清純派彼女には秘密なんて無い、よね?

茜琉ぴーたん

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 遡ること数日前。
「最近ね、男性のお客さまもいらっしゃるんだよ」
茉莉花はそう言って就寝前のスキンケアをこなしていた。
 なるほど化粧は女性だけのものではないものな。しかしわざわざデパートのカウンターを訪れるなんて本格派の男もいるもんだなとその時は軽く考えていた。

 さらに数日後。茉莉花は小さな包みを持って帰った。
「何これ?」
「…お客様から頂いたの。そらくん、開けてみて」
「俺が?良いの?………お、マカロンだ」
「有名なとこのやつだ…」
 2つ入りのマカロンはピンクと水色で可愛らしく、いかにも茉莉花が飛びつきそうなのに触りもしない。
 甘いものや流行りのスイーツなんかは好きなはずなのに反応が薄くて、とはいえ俺もマカロンの食感が苦手なので手を付けず。
 結局消費期限の2日を過ぎてしまい捨てざるを得なくなった。
 外装を剥いて生ゴミにマカロンを落とす茉莉花は腹の底から大きなため息を吐いて、悲痛そうに顔をしかめるので只事ではないと感じた。
「茉莉花、マカロン捨てたの?」
「…あの…ちょっと不審というか…マカロンに罪は無いんだけど…心苦しいんだけど…ごめんなさい」
「いや、俺は食べないし茉莉花が貰ったもんだから好きにすれば良いけど」
「うん…」
 食べ物を粗末にできず、かといって食べることも躊躇ためらわれて処分せざるを得ないところまで待ったのだろう。罪悪感に押し潰されそうな茉莉花はこれまでに一番の渋い表情をしていた。
 俺に見えないようこっそり捨てることもできたろうに、それをしなかったのにも理由があるのではと思い聞いてみることにした。
「何かあるなら話してみ?」
「…これね、男性のお客さまから貰ったんだけど…あ、あの浮気とかじゃなくて」
「うん、化粧する男も増えたって言ってたもんな」
「そう、なんだけど…何か距離感が近いというか…自意識過剰かもしれないんだけどね、何か気味が悪くって」
 どうやらマカロンは「お世話になってるから」と男性客から渡されたらしい。差し入れ自体はそう悪いことではないから受け取ったものの、茉莉花はどうにも口を付けて腹に入れるのが怖くて今回のようなことになってしまったそうだ。
「珍しいね、茉莉花が人のこと嫌がるの」
「見た目とかじゃないんだよ、何か…ロックオンされたっていうのか…き、気持ち悪いの…」
 俺も客商売だから分からんでもない、他人との距離感がバグっている人はたまにいるものだ。本当に気が合って友人になれることもあるかもしれないが、こちらはあくまで仕事モードで対応しているので到達点はせいぜい『ご贔屓ひいきさん』てなものだろう。
 さて茉莉花がここまで嫌悪感を露わにするのは稀なことなので、俺も慎重に聞き出してみた。
「それは雰囲気が?」
「うん…馴れ馴れしい、私以外のスタッフが空いてても私の対応が終わるまで待ってるの。正直ね、その人、買い物は小物しかしないの。ブラシとかチップとか…額じゃないんだよ、でも、でも…1時間その人に拘束されて売上げ480円とか…上からの目もあるしさ…」
「まぁな、営業だからな。気持ちは分かるわ…ボランティアじゃないし…そいつ、ガールズバー感覚で茉莉花に会いに来てんのかな」
「あー…それが近いかも。烏滸おこがましいけど私の感覚としては」
 触れないしトークして金を落とすだけ、それでもその客は茉莉花を推して執着しているのだろう。
 やましい気持ちがあるのか、孤独を癒すためか。それとも単にネジの外れた空気の読めない奴なのか。
「困ったな」
「来ないでなんて言えないしね、少額とはいえ買い物してくれてる訳だし」
「様子見で良さそう?」
「同僚には相談してるから…やり過ごすよ」
 気の無い素振りをしていれば、客もいずれ察して来なくなるだろう。
 まぁ俺はデパートよりも客層の下がる量販店勤めだから、そいつよりタチが悪い客への遭遇率は茉莉花よりぐっと高いし…なんなら慣れて悟ってさえいる。世の中には癖のある人も多くて、幼児番組のお手本みたいな優しい世界ばかり見て生きてはいられない。
 茉莉花は箱入りだしそれほど過酷な場面には出会でくわしたことは無いだろうから、その戸惑いも分かる。
 世間では正義とか綺麗なことばかりがもてはやされてはいるが、ちょっと路地裏に入れば理不尽とか暴力とか汚ない事がわんさかだ。ダーティーな仕事、悲惨な境遇、話の通じない人間の怖さみたいなものも溢れている。無理に探索する必要は無いけれど、大人として知っておいても悪くないかなとも思った。

「…じゃあ対抗策じゃないけどさ、お守り…茉莉花、しばらく仕事用のパンツじゃなくて、特別なやつ着けて行きなよ」
「え、セクシーなやつ?」
「機能は重視して、でもブラはセクシーなやつとか。俺に守られてると思ってさ、心強いでしょ」
 真面目な茉莉花もネジを飛ばせば変な客に対抗できるのではなんて気休めだったのだが、予想外に彼女は乗り気になる。
「そう…だね、そうする!」
「(ありゃ)」

 そんな訳で、茉莉花は今日も職場にお気に入りのランジェリーを着けて出勤しているのだった。
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