尽くしてきた婚約者に裏切られたので、婚約を解消しました〜彼が愛に気づいたのは、すべてを失ったあとでした〜

ともどーも

文字の大きさ
50 / 82
第二章

十二話 クロードSide──彼女の笑顔と、彼女に言えないこと

 王の執務室を出た瞬間、張り詰めていた空気が、肺の奥から抜けていく。
 夕方の光が、やけに眩しかった。
 隣を歩くイリスは、何も知らない顔で、ほっとしたように小さく息を吐いた。
「……緊張しましたね」
 そう言って、こちらを見る。
 少しだけ困ったような、でも柔らかい笑顔。 
 思わず見惚れそうになるのを、必死で抑える。
「そうだな。無事に終わって何よりだ」
 平静を装った声。
 イリスは頷きながら、胸元で手をぎゅっと握る。
 
「でも……協力してほしいって言われて、少し嬉しかったです」
「嬉しい?」
「はい。役に立てるなら、頑張りたいなって」
 
 この人は、どうしてこうもまっすぐなのだろう。
 利用されるかもしれない状況でも。
 それでもなお、「誰かの役に立ちたい」と言う。
 
 胸が、少しだけ痛んだ。
「……無理はするな」
「大丈夫です。フィリオ殿下も、クロード様もいますし」 
 何気ない言葉なのに、胸がグッと締め付けられる。
 
 信頼されている。
 ……それが、こんなにも苦しい。


 ◇◇◇

 
 レーヴェン公爵家に戻ると、屋敷は慌ただしかった。
 イリスのためだと一目で分かる。
 
 運び込まれる布地。
 宝石箱。
 仕立て途中のドレス。
 
 使用人たちは皆、忙しそうに動いている。
「すごいですね……」
 イリスが目を丸くする。
「ああ……イリスを歓迎しているんだろう」
「なっ、なんだか、くすぐったいです」
 そう言って照れる彼女を見て、胸の奥がグッと締め付けられた。
 
(……可愛い)
 
 だが、胸の奥に小さな違和感が残る。
 
 ──早すぎる。
 歓迎にしては、あまりにも。


 ◇◇◇

 
 夕食は、家族全員が揃う形になった。
 長兄ガルディオ。
 次兄ゲイル。
 妹キャメロット。
 そして、俺とイリス。
 兄たちは終始穏やかで、丁寧で、親切だった。
 
「遠慮しなくていい。イリス嬢」
「困ったことがあれば、何でも言いなさい」
 
 イリスはその度に、何度も頭を下げる。
「ありがとうございます……」
 
 嬉しそうだ。
 それが、何よりもつらい。
 
 俺だけが、この食卓の裏にある意図を感じ取っている。


 ◇◇◇

 
 食事の後、イリスを客室まで送ることになった。
 並んで歩く廊下。
 イリスは楽しそうに、今日あった出来事を話す。
 
「玉座の間でのフィリオ殿下、ご立派でしたね」
「ああ」
「クロード様は、ずっと私の横に立っていて……守られてる感じがしました」
 足が、止まりそうになる。
「……窮屈にさせていないか?」
「え? いいえ!」
 慌てて首を振る。
「むしろ、安心しました。クロード様が隣にいてくれたので」
 その一言で、心臓が強く跳ねた。
 
 安心。
 その言葉が、胸に突き刺さる。
 
「……そうか」
 本当は、抱き寄せてしまいたかった。
 
 大丈夫だと。
 俺が守ると。
 だが、それをしてしまえば。
 俺はもっと、罪深くなる。

 歩幅が合わず、イリスの指先が俺の手の甲に触れた。
 たったそれだけなのに、息が止まる。
 彼女は気づいていない。
 俺だけが、触れた場所を意識していた。
 まるで、そこだけ熱を持ったみたいに。
 
 客室の前に着く。
「今日はありがとうございました」
「ゆっくり休め」
「はい。おやすみなさい、クロード様」
 扉が閉まる。
 
 その向こうに、彼女がいる。
 それだけで、どうしようもなく大切だと実感してしまう。
 ──だからこそ。
 失う未来が、はっきりと見える。
 それでも、彼女から目を逸らせない。


 ◇◇◇

 
 その夜。
 俺はガルディオ兄さんの執務室を訪れた。
 中には、執務机にガルディオ兄さん。ソファにゲイル兄さんがいた。
 二人とも、真剣な顔だ。

「来たか。……座りなさい」
 ガルディオ兄さんにソファを勧められたが、俺は扉前から動けなかった。
 兄二人は顔を見合わせてから、息を吐き出した。
 
「クロード」
 ガルディオ兄さんが口を開く。
「お前は、イリス嬢をどう思っている?」
 
 答えられなかった。
 沈黙が、すべてを物語る。
 
「上は、イリス嬢の囲い込みに入っている」
 ゲイル兄さんが静かに言う。
「能力が稀有すぎる。他国に渡すわけにはいかない」
 ガルディオ兄さんが続ける。
「立場。年齢。実績。そして彼女からの信頼」
 喉が鳴る。
「総合的に見て──お前しかいない、という結論だ」
  
