ノンフィクション

犀川稔

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60話 恋愛観の絡れ

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 千隼と別れた後バイト先に向かい着替えていると、仲のいいバイト仲間たちが更衣室に入ってきた。
「はざ~す!あれ...今日平日なのに人多くね?予約多いのかな。」
「...ざっす。どうかね、確かに俺も事務所入った時そんな気したわ。」
 新山がそう答えるとバイト仲間の一人が話を聞きながらシフト表を確認した。
 そして、今日の18時~22時と書かれたシフトの上から二重線が引かれている新山を見て口を挟んだ。
「ん?新山くん今日休みじゃない?なんか線引かれてるけど。」
 それを聞いた新山は驚いて彼の見ていたシフト表を受け取り自分の目で確認した。確かに紛れもなく自分のところに修正を入れたであろう線が引かれているを見た時にハッと思い出した。
「あ...そうだ俺今日休みだったわ。なんか前に急遽代理で入った分でどっか休みにするって言われた気する。いつか忘れてたけどマジか、今日だったか。」
「やば、いいなー!俺も帰りてぇ~!!」
 ため息を吐きながらわざわざ着替えたバイト着をまた脱いでいる新山に周りのバイト仲間たちが妬むようにぶつぶつと漏らした。そそくさと着替えを済ませると新山は携帯を手に取って千隼のトーク画面を開いた。しかし打っている途中で手を止め、途中まで打っていた文字を全て消すと携帯を閉じた。
「んじゃこれから大好きな恋人さんとデートっすか!?」
「え?あー...いや。今日は普通に帰るよ。向こうも用事あるだろうし。」
 携帯に目を向ける新山を見て後輩がニヤニヤそう聞くと新山は気まずそうに答えた。
「えー!突然でもいつもはバイト帰りに家に寄ったりなんかコンビニでデザート買って行ってるじゃないっすか!...もしかしてなんかあったんすか?」
 新山の表情に疑念を持った後輩がよそよそしく言ったのに対し新山は笑って「なんにもないよ。」とだけ言い、みんなに別れを告げて店から出ていった。

 時刻はまだ17時50分。全然まだ遊びに行ける時間だし多分千隼に連絡をすれば今日は何も予定がないって言っていたから会うことはできたと思う。
 が、さっきあの感じで終わったのに「バイトじゃなかったから会おう。」は流石にむしが良すぎるしマジで頭おかしいやつだと思われる。今日はまっすぐ帰るのが吉なんだろうな。
 そう考えた新山は帰りがけに駅ナカにある売店で飲み物を買って電車に乗った。
 座席に座ってイヤホンで音楽を聴いているとふと目の前に座るカップルが険悪な雰囲気を醸し出しているのに気付き、新山はそっと音量を下げイヤホンを片耳外した。途中からだったこともあり、あまり最初は内容が入ってこなかったけれど話を聞いていくうちに徐々になんとなく理解ができてきた。
 どうやら、ことの発端は彼氏側にあったらしい。空いた時間はできるだけ連絡を取ったり一緒にいたい彼女とは対照に、彼氏は一日のうちに数時間は自分の時間が欲しいタイプだった。せっかく泊まりで一緒に過ごせると言う時も、彼氏は彼女をしばらくの間放置して友達とオンラインゲームをしていたらしい。それに対して彼女が嫌だと指摘すると、学校で仲のいい友達に彼女の愚痴を漏らしそれが彼女の耳に入ったと言う内容だった。
 正直俺は彼女側に同情してしまった。
 俺の場合、千隼自身にその彼氏のようなに何かに執着するような趣味があるわけではないからそう言った問題が上がらないけれど実際にもしそんなものが出てきたら千隼もその彼氏と同じように俺を放置してそっちにいってしまうんだろうか。
 多分俺は、世に言う”重たい人種“に含まれるの属性だと思う。できれば恋人の予定は把握しておきたいし今何してるか、どこにいるのかそんなことまで気になってしまうような人間だ。
 一方で千隼は普通...いや、鈍感な程にいい意味で干渉しないタイプなのだと思う。何に関しても俺から言い出さないと聞いてくる事もないし関与してくる事だってごく稀だ。だからと言って千隼からの愛情を感じないわけでもなくてちゃんと好きでいてくれているのは理解してる。でもなんと言うか......単にこれは俺の我儘なのは重々承知の上ではあるけれど、俺はもっと求められたいと思っているし自分も相手に求めたい。
 だけどそれを相手に押し付けしまえばそれはただの”強要“だ。俺はそんなことをするつもりはないし、きっと今目の前で彼氏に必死で言葉を選んで話をしているあの彼女もそれを理解した上で頑張って踠こうとしている。そんな感情の奥の奥までは見えてしまい、自分のことのように俺は心が痛くなってしまった。
 話し合う気がないのかため息を漏らしながら先に電車を降りていった彼氏を切なそうに目で追うと、電車のドアが閉まると同時に彼女は目から涙を溢していた。
 分かる。このアテのない感情をどう処理すればいいのかわからず苦しくなり、息が詰まりそうになるその感覚。いつかこの価値観のズレのせいで相手に失望され、大切なものが壊れていく音がすぐ近くまで来ているような気がして更に高鳴る鼓動に追い討ちをかけられる。そんな切迫した自分自身との葛藤でだんだんと歩くことが疲れていき、やがて枯れる。
 そんな終局が待っていると思い焦りを感じるその瞬間がきっと今の彼女の置かれている状況なのだと思う。
 でも今は人のことをどうこう詮索している余裕が俺にはない。俺自身も彼女と同じくもがき足掻いている最中なのだから。

 そんな考え事をいるうちに最寄駅に到着し俺は電車を降りた。
 のらりくらりと家に向かって歩いていた時、自然と俺は足を止めた。まっすぐと家に向かうのならば右に曲がる道を敢えて俺はまっすぐに行った。
 この道の先にあるには千隼の家だった。
 別に呼び出すつもりも会うつもりもない。ただ物理的に自分達は近くにいると言う自己満足を満たすためだけに俺は千隼の家の前まで向かおうとした。
 しかしすぐに俺は自分が下した選択を後悔した。もうすぐ家に着くと言う曲がり角で目にしたのは赤城と一緒に歩く千隼の姿だった。
 楽しそうに笑っていると言うわけではなかったけれど、喉から手が出るほど今一緒にいたいと思っている相手と易々と一緒に過ごせている赤城に俺は嫌悪感を抱いた。そしていつも自分自身と何かある度に頼るその相手と今一緒にいる千隼にも多少なりの違和感を感じ声をかけることなく新山は来た道を戻って家に帰った。

 無言で自室に入り荷物を置くとベットの腰を落とした。
 ずっと我慢し耐えてきた感情が一気に込み上げ、抱きたくなかった気持ちが俺の中に溢れかえった。

 友人への嫌気と妬み。そして恋人への過度な独占欲。

「こんな拗れた感情は出してはいけない。」
 そう悟ったけれどもう冷静な判断などできるはずもなく、酷く冷酷な表情で新山の顔は染まっていた。
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