今宵も、麗しのボスとパーティーを。

茜琉ぴーたん

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2月

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 翌朝…玄関のチャイムが鳴って松井がよろよろとインターフォンを覗くと、そこにはパリッとメイクをした奈々が立っていた。
「…フロア長…え?」
『おはようございまーす、引っ越しのご挨拶です♡』
「え、え?」

 松井は昨夜帰ったままの格好で玄関まで出ると、作業着の奈々がゴミ袋と台所用洗剤を入れたポリ袋を手にしてニッコリと笑う。
「何軒か見て回ったんだけど、ここが一番希望に沿ってたの。これから荷物入れるから、下の階に響くと思って。内階段だししばらくうるさくするわ。昼には終わると思うから、ごめんだけど我慢してね♡隣もご在宅かしら?行ってくるわ、じゃあね」
「今日だったんだ…はぁ、」
 袋を受け取った松井は奈々が隣室へ挨拶する声を扉の内側で聞き、引っ越しトラックから積荷が下されるのをバルコニーの手摺りに肘をついてしばらく眺めた。
「本当に引っ越して来た…」
 10世帯以上は入居している横に長い集合住宅、その真上に上司が引っ越してくるