ~」
キャメロット様が私を見た。
「私のことはキャメロットって呼んで。私もイリスちゃんて呼ばせてもらうわ」
「生意気だぞ。彼女の方が歳上だ」
「え?!いくつなの?」
「二十三です」
「兄さんより一歳下か……」
じっと私の顔を見る。
「童顔すぎでしょ」
キャメロットさんは咳払いをし、手を差し出してきた。
「じゃ、イリスさんで」
「キャメロット!」
「いいでしょ。私は彼女が気に入ったの」
二人のやり取りに、思わず小さく笑ってしまった。
本当に仲が良いのね。
クロード様が、私の方を見る。
「……明日は早い。部屋に戻ろう」
そう言って、そっと背中に手を添えた。
その手が、温かい。
守られている──そう感じた。
夜風が、少しだけ優しく感じられた。
その理由が、分かってしまうのが怖かった。
王都の喧騒から少し離れただけで、空気がまるで違う。
整えられた石畳。
灯りに照らされた回廊。
どこを見ても、手入れが行き届いている。
「お帰りなさいませ、クロード様」
玄関ホールに入ると、使用人たちが一斉に頭を下げた。
「イリス様ですね。お話は伺っております」
にこやかに迎えられ、私は慌てて頭を下げる。
「お世話になります。イリスと申します」
「お疲れでしょう。お部屋でお食事をお取りください。明日は早いと伺っておりますので」
……もう、全部伝わっている。
クロード様が事前に話を通してくれていたのだと分かって、胸の奥が少し温かくなった。
「ありがとうございます」
◇◇◇
案内された客室は、広すぎず、落ち着いた部屋だった。
柔らかな灯り。
清潔なベッド。
小さなテーブル。
しばらくして運ばれてきた食事は、胃に優しいものばかりだった。
温かいスープ。
柔らかいパン。
香草の香る蒸し野菜。
緊張していたはずなのに、気づけば、ほっと息をついていた。
食事を終えると、使用人が穏やかに告げる。
「どうぞ、今夜はゆっくりお休みください」
「はい……ありがとうございます」
ベッドに腰掛け、深く息を吸う。
明日は、鉱山。
失敗は許されない。
そう思うほど、胸がざわついていた。
頭では分かっているのに、目を閉じても眠気が来ない。
『キャメロット?』
クロード様が女性を呼び捨てにした姿が浮かぶ。
頭を振って思考を追い出した。
「……少し、外の空気を吸おう」
私はそっと部屋を出た。
◇◇◇
夜の中庭は、ひんやりとしていた。
月明かりに照らされた庭園。
噴水の水音。
風に揺れる木の葉。
そのとき──
何かが打ち合う音が、かすかに聞こえた。
音のする方へ、そっと歩く。
中庭の奥。
二つの影が、月明かりの下で向かい合っていた。
木剣を構える、二人。
息を呑む。
無駄のない動き。
流れるような足運び。
剣がぶつかるたび、澄んだ音が響く。
まるで──
戦いなのに、ひとつの完成された型のようだった。
(……きれい……)
思わず、見入ってしまう。
片方は、クロード様。
もう片方は──細身で、長い髪をひとつに結んだ女性。
(……誰?)
木剣を交える距離が近い。
息が合っている。
迷いのない動き。
(……親しい、のかな)
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
その瞬間。
「イリス!?」
クロード様の声。
こちらを見た、その刹那。
動きが、変わった。
ガンッ!
重い音。
「きゃっ!」
女性が大きく弾き飛ばされ、地面に転がる。
「……っ」
クロード様が、はっとした顔で駆け寄る。
「すまん、大丈夫か」
「ちょっと! 兄さん、何するのよ!」
……え?
兄さん?
女性が、むっとした顔で起き上がる。
「手加減してたくせに、急に本気出すなんて!」
クロード様は気まずそうに視線を逸らした。
「……見られていると思わなかった」
女性は、私の方を見る。
観察するような視線。
そして、にやり。
「なるほど。……兄さん、やっと女の人連れてきたんだ」
クロード様が咳払いをする。
「……妹だ。キャメロット・レーヴェン」
妹──
胸の奥に溜まっていたものが、すうっと消える。
「あ、あの……イリスです」
「ふーん。兄さんが連れてた人か~」
じっと見られて、頬が熱くなる。
「昼間は災難だったね」
──あ。
「助けていただき、ありがとうございました」
「どういたしまして」
キャメロット様は、ふっと笑った。
「でも、逃げなかったのは偉いわ」
くすっと。
「兄さんより、よっぽど度胸あるかもね」
「キャメロット」
「冗談よ」
そう言いながら、面白そうに口角を上げる。
「もしかして……お義姉様候補?」
どくん。
心臓が跳ねた。
「キャメロット。イリスをからかうな」
女性は吹き出す。
「はいはい。でも、満更でもないようね。二人とも」
思わず顔が熱くなった。
私たちはそんな関係では……
「イリスは客人だ。失礼なことを言うな」
「はあ~」
キャメロット様が私を見た。
「私のことはキャメロットって呼んで。私もイリスちゃんて呼ばせてもらうわ」
「生意気だぞ。彼女の方が歳上だ」
「え?!いくつなの?」
「二十三です」
「兄さんより一歳下か……」
じっと私の顔を見る。
「童顔すぎでしょ」
キャメロットさんは咳払いをし、手を差し出してきた。
「じゃ、イリスさんで」
「キャメロット!」
「いいでしょ。私は彼女が気に入ったの」
二人のやり取りに、思わず小さく笑ってしまった。
本当に仲が良いのね。
クロード様が、私の方を見る。
「……明日は早い。部屋に戻ろう」
そう言って、そっと背中に手を添えた。
その手が、温かい。
守られている──そう感じた。
夜風が、少しだけ優しく感じられた。
その理由が、分かってしまうのが怖かった。
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