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しおりを挟むさて茉莉花がここまで嫌悪感を露わにするのは稀なことなので、俺も慎重に聞き出してみた。
「それは雰囲気が?」
「うん…馴れ馴れしい、私以外のスタッフが空いてても私の対応が終わるまで待ってるの。正直ね、その人、買い物は小物しかしないの。ブラシとかチップとか…額じゃないんだよ、でも、でも…1時間その人に拘束されて売上げ480円とか…上からの目もあるしさ…」
「まぁな、営業だからな。気持ちは分かるわ…ボランティアじゃないし…そいつ、ガールズバー感覚で茉莉花に会いに来てんのかな」
「あー…それが近いかも。烏滸がましいけど私の感覚としては」
触れないしトークして金を落とすだけ、それでもその客は茉莉花を推して執着しているのだろう。
疚しい気持ちがあるのか、孤独を癒すためか。
それとも単にネジの外れた空気の読めない奴なのか。
「困ったな」
「来ないでなんて言えないしね、少額とはいえ買い物してくれてる訳だし」
「様子見で良さそう?」
「同僚には相談してるから…やり過ごすよ」
気の無い素振りをしていれば、客もいずれ察して来なくなるだろう。
まぁ俺はデパートよりも客層の下がる量販店勤めだから、そいつよりタチが悪い客への遭遇率は茉莉花よりぐっと高いし…なんなら慣れて悟ってさえいる。
世の中には癖のある人も多くて、幼児番組のお手本みたいな優しい世界ばかり見て生きてはいられない。
茉莉花は箱入りだしそれほど過酷な場面には出会したことは無いだろうから、その戸惑いも分かる。
世間では正義とか綺麗なことばかりがもてはやされてはいるが、ちょっと路地裏に入れば理不尽とか暴力とか汚ない事がわんさかだ。
ダーティーな仕事、悲惨な境遇、話の通じない人間の怖さみたいなものも溢れている。
無理に探索する必要は無いけれど、大人として知っておいても悪くないかなとも思った。
「…じゃあ対抗策じゃないけどさ、お守り…茉莉花、しばらく仕事用のパンツじゃなくて、特別なやつ着けて行きなよ」
「え、セクシーなやつ?」
「機能は重視して、でもブラはセクシーなやつとか。俺に守られてると思ってさ、心強いでしょ」
真面目な茉莉花もネジを飛ばせば変な客に対抗できるのではなんて気休めだったのだが、予想外に彼女は乗り気になる。
「そう…だね、そうする!」
「(ありゃ)」
そんな訳で、茉莉花は今日も職場にお気に入りのランジェリーを着けて出勤しているのだった。
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