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12月
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しおりを挟む千早が知佳へ告白した次の日の夕方。
ほくほくで仕事を終えた千早は商品管理室を覗いたものの、男性スタッフがいるだけで彼女の姿が見えなかった。
「チッ…ついてへんな…」
まぁこれもよくある事、千早は真面目に翌日準備にかかって、順調に済むと飲み物でも買おうかと3階へ上がった。
3階は店舗事務所と商品倉庫、そして配送工事センターの在庫倉庫がワンフロアに広がっている。
事務所前には飲み物の自動販売機が2台あり、外の物よりも少し安く買えるので千早はここを見つけてからはよく利用しているのだ。
「…したら……で……」
「!」
エレベーターから降りるとその自販機の前に知佳と男性スタッフが並んで談笑している姿が見えたので、千早は思わず準備されていた冷蔵庫の箱の影に隠れてしまった。
チラリと覗くと見覚えのある男、それは知佳の先輩で新人時代にお世話になったという松井であった。彼は千早が勝手に恋敵に認定している憎い奴で、知佳の口を簡単に開かせる、彼女と気心の知れた優男である。
「なんや、チカちゃん…こんな所に…」
千早は在庫の影を縫いながら、まるで缶蹴りの缶を狙うように自販機の方へと近づいて行く。
聞こえてくる話はおそらく忘年会の会場の話、鶏だの牛だの金額の事、そして出欠確認をしているようだった。
「まーた笑てるわ…」
歯が見える、と言うよりは歯を見せて笑っている。
こうなれば千早の嫉妬の矛先は知佳へと向かう。
話し終えた松井は事務所へ入り、飲みかけのコーヒー飲料を持ったまま知佳が階段へ向かうので千早は慌てて声をかけた。
「チカちゃん!おつかれ、」
「⁉︎」
あからさまに驚いた様子で知佳は肩をビクンと上げ、振り返るもその目は千早を捉えてはくれない。
「あ、お疲れ様です…」
俯き目を泳がせ、まるで蛇に睨まれたカエルの如く萎縮するので、千早は昨夜の一件は自分だけの夢だったのかと錯覚してしまう程に困惑した。
「あれ…あ、降りるなら俺も付いて行くわ…」
千早は用事も忘れて、また1階へと階段で降りて行く。
チカの手の中の缶はちゃぷちゃぷと音を立てて、黙って降りる知佳と千早の靴音が間に響く。
この気まずさは一体?昨夜は好意を確認し合ってハグもキスもしたというのに。ああまでしておいて勘違いは無いだろう?千早は1階へ降りてもその辺りを斬り込むことができない。
「あ、チカちゃん…ほなね」
商材がエレベーターで降りてきたので二人の時間を切り上げ、千早はしぶしぶ積み込み作業へと移った。
・
仕事部屋へ入った知佳は男性スタッフへ挨拶をし、缶をパソコンの傍へ置いて登録すべき伝票をバサッと台へ置く。
ホールの向こうでチラチラ視界に入る黒い影を気にしながらも、自己ベストに近い速さで伝票を片付けるその口元はニンマリと笑んでいた。
「……ふふ」
昨夜のことは知佳とて、何事も無かったように振る舞うなんてできないほどに血が沸き立ち心奮った出来事であった。
だが気恥ずかしさゆえに彼が帰還してくる時間を見計らって事務所へ逃げてしまい、なのに見つかってしまった。もしや自分を探しに3階まで逢いに来てくれたのか?まさかそんなはずはない、知佳は千早の好意を過信しがちな自分を戒める。
しばらく作業をしていち早くタイムカードを打刻すると、既に事務所へ帰っていった千早からメッセージが届いた。
『メシ行かへん?俺はもうすぐ終わる』
予定はない、お腹も空いた、相手は自分の彼氏。
断る理由は無いがどうも躊躇われる、返事を打ちあぐねていると彼から電話着信が入る。悩む間もなく画面上を迷子になっていた指が受話ボタンをタップしてしまい、千早へと繋がってしまった。
「うわ…もしもし?」
『なんやの、その反応……読んだ?メシ行かへんか?』
知佳の動揺はしっかりと伝わっていた、荷物を片付けて事務所へ上がりながら通話を始める。
「いえ…びっくりしちゃって…へへ…」
『ん…どうする?用事あった?今度にするか?』
「行きます、お腹減りました…」
『ほーか…良かった』
電話の向こうの千早もそれなりに緊張しているのだろうか、質問数が多くて知佳の回答数とテンポが合わない。
しかし普段通りの彼女の声に千早は安心した…拒絶されているわけではなさそうだ。
『ほな、この前の鍋屋でええ?直接行ける?』
「わかりました……向かいますね」
淡路島ドライブの約束をした時のあの鍋屋、思えばあの日から二人の間柄は急速に発展していったのだ。
知佳は電話を切って事務所で着替え、簡単に化粧崩れだけを直して追加することもなく店を後にした。
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