あの店に彼がいるそうです

片桐瑠衣

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殺す勇気もないくせに

殺す勇気もないくせに08

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 なるほどね。
 類沢は耳の上に電気が走るのを感じた。
「雅さんがこの……」
 液体の入った注射器を持ち上げる。
「薬を打ってくれればいいんです」
 玲の腕の中で瑞希が何かを呻く。
 すぐに口を塞がれたが。
「大事な仲間の、いえ……大事な瑞希の代わりにね」
 篠田が制する前に類沢が前に出る。
「どういう意味?」
「そのままですよ。今の慰みは彼なんでしょ。ああ、わかってます。でもそれは事実ですよね」
「いつから僕にそんな口を効くようになったのかな、聖」
「雅」
 小声の警告。
 わかっている。
 挑発に乗るわけにはいかないことは。
「あと一分差し上げます。一分でこの男の命を貴方が決めてください? もっとも、答えなんて一つですよね」
 瑞希が足で床を蹴る。
「ぅぁあッッ、んんッ」
「黙らせて?」
 聖の一言で玲が腹に拳を入れた。
「あぐっ」
 がくりと瑞希が落ちる。
「お前……」
「下がってて春哉。さっさとその薬よこしなよ」
「雅っ」
 聖が薄く微笑む。
 意味を汲み取り、類沢はポケットに手を突っ込んで歩き出した。
 無言の手招きに答えて。
「いくらお前でも」
「そうだね」
 後ろに置いていかれた篠田が頭を押さえる。
「任せてって約束したでしょ」
 聖から注射器を受け取り、彼は囁いた。
「条件付きでな」
「死なないから大丈夫」
「いくらなんでも、そんな怪しい薬など……」
 篠田は口を閉じた。
 緩慢に向けられた類沢の顔を見て。
 全身がゾワゾワと鳥肌立った。
 蒼い眼に捕らわれ、惹き付けられたかと思えば弾き返される。
 一瞬が随分と長い。
 濃すぎる怒りに言葉すら発せられない。
「大丈夫だから」
 恐ろしい男。
 そんな風に育てた覚えはないのにな。
 背中を見ながら篠田は首を掻く。
「……っくそ」
 歌舞伎町一のチーフでも、止められないホストがいる。
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