こちらの異世界、私には合わないから帰りたいんですが。

茜琉ぴーたん

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 それまで何をしていたかは分からない、夢から覚めたような感覚で視界がはっきりくっきりしていく。
 どうやら私は寝転んでおり、数人の大人に覗き込まれていた。
「……?」
「貴女、そんな所で寝たの?どうしたの?立てる?」
カーリーヘアのご婦人が矢継ぎ早に質問を投げ掛ける。
 見たことの無い方で、西洋人風だけど日本語を話していて変な感覚だ。洋画の吹き替えを観ている気分に似ている。
「こんな所で夜を明かすなんてまともじゃねぇぞ?おい、変なもんでも食ったんじゃないか?話せるか?」
こちらも西洋人風だけど日本語を話す男性が、しゃがみ込んで私に尋ねる。
 時間帯は朝なのか、小鳥の囀りが聞こえるし「これから仕事だ」とか「おはよう」といったやり取りがされている。牛乳売りが荷車を引いている、バゲットを持ち帰る客の姿が見える。空気の質感だとか朝露の匂い、総合的に朝だと思った。
「…えっと…」
「話せるのか、見ねぇ顔だがどこの者だ?」
「前橋ですけど…」
「マエバシ?どこだ、そりゃ」
 荒っぽい喋り方だけど標準語だから関東圏の方だと思ったのだが、群馬県の県庁所在地をご存知でないらしい。
 この人は外国から帰化でもして日本に馴染まれているのかな、だとしたら知らなくても不思議は無いのか。
「どこって、群馬の…すみません、ここはどこでしょうか」
 私は前橋市在住のはずで、この人がそれを知らないのだとしたらここは前橋ではないということで…現在地が知りたくて、こちらから質問をした。
「グンマ?知らねぇなぁ…聞いたことあるか?」
「いいやぁ…頭打って、おかしくなっちまったんじゃないかい?」
 酷い言われようだ、ここがどこかも答えてくれないし。
 群馬県を知らないなんてあるのか、遠く離れていて馴染みが無く、かつ教養を受けていなければあり得るのか。何らかの事情で教育を受ける機会を与えられなかったのかもしれない、こちらからは詮索しないでおく。
「…そうかもしれませんね…よいしょ、っと……」
教えてくれないならどこなのか自分で調べようと、身体を起こす。
「ん?」
腕に妙な引き攣りを感じたが、何も絡んではないようだ。

 まぁ良いかと左右に首を振ってみたが、そこは私の住む地域ではないようだった。
「…ここは…?」
 学生時代に嗜んだRPGゲームに登場する雰囲気の建物、看板、商店。ヨーロッパ風なのか牧歌的とでも表すのか、柔らかい茶系の色調の壁や屋根。
 私が寝ていた床はテラコッタ色のレンガが敷き詰められており、どうやらここは街の中心の商店街のようだ。わらわらと、人が出入りしている。

「おねぇちゃん、大丈夫?」
幼い少年が、私に手を貸してくれる。
 小さな人だかりが珍しかったのだろう。
「あ、ありがとう」
「どこから来たの?ここは×××の村だよ」
「ん?どこって?」
「×××、だよ。⁂⁂⁂⁂様のお膝元さ。おねぇちゃんはどこから?」
 少年の発音が悪いのではない、地名やおそらく地主か首長だろう人の名前が聞き取れない。ノイズが入ったように音が割れて、耳から脳に達するまでに霧散するが如く理解に及ばない。
「…わ、私は…どこ…から…」
 どこからか、私はここに住んでいたのではなかったか。数秒前に出身地を告げた記憶はあるのに、地名が思い出せない。
 自身の部屋、駅前の風景、勤め先のフロア…ストロボのように断片的に頭に浮かぶのに、ふいと消えて行く。ぼろぼろと、古い壁画が崩れるように失われていく。
 健忘症だろうか、だって言葉は話せるし文法も忘れてはいない。年上らしき人には丁寧語を使うモラルも忘れてはいない、けれど自分のことが思い出せない。

 少年の手を借りて立ち上がればクラっと頭が揺れる、長いこと横になっていたせいか。
 履き慣れない靴なのだろう、しっくり来ないし固くてサイズも合っていない気がする。普段から履いてはいない、もしくはこんな質の靴は履いたことが無い…初めて履く感覚、新鮮だった。
「……知らない、所だな…」
 改めて立って見渡すと、その街並みに馴染みは無いように思う。私は日本人であるという自覚はあるが、行き交う人も建物も日本のものとは違う。
 西洋風に建てたテーマパークの中のよう、人々は荒めの布で仕立てた厚い生地の服を着ていた。切りっぱなしの襟首のカットソーとズボン、婦人はフレアスカートにワンピース風のエプロン。頭にはふわっと三角巾、顎の下で角を結ぶのがスタンダードスタイルのようだ。長閑で穏やかでモフモフの大型犬と戯れていそうな、酪農を主として自給自足していそうな…童話をモチーフにしたアニメのような、懐かしげな感じだ。
 かく言う私も同じような服を着ており、見た目には案外馴染んでいるようだった。
 けれどゴワつきはあるし靴は合ってないしで、いつから着ているのかも分からない。自分の服なのか、自分で着たのか、定かでない。

「私…どこにいたのか思い出せなくて…さっき、どこって言いましたっけ?」
 先ほどの男性に尋ねるも、
「知らねぇ単語だから忘れちまったよ」
と一蹴されてしまう。
「2カ所くらい言ったと思うんです、村か…国、か…の、何かの…名前…」
「だから知らねぇよ、おい、仕事に戻ろうぜ」
「変な奴がいたもんだな」
「あんたたち、関わるんじゃないよ」
 群がっていた人々は私を変人扱いして、サアッと引き上げて行く。
 私に手を貸してくれた少年も、母親に連れられて去って行った。

「(私はこの場所とは違う所に居た、でも思い出せない。言葉は通じる、一般常識も通じるっぽい…?)」
 西洋風の世界、しかしそうでもない。私は以前のことが分からなくなっているが、日本人としてのアイデンティティと価値観は捨ててないみたいだ。
「(そう、日本、日本…思い出した、でも、自信が無い…)」
 街の中に独り佇み、村人たちの様子を観察してみる。パン屋、日用品屋、乳製品屋、宿屋、運び屋…店はほぼ何かに特化した店舗形態のようだ。スーパーマーケットのような、総合的に物品を扱う店は無いらしい。
「(古典的、中世の世界…絵本の中のような、変に平面的で薄っぺらい…って言ったら怒られるかな)」
 おそらくだがこれは転生ものというやつなのでは。元の世界の私が何らかの事態に陥って、ここに転生してしまったのではないか。もしくは死後の世界とか、そういうのもあるか。
 でも天使も悪魔も居ないし、人々は優しいと言えるほど私を助けてはくれない。さっぱりとした桃源郷の姿なのか、それとも第二の人生か。

 牛が荷車を引いて広場を抜けて行く、それぞれに皆が仕事を持って働いているらしい。
「(…私も、働かなきゃ生きていけないな…)」
 転生ならば、しっかり生き抜かねばならない。悲観して自死を選べるほど強くないし、成り上がるようなスキルも備えていない。
 いち市民として、命が尽きるまで普通の生活をしてやろうじゃないか。
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