4 / 10
2
4
しおりを挟む私鉄から地元沿線への乗り換えをして電車で揺られること5分。さっさと僕の最寄駅に着いてしまった。
ここらで一番の街だし当初の予定通り駅前のファミレスにしようとホームを出る。
「そこのファミレスでも良いですか?安いですけど」
「構わないわよ、あと割り勘だから」
「そうですか」
奢らせて欲しいなんて問答はするだけ無駄だ。どうしたって僕は先輩を説き伏せることは出来ないだろうし、出来たところできっとこの人はお札を押し付けてでも割り勘にしてしまう。
まだ割り切った関係でいたいのかな、そう思うことにしてビルの地下のファミリーレストランチェーンへと入った。
それぞれに注文してメニューを閉じドリンクバーで飲み物を取って、巴先輩は唐突に
「実はね、悠希斗くんに黙ってたことがあるの」
と真剣な顔で切り出した。
何だろうとんでもない爆弾を持ってたのかな、僕はコーラの気泡で咽せそうになるのを我慢しつつコクコク頷く。
「高校の…1年生の時にね、初めて彼氏ができたの」
「え」
「向こうから告白されて、私は恋愛感情がよく分からなかったものだから、ドキドキもしなかった。でもこの人は自分のことを好いてくれていると言うし、何か…新しいものが見えるのかと思ってOKしたの」
「はい…」
それは僕と交際を始めたのとほぼ同じような経緯じゃないか。動機は違えどどこか他人事な感じがよく似通っている。
でも先輩は経験は無いと言っていたはずだ。そこが嘘で実は非処女だったのか…別に僕はそこにこだわりは無いのだが。
しかし先輩はポーカーフェイスで隠し誤魔化しは上手だけど意図して騙したりはしない人なはず、そういえば「セックス経験が無い」という文脈での内容だった気もする。となれば正確には僕は初彼氏ではなく2代目、何だろうそこにこだわりは無いのだがモヤモヤと悔しさが湧き上がる。
「とはいえ一緒に帰るくらいで何もしなかったんだけど、春休みに入る前、校舎裏の梅の木の下で…初めてキスをされたの」
「あ、じゃあキスは」
「経験済みよ…これはドキドキしたわ。他人とあぁまで顔が近付くなんて緊張するし、体臭も気になったわ」
「そこはどうでも良いじゃないですか……そうですか、僕は初めてではなかったと」
彼女は僕を"初めての彼氏"として釣った訳じゃないからそこを責めることはできない。しかしキス経験があるなら僕とのそれにあぁまでドキドキすることも無かったのだろうと…僕は彼女のあの可愛らしいリアクションを嘘だと疑わねばならないのが辛かった。
初めてのキスが梅の木の下で、もちろんそれ以降もちゅっちゅちゅっちゅしたんだろう。いずれ舌だって入れただろう、がっぷり唾液が垂れるまで喰み合ったんだろう。セックスは未満でも挿入間近まで済ませたんじゃないの、妄想が捗って仕方ない。
そりゃ美人だから周りが放っとかないさ、僕と駅のホームで軽いキスを交わしたくらいであんな反応をするはずないわな。やさぐれているとさすがの速さで料理が届く。
「…頂きます。……別に、悠希斗くんとのキスのドキドキが嘘だって言いたい訳じゃないわ。あたかも悠希斗くんが初彼氏みたいな振る舞いに見せてしまったことを今さらだけどお詫びしたかったの」
「キスは慣れてた訳ですね」
「いいえ、1回だけ、それっきりよ」
「…でもその人とデートくらいしたでしょう?」
「それもいいえ。学校の行き帰りに会うくらいね。半年付き合ってやっとのキスよ」
「お誘いくらいあったでしょう?断ってたんですか?」
「放課後も土日も部活が忙しい人だったのよ。だから移動教室ですれ違った時に手を振るとか、テスト期間で部活が休みの時に登下校を共にするとか…正味月に数時間しか一緒に居なかったわね」
「なんかお相手が不憫だなぁ」
部活に熱心な校風だったのだろう。確かにそんな学生生活の子もいて不思議はない。
しかし甘酸っぱいというか若々しい恋愛だったのだな、そんなに忙しいのに何故わざわざ彼女を作ったのかその彼に尋ねてみたいものだ。
ちなみに僕は同じ頃初めての彼女が出来たが照れと気まずさから接する機会が減り自然消滅した。これに関しては自分でもよく分からない、もしかしたら夢だったのかなと友達に愚痴ったものだ。
「それも理解してると思ったんだけどね…まぁそれでキスして…春休みに入って、地元のショッピングモールのフードコート、たまたま友人と出掛けてたらそこに彼が部活の仲間たちと遊びに来てたの。挨拶しないのも変なのかと思って近付いたらね、どうやら恋バナをしてたみたいで…仕切りを隔てて隣の席で隠れて聞き耳を立てたら…彼は私のことを笑ってたの」
突如デミグラスの掛かった玉子の頂点に不作法にスプーンを突き刺して、先輩の顔から笑顔が消えた。
「…笑ってた?」
