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5日目
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しおりを挟む「お待たせしました、すみません!」
「ううん、ありがとうー」
「まずこちら、」
秋花は待合で掛けるハンダの対面へ座り、直した箇所とそれぞれの説明をした。
「うん、うん、」
「ご購入時と…まぁ差があるとすればエアロパーツ…バンパーと」
「バンパーってどれ?」
「この、ここの…」
理解しようとする気持ちが生まれたのだろうハンダは事細かに質問を繰り返し、心意気を買った秋花も逐一しっかりと解説する。
元カレが取り替えた際に純正のバンパーは破棄されているらしい、
「これくらいは残してもいいかな…ここも…高さが直ったから、もう擦らないよね?」
とハンダは少し恥ずかしそうに眉尻を下げて秋花の顔を窺った。
「ええ、頻繁には擦らないと思いますよ」
「良かったぁ、ちょっとの段差でもガリガリいって…彼氏は機嫌悪くなるしストレスだったの…良かった、お姉さんに車検してもらって」
「ありゃ、それはどうも…」
ハンダは合計作業代を見てもムフと笑うだけで、その顔はやはり前回見た時より吹っ切れているように見える。
財布を取り出す動作に入った彼女から目を逸らし、秋花は立ち上がって隣の机からカルトンを取って静かに卓上へ置いた。
「はい、これでお願いします」
「はい…お預かりしますね」
秋花は多めの札が飛ばないように上を押さえ、事務デスクスペースへ入り精算してもらう。
そしてお釣りを乗せてもらって、またハンダの元へ戻った。
「お釣りです、ご確認ください」
「はーい、ありがと…うん、よーし…じゃあ、安全運転で帰ろっかな、」
「はい、こちらどうぞ」
小柄なハンダをエスコートして表の駐車場へ、拭き上げたボディーが白く太陽光を反射して鋭く光る。
「あれ、なんかキレイになってる?」
ハンダが振り返ると、秋花は「バレたか」という顔で
「少し、サービスで」
と、手で磨くジェスチャーをした。
「え、ありがと、わ、新車みたいね、」
「そこまでじゃないっすけど…喜んでいただけて良かったです。……お気を付けて、」
「うん、」
運転席に腰掛けて諸々の調整をして、しっかりとシートベルトを着けて…ダッシュボードはスッキリと、視界を遮る物は何も無い。
最後にエンジンをかけて窓を下ろし、
「お姉さん、ほんとにありがと。大事に乗るから……またね、」
と彼女は微笑んで去って行った。
「………ふー…」
帽子を取って溜まった汗を手で拭ってまた被り直して、秋花は作業場へと戻る。
メインの大仕事が済んだのであとは呼ばれれば対応する突発的な仕事のみ、とりあえず代車のクリーニングでもしてしまおうと大きな掃除機を持って裏手へ回った。
従業員駐車場の自身の車と車崎の車、敢えて隣同士に停めた2台も眩しく光っている。
「よーし…」
胸に湧き上がるのは達成感と高揚感、それはハンダの車を直せたことに加えて車崎との楽しいランチタイムや昨日のデート、そして激しい夜などトントン拍子に進んだ展開によるものだ。
夢のようなフワフワした日常。
秋花の経験上ではこうした盛り上がりの後には必ずテンションが地まで落ちるような最悪な出来事が起こったりするのだが、あまり深く考えまいと鼻歌混じりでマットを剥がして地面へ広げた。
今のところ心の隅で燻っているのは車崎が来春退職してしまうことくらい、それ以上の嫌なことなど起こらないだろう…突発的な事故などでもない限り。
「………」
失う恐怖、当たり前にそこに居て、特別意識もしないで、ある日突然ひゅっと…音もなく存在が消えてしまう恐怖。物理的な距離は近付けば縮まるが不安が拭えない。
「こんな…なるかな…」
デート中に転職のことを聞かされた時も寂しくなってつい関係を求めてしまったが、自分はこんなにか弱く恋愛に溺れるような女だったかと秋花は己の生き様を省みる。
「私と仕事と、どっちが大事?的な…やつか……めんどくせー女…アカンぞ、それは…」
業務用掃除機の轟音に紛れて、秋花はお気に入りの歌を口遊んだ。
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