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12月
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しおりを挟む10数分後、件の鍋屋にて。
「チカちゃんはさぁ、おネイルとかせぇへんの?」
ソフトドリンクが届いた鍋屋の個室で、乾杯後に知佳の手指を見た千早が尋ねる。
「え、しませんよ…規則がありますから。あと、すぐ剥がれちゃうし…商品の梱包を傷付けちゃったら困るでしょ」
「確かにな」
知佳の仕事はほとんど事務作業だが、朝イチの入荷チェックで荷物の上げ下ろしや注文商品のピッキングもあるためそのあたり気を遣っている。
「箱の破損で弁償なんて嫌ですしー…」
「ほーか……お洒落できひんね、勿体ない…なぁ、そっち座ってええ?」
「え、」
対面式の4人掛けの席だと言うのに千早は知佳の隣へ座り、頬杖をつきながらその艶のある黒髪を摘んで慌てる顔を覗き込む。
「ひひっ」
「ち、近いな…お洒落って、普段もそんなに華美な格好はしないですよ?」
「ギャルちゃうの?」
千早はスマートフォンのカバーに貼られたシールを見せる。
「いや……もう忘れて…」
もちろんそれはワザとで、千早は付き合う前からも知佳のハロウィンのギャル仮装の写真を持ち出しては彼女の照れる顔を見てニヤつくのだ。
「忘れへんよ、一目惚れやから」
「もういいって…」
「なんよ、冷たいー…昨日の晩はあない熱かったのに、なぁチカちゃん、」
「やめて…」
メインの鍋が沸騰し始めてからも千早はデレデレと知佳へちょっかいを出し続ける。店員が覗いたらシャキッとするくせに、そのギャップが可愛らしくもあり憎らしい。
「千早さんは…『釣った魚に餌をやらない』タイプかと勝手に思ってましたけど…違うっぽいですね」
「なんや失礼な…若い時はそんなんもカッコええ思うたけどなぁ…もう30代も半ばやし…相手と尊重し合って…ほれ、…」
「難しい事を言おうとしなくてもいいですよ」
「あーそう…まぁ…ほれ……意識するやんか……結婚も」
少しだけ真面目な顔つきになって、千早が相変わらず貼られている壁の婚活・街コンポスターを見遣る。
そしてすぐに
「いや、そんなすぐにどうこうちゅーわけやないよ、あの、真面目な交際をしていきたい、っちゅう…わかるやろ?」
と訂正した。
「婚活かぁ…」
知佳はこれまでに一度だけ、結婚に関する話題を僅かに匂わせたことがある。それは明石焼きを作っている時、フルネームを変えるには自身が籍を入れて改姓するのが一番手っ取り早い、という内容だった。
「チカちゃんはこんな街コンは行ったらあかんよ?いかがわしいからな」
「行かない…彼氏いるのに…」
「おぅ、なんやもう1回言うて」
「彼氏いるのにコンパは行かない」
「ひひ…」
千早は明らかに照れ笑いをしながら、煮えた肉を鍋から皿へと引き揚げた。
食も進んでそろそろ締めるかという時、千早は次のデートの約束を取り付けるべく知佳の手を取った。
「なぁチカちゃん、また…ドライブせぇへん?」
飾りもしてない指をにぎにぎと触り、頬杖のまま少し上目遣いでお伺いを立てる。
「………休み予定…出すので、ちょっと待って、」
「あぁ、俺のスマホに入ってるよ、」
手を離したくない千早は顔認証でスマートフォンのロックを解除して空いた手でフォトフォルダを開き、商品管理室のシフト表の写しを見せてやった。
「え、なんでうちのシフト表…」
「うん?ストーカーちゃうよ、会える日と会えへん日を把握してんねん」
「ひぃー………言ってくれれば教えるのに」
知佳は一瞬本気で引きつったが、それも自分への好意の表れだと思えば簡単に許せてしまう。
「イブは休みが被ってますね、ここでいいですか?」
「え、そこまで会えへんの?」
クリスマスイブまでにも何日かは休みが重なっている。千早はなるべく多く逢いたいと思っていたので明らかにガッカリ感を漂わせる。
「いや、仕事で会えるし…今日みたいにご飯も行けるし…ココは予定があるし…ココも…」
知佳が1日ずつ彼と逢えない理由を説明すれば、
「なぁ、その予定にアイツの会は入ってへんやろな?」
千早は彼女の手首へ指を添わせて、ぎゅうと握り尋問にかけた。
アイツ、とはお馴染みの松井のことである。
「ん、な、くはない…」
「ぁあ⁉︎おぅ、チカちゃん、俺という男がおりながら、他の男と遊ぶんけ?」
松井会は言葉だけにすると確かにその通りなのだが、二人きりでもないし既婚者も子持ちも参加するし、色恋とは無縁のレクリエーションサークルである。
今回は松井宅でのクリスマスパーティー、予告ではお取り寄せの蟹を頂けると聞いている。知佳は持ち寄りの食事代だけでご馳走を食べられるこのホームパーティーを毎度楽しみにしているのだ。
「千早さんが思ってるような男女の付き合いじゃないから…」
「ふーん…俺よりそっちを優先すんねや、へぇ…」
不愉快、不機嫌、しかし知佳の手首から手は離さず、ずりずりと身体を寄せて圧をかける。
「先約を優先、それだけですよ…もう…近い…ぁ」
肩と髪が触れて、千早がこめかみを知佳の耳の上へ擦り付けると背中の神経がぞわぞわと騒いで腰が引けた。
「チカちゃん、ほな仕事終わりに絶対会おな、メシやのうても…話するだけでも…電話でもええからや…」
犬っころのように鼻先を髪へ挿して機嫌を窺う千早の様子は見た目に反して可愛らしく、しかし知佳の握り拳が緩んだ隙に恋人繋ぎへ移行したのであざとい演技だったのかもしれない。
いずれにしても知佳は簡単に絆され、「わかったから離れて…」と首を縦に振るのであった。
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