「えぇ。『半年付き合ってキスだけ、それで西御門さんは顔を真っ赤にして…』って。それぞれのメンバーの野次は言葉にしにくいんだけど、嘲笑よ、要はそんな事で照れた私を皆で囃して詰っていたの。私からしたら初めてのキスだったんだもの、照れて当たり前だと…そう思ったけど彼らからしたら違ったみたい。自分で言うのも変だけどね、『より良い女子を彼女にする』っていうのが彼らの中でステータスになってたみたいね。誰がいち早くセックスまで進むかゲームしてたみたいよ、他の子に悔しそうに『俺、やっとキスだぜ』って報告してた。盗み聞きした少しの時間でもそういったことが読み取れたわ、他校に彼女がいるみたいなことも分かったし…彼らのマネージャーともデキてるような、そんなことも文脈から分かった。私はお飾りの彼女で、彼の言葉を借りれば高嶺の花で、そんな私を恋人にした彼は男子の中では一目置かれる存在で……馬鹿馬鹿しくって…でも涙が止まらなかった」
「……」
「友人に宥められながら帰って、その子が人に話してあっという間に噂が広まって、彼らの部室にも先生の取り調べが入ったみたい。不必要なマットとか毛布とかエッチな本、あとタバコとかね、色々見つかって丸ごと謹慎、部活動停止よ」
「それはそれは」
絵に描いたようなスッキリ展開。しかし傷を負った先輩はちっとも気が晴れなかったことだろう。好意を伝えられれば少なからず贔屓目に見たり情が湧いたりするものだ。
最初こそフラットでもキスを済ませた巴先輩はその彼氏のことを号泣するくらいには好きになっていたということだ。時間が愛を育むことだってある、何も無い所から想いが生まれることだってあろう。
「彼は謹慎明けに私の機嫌を窺うようにコンタクトを取って来たわ。学内と親からの信用を失ってせめて私の彼氏というポジションだけは死守しようとしたんでしょうね、滑稽だった」
「それでどうしたんですか?」
「もちろん振ったわよ。でも当たり障り無くね」
「巴先輩ならビシッと言いそうなのに」
「私もそこまで強くないもの。キスさせたことを弱みだと思われたくなくてね…そしてその辺りから、自分が周りからどう見えてるとか男性がどう思ってるかとか自覚し始めたの。私、自分は飄々と生きてるつもりだったの。難攻不落だなんて…冗談も言うしジョークも分かるつもりよ。ツンツンしてるつもりは無いのよ、そんなに賢くもないし…でもそのイメージを守ってた方が心は平和なのかなって…そんなこんなでまだ処女よ」
「い、言わなくて良いですって…」
分かっていたけど断言が出た。
僕はもう先輩がクソ真面目なだけの人だとは思っていないけど多くの者はそのように見ていることだろう。先輩は手堅い組織への就職を決めているが選考する人事担当も彼女の雰囲気をだいぶん買ったのではないかな、浮ついてなくて良い仕事をしそうだし。
「大学に入ってからは平和ね。色んな人がいて多様性があって、世界が広がったわ。何でもかんでも異性関係とか恋愛に繋げて考える人が少なくなったように思うわ、この自由度が私は好きね」
「確かに。知的レベルがほぼ同等ですからね、気も合うし寛容だと思います」
「悠希斗くんにも出逢えたし…信じられないでしょうけど、あの告白は結構勇気を出したのよ?」
先輩は上目遣いで僕をチラと見て、適温を過ぎたオムライスをはむはむと片付け始める。
あの変態まがいのお願いはごく自然に繰り出されたと思っていたがそうでもないらしい。なら無理をしてキャラを作っていたのだろうか。
「じゃあ棒を見たいっていうのは」
と期待を込めれば
「あ、それは本心よ」
と魅惑のウインクをくれた。
「…真面目一辺倒な人なんていませんよね」
「そうよ、言うなれば私はムッツリってやつね。棒を見たいという気持ちは不純ではないんだけど」
「不純ですよー」
「…今日はね、ホテルに行くことで悠希斗くんへのお礼にしようと思ってたの。長引かせるのもいけないなって思って…ごめんなさいね、急に大胆さを見せちゃって」
「…まぁ慣れそうですけど…その…今度、見せてあげますから」
「ありがとう」
「どういたしまして」
僕らはさくさくと夕食を平らげて、巴先輩が固辞するものだからホームで見送るだけに留めてそれぞれ帰路に着いた。
次のデートで見せてあげようか、それともクリスマスに合わせた方が良いのか。果たしてロマンチックに針が振れるかおふざけモードのままぐだぐだになるのか。
今日の1日で僕はなかなかに巴先輩のことが好きになっている。元々がほんのりとした恋心だったのだからそれが濃くなるのは順当だろう。
先輩も同じくらい僕への好意が高まって来ているのだろうか、キスでの照れ方を見るに期待して良いのだろうか。
「……ふむ」
僕は遅ればせながらインターネットの戸を叩き、男性の下の毛の整え方ハウツーを深く読み込んで準備に取り掛かるのだった。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる