こちらの異世界、私には合わないから帰りたいんですが。

茜琉ぴーたん

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10(最終話)

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「……ちゃん、小夜ちゃん…」
 身体が熱い、所々が痛んで動けない。
 腕に引き攣りを感じる、等間隔でデジタル音が鳴っている。うちの目覚ましアラームの音とは違う、丈治くんが設定を変えたのだろうか。

「小夜ちゃん、目を覚まして、お願い…」
「………起きてるよぉ…」
「……うわぁっ‼︎」
 むにゃっと返事した私に驚いたのはベッド脇の丈治くんで、彼は慌てて壁際の何かを触って
「お、起きました!目を覚ましました!」
と叫んだ。
「……丈治くん…?」
「小夜ちゃん、よく帰って来てくれたね、頑張ったね、」
「うん…?」
 まだ夢の話をしてないのにおかしいな、涙でぐずぐずの強面こわもて夫は私の手を握り締める。彫りが深くて日本人離れした顔立ち、中肉中背でアンバランスで…迫力はあるけど優しい自慢の夫だ。
 握られた腕には点滴の管が刺さっており、夢で感じた引き攣りはこれだったのかと合点がいった。
 掛け布団から出た管はカテーテルというやつか、尿を排出してくれているようだ。もしかして侯爵さまに先端を入れられた気持ち悪さはこれの影響かな、尿道と膣は違うけども。

 辺りを見渡しているとパタパタと複数の足音が廊下を駆けて来る、看護師さんとお医者さんだ。
「ご自分のお名前分かりますかー?」
光本みつもと、小夜、です…」
「生年月日は?」
「えっと…」
 お医者さんから忙しなく質疑応答が続き、自分はそこまで心配される病状なのだと悟る。あちこち痛むのもそのせいだろう、おそらく外傷だと思う。
「(お医者さん、めっちゃマッチョ……どこかで…侯爵さま…侯…爵…?)」
 それからストレッチャーに寝かされたまま検査に行って、色んな天井を見た。市民病院だろうか、広くて人の往来が多い。
 言葉の出方だとか記憶の引き出し方だとかを調べてから病室へ戻った。


「小夜ちゃん、良かった…」
病室では丈治くんが待ってくれており、看護師さんが点滴を取り替えたりする間も私の手をスリスリモミモミして離さない。
 「何かあればすぐに呼んで」と看護師さんが退室し、部屋には私と丈治くんだけになった。
「…丈治くん、目の下、クマが凄い」
「…寝てないんだ、小夜ちゃんが事故に遭ってから…」
 丈治くんによると、私は出勤途中に車に撥ねられたらしい。容疑者は夜通し呑んで酩酊状態のまま車を運転し、横断歩道に突っ込んだそうだ。
 私は頭と腰を強く打ち意識不明になり、救急搬送され…数日間は目を覚まさなかったようだ。
 腰骨の骨折と全身打撲、頭からも出血している。生命の危機は脱したので集中治療室からは出て、しかし緊急性の高い患者用の個室に寝かされていたみたいだ。
「…確かに、ぼんやり…車の音と周りの悲鳴が…聞こえてたような」
「無理に思い出さなくて良いよ。運転してた人は捕まったし…警察には意識が戻ったら連絡するよう言われてるから伝えるけど…目撃者もいたし防犯カメラにも押さえられてるから証拠は充分取れてる」
「そっか…」

 異世界は異世界だったのかな、あの世という異世界。三途の川を渡るまでの猶予期間を、私はウロウロと彷徨っていたのだろう。もしかしてあの辺境から国を跨いだら…今頃亡くなっていたりして。
「私ね、夢を見てたの…昔プレイしたゲームみたいな世界観の、ワールドで目が覚めて…」
「うん、」
 私はぽつぽつと体験したことを話し、丈治くんは相槌を打って聞いてくれた。所々がもう記憶に無く、支離滅裂に拍車が掛かってしまったが仕方ない。
「…それで、丈治くんそっくりの貴族が出て来て…お医者さんみたいな大っきい体の貴族、魔女扱いされちゃって…襲われてね、ベッドで裸にされちゃって」
「許せないな、俺に似てるとはいえ」
「…ちょっとだけ、エッチしちゃった…」
「寝取られとかけしからん、怪我が完治したら返してもらうよ」
「…抵抗してたらね、丈治くんの声が聞こえたの…戻って来て、って…それで夢から逃げ出すことが出来たの…ありがとう」

 手術後の麻酔から覚める時や、意識が曖昧な時には「ご家族が声を掛けてあげて下さい」なんて言われるものだが…その効果をまざまざと見せつけられた気分だ。
 あの天の声が無ければされるがままに抱かれていたし、夢の中の展開に合わせて意識も遠のいて…寝たきりになっていたかもしれない。
「…まだ新婚なんだよ、死なれたら寂しいじゃんか…」
「うん、丈治くんが名前を呼んでくれて、引き戻してくれたから…帰って来れた……ありがとう、愛してる」
「…俺だって愛してる、小夜ちゃん…」

 いまだ、私の心拍に合わせて生体情報モニターの音は鳴っている。丈治くんはこの音が遅くなったり途切れたりする度に跳ね起きて、私に縋り揺らしたりしてくれていたそうだ。
 そして後で照合して分かったことだが、私が数日暮らしたあの世界は丈治くんが読んでいる小説の設定に酷似していた。顔に似合わず愛読している、ハピエン必至のライトノベルだ。
 中世ぽい村に転生して辺境貴族へ嫁いでハッピー、それだけのストーリーだが途中に"ざまぁ"があったり"スカッと"があったりするテンプレみたいなやつだ。
 気分転換にサクサク読めるので気に入っているそうで、丈治くんは私の容態が落ち着いている時にその本を隣で読んで、いや読み聞かせをしてくれていたらしい。お医者さんから「積極的に話し掛けてあげて」と言われ励んでいたが、ネタが尽きたためにそうしたのだと言う。
 時代錯誤な村、真面目な役人、冷徹な侯爵さま…は本の通りなようだ。それに影響された世界を私は改変しながらうろうろと冒険していたという訳だ。
 私の冒険はお前のせいかい、と言いたいが、そこそこ安全でリアル寄りの話で助かった。戦闘ものや復讐ものだったらもっと大変な世界だったかもしれないし。
 ちなみに夢の中での時間経過は、本に準拠していたみたいだ。『それから時は過ぎ』で時間をジャンプしていた可能性が高い。
 麻酔の効果もあったのだろう、変にリアルでおかしな世界だった。意識の調子によって夢の中でも窮地に立たされたり好転したり、丈治くんの音読にも左右されていたと思う。


 それから私は一般病棟の大部屋に移り寝ながらのリハビリを開始、しかし入院は4ヶ月に及んだ。
 退院後もリハビリに通い、自宅でリモートで復職している。そういえば新卒で入社した会社では「女はお茶汲み」なんて時代錯誤なことを言われたっけ、最近どこかで聞いた気がするから思い出してしまった。
 ともあれ幸いにも後遺症は無く、骨盤や内臓も無事だったのが何よりである。

 あの世界の記憶はもう朧げで、思い出せないことも多い。
「小夜ちゃん、痛くない?」
「大丈夫だよ、もう骨はくっ付いてるし」
 夢の中の侯爵さまは恐ろしかったが、そっくりな夫とは平気である。
 彼は私の記憶があるうちに私がされたことを詳しく聞き出して、「小夜ちゃんをレイプ するとか許せないんだけど」と立腹していた。だからなのか、営みが復活してからは夫は非常に優しく私を抱いてくれる。
「…俺を残して、死んじゃやだよ」
「死な…分かんないけど、道を歩く時はもっと気を付けるようにするよ」
「子供も産んで欲しいんだ、身体も命も無事で良かった…愛してるよ、小夜ちゃん」
「うん、助けてくれてありがとう、私も愛してるよ」

 フワフワとした浮遊感、バクバクする心臓の高鳴り。もし私が天寿を全うして、またあの世界を垣間見る機会があれば…次は割り切って楽しめるかもしれない。
 天の振り分けを待つ間に村で仕事を始めてみても良いかもね、新たな価値観で女性が暮らしやすくしてみるのも良い。

 そしてまたあの辺境を巡ってみても良いかも…その時の侯爵さまは、どんな姿をしているだろうか。
 初見のガチムチえろボディもなかなかだけど、もし夫フォルムで現れたら。そして口説かれたら。「若い時の丈治くんじゃん!」と流されてしまうかもね、冥土の土産に出来るかも。

 ともあれ現実を頑張って生きよう…
「(笑顔、可愛い)」
私を見下ろす夫の、その侯爵さまとは違う短髪に手を伸ばした。
 


おわり
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