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3月
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しおりを挟む会社に到着して従業員出入り口からエレベーター、売り場フロアまで、松井は出来る限り奈々を助けてから始業した。
奈々は店長へ事情を話し、レジ業務や書類整理で閉店時間までをなんとか過ごす。外線をとったり在庫探しをしたり、入社してすぐの新人がこなすような仕事を淡々と、しかししっかりと務めた。
終業間際、客も減った店内で松井は奈々を見つけ、
「小笠原フロア長、今日は金庫ですか?送って行きますけど」
と声をかける。
「金庫」とは店のレジを締めて売上金を納める「金庫係」のこと、1日の決算結果を担当のレジスタッフに付いて遅番の管理職が監督するのだ。
「普通の遅番よ、いいの?松井くんに頼んでばっかりで悪いわ」
「どうせ時間も帰る場所も同じなんですから、乗せますよ…終わったら呼んでください」
「ならお願い」
そして閉店後、松井は出入り口に近い所に車を停め直して奈々を朝と同じシートへ迎え入れた。
「夕飯、何か買ったりしますか?まっすぐ帰宅でいいですか?」
「うん、まっすぐでいいわ、夕飯は白米に漬物とかで簡単に済ませるのよ。松井くんが買い物するなら待つわよ」
「いえ…僕も今夜はあっさりお茶漬けにします」
店を出て国道を北へ、二人のアパートへと15分ほど車を走らせる。
車内では好きな食べ物や苦手な食材の話、料理好きな二人は食の好みも似通っていた。
「あれは?醬とか使い切れる?」
「ひとりだと無理ですね、だから皆に振る舞う時に使い切れるよう調節します」
「あー、さすがね…あれ、お弁当用のマヨネーズみたいに小っちゃいパックで売ってくれれば買うのにね、瓶は多くって…」
「ひとサジだけご入用なら声かけて下さいよ、瓶持って行きますよ」
にこやかに話は弾み、じきにアパートの駐車場へと到着する。珍しく信号が青続きだった、松井は時計は見ていなかったが、いつもより速く着いた気がしていた。
「ドア開けますから、待って下さいね」
「ごめんねェ……お抱え運転手みたいにしちゃって…」
「困ったときはお互い様ですよ…立てます?……よいしょ…」
やはり大きな胸がぼよんと体に当たる、松井は平静を装って玄関口まで肩を貸す。
「ありがとう、もう大丈夫よ」
「フロア長、明日は何番ですか?同じなら送ります」
「早番…松井くんは?」
「僕も早番です、9時には出ますから駐車場集合でいいですかね」
「オーケーよ、ありがとう…本当…ごめんね」
最後まで申し訳なさそうな顔をして、奈々は扉の向こうへ消えて行った。
松井は自室へ入り内階段を上がる奈々の足音を聴き、リビングまで到達したのを確認してから着替えに寝室へと入る。
「世話焼きすぎかな…でも上司だしなぁ…」
いち部下でいち隣人というだけなのに、奈々の一番仲の良い男のように振る舞う自分は滑稽だと思わなくもない。
しかしあの部屋を紹介したのは自分、そうでなければ捻挫などしなかったかもしれない。
元より世話好きな彼は自ら責任感を負っていくスタイルも嫌いではなかった。頼りにされる自分、任される自分、何にしても気分が良いし必要とされれば承認欲求が満たされるのだ。
「よし…ご飯…」
冷蔵庫から塩昆布とシラスふりかけ、鰹節を取り出して盛った白米へ乗せていく。
出汁を引こうと思ったが面倒になった、松井はケトルで湯を沸かして緑茶のティーバッグをマグカップへセットし、沸いた湯を注いで濃い目の茶を淹れた。
そしてそれをご飯の上へトポトポと掛けて暫し待ち、昆布の塩が茶に溶け込んだところで手を合わせる。
「いただきまーす……うん……美味しい」
手を掛けたご飯も手抜きのご飯も変わらず美味しい、奈々も今ごろ無事に食事をしているだろうかと天井をチラと見てしまった。
・
「あー、いたた…」
一方の奈々は、部屋へ着いたもののソファーに座り込んでスマートフォンをつつき、こんなことになった原因の元夫からのメールの転送を読み返していた。
好きなタイミングで面会はさせてきたし、もしかしたらこれを機に娘と同居したいだなんて言い出すかもしれない。
自分に似てサラッとした娘だから親と離れてもそこまで寂しくないようだし、必要性を感じれば父親側に付くことも考えられる。
「はー…嫁かァ…あんたはダメよゥ…」
松井にこぼした通り、それは元夫への嫉妬ではなく、頑張ってきた自分を報いるための小さな抵抗なのである。
女だてらにと言われながらも技術と資格を活用して男社会で生きてきたのだ。躾も学業も親や学校に任せっきりになってしまったが、何かあればすぐに仕事を抜けて駆け付けたし、食事も毎食欠かさず調理をしてきた。
しかし兵庫に転勤する時に「地元が楽だから」と娘はついて来てはくれなかった。もしそれが方便で単純に母親として認められてないのだとしたら…奈々はワイシャツのボタンを外しながら深いため息をつく。
室内で松葉杖をつけば下の階の松井やその隣人にも迷惑だろうか、奈々は掛けたままスラックスをずらしてゆっくり脚から抜いた。
「ごはん…食べるか…」
炊飯器から白米をよそって、冷蔵庫のケースから小女子クルミの佃煮を出して手早く済ませる。
風呂もシャワーだけ、体が温まると足はじくじくと痛みだした。
「もー…やだ…湿布…はァあ…」
泣きっ面に蜂、どうにも気が落ちていけない。
奈々はビタミン剤を飲んでから下着に近い格好でベッドへダイブし、そのまま朝までぐっすり眠った。
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