 頭が、真っ白になる。
 
「だが、クロードに別の想い人がいるなら、第二王子派の誰かに口説かせる案もある」
 ガルディオ兄さんの視線が、まっすぐこちらを射抜く。
 
「好ましく思っているなら、お前が娶れ」
 
 胸の奥が、重く沈む。
 俺は、拳を握りしめた。
 
「……彼女は、物じゃない」
 二人は黙って聞いている。
「命令で手に入れるような形なら、俺は従えない。彼女の意思を、尊重したい」
 
 しばらくの沈黙。
 やがて、ゲイル兄さんが息を吐く。
「鉱山の工事が終わるまで、猶予はある」
 ガルディオ兄さんが言う。
「だが、その間に王太子派の横やりは必ず来る。彼女の意思を尊重したいなら──」
 二人は、逃げ場を塞ぐように言った。
 
「守れ」
 
 その言葉が、重く胸に落ちた。


 ◇◇◇
 
 
 部屋に戻り、ベッドに力なく倒れ込む。
 イリスの笑顔が、何度も浮かぶ。
 
 無邪気で。
 優しくて。
 俺を……信じてくれている。
 
「……俺は」
 小さく呟く。
 
 彼女を守りたい。
 彼女に触れたい。
 彼女に選ばれたい。
 
 そして……何一つ、偽りたくない。
 
 ──だからこそ。
 俺はまだ、何も言えない。

 いつの日か、彼女が俺の気持ちを疑い、離れていく日が来るのが、何より怖いから…… 
感想 289

あなたにおすすめの小説

私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜

恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」 不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。 結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、 「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。 元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。 独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場! 無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。 記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける! ※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。  苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる  物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

夫は私を愛していないそうなので、遠慮なく離婚します。今さら引き止められても遅いです

藤原遊
恋愛
王妃付き護衛騎士である夫に、「お前を愛したことはない」と告げられた。 理由は単純。 愛などなくても、仕事に支障はないからだという。 ──そうですか。 それなら、こちらも遠慮する必要はありませんね。 王妃の機嫌、侍女たちとの関係、贈り物の選定。 夫が「当然のように」こなしていたそれらは、すべて私が整えていたもの。 離婚後、少しずつ歯車は狂い始める。 気づいたときにはもう遅い。 積み上げてきた信用は、静かに崩れていく。 一方で私は、王妃のもとへ。 今さら引き止められても、遅いのです。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。過激ざまぁタグあります。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

〖完結〗では、婚約解消いたしましょう。

藍川みいな
恋愛
三年婚約しているオリバー殿下は、最近別の女性とばかり一緒にいる。 学園で行われる年に一度のダンスパーティーにも、私ではなくセシリー様を誘っていた。まるで二人が婚約者同士のように思える。 そのダンスパーティーで、オリバー殿下は私を責め、婚約を考え直すと言い出した。 それなら、婚約を解消いたしましょう。 そしてすぐに、婚約者に立候補したいという人が現れて……!? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話しです。

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子
恋愛
 貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。  彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。  「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。  登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。   ※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています

「病弱な従妹に思いやりがない」? 婚約者様、それが私に何の関係が?

さんけい
恋愛
婚約者リチャードは、約束のたびに「病弱な従妹エミリーが」と言ってイブリンを後回しにした。最初は思いやりだと信じていた。だが、それが一度や二度ではなく、婚約者としての敬意も誠実さも踏みにじられ続けた末、イブリンはついに婚約の継続を拒む。 ところが、事はただの婚約破棄では終わらなかった。 弱々しく見える従妹エミリーは、どうにも“ただ可哀想なだけの娘”ではない。人によって態度を変え、相手の良心につけ込み、じわじわと人間関係を侵していくその姿に、イブリンの家族は次第に違和感を強めていく。やがてその違和感は、婚約者個人の未熟さだけでなく、相手の家そのものが抱える歪みへとつながっていき――。 家族に守られながら婚約解消へ進むヒロインと、見えているのに見誤り続けた婚約者。 そして“病弱な従妹”の奥に潜んでいたものとは。 婚約破棄から始まる、じわりと不穏で、最後にはきっちり決着する人間ドラマ。 全90回。予約投稿済みです。 6時と17時に更新致します。

お望み通り、別れて差し上げます!

珊瑚
恋愛
「幼なじみと子供が出来たから別れてくれ。」 本当の理解者は幼なじみだったのだと婚約者のリオルから突然婚約破棄を突きつけられたフェリア。彼は自分の家からの支援が無くなれば困るに違いないと思っているようだが……?

あなたの言うことが、すべて正しかったです

Mag_Mel
恋愛
「私に愛されるなどと勘違いしないでもらいたい。なにせ君は……そうだな。在庫処分間近の見切り品、というやつなのだから」  名ばかりの政略結婚の初夜、リディアは夫ナーシェン・トラヴィスにそう言い放たれた。しかも彼が愛しているのは、まだ十一歳の少女。彼女が成人する五年後には離縁するつもりだと、当然のように言い放たれる。  絶望と屈辱の中、病に倒れたことをきっかけにリディアは目を覚ます。放漫経営で傾いたトラヴィス商会の惨状を知り、持ち前の商才で立て直しに挑んだのだ。執事長ベネディクトの力を借りた彼女はやがて商会を支える柱となる。  そして、運命の五年後。  リディアに離縁を突きつけられたナーシェンは――かつて自らが吐いた「見切り品」という言葉に相応しい、哀れな姿となっていた。 *小説家になろうでも投稿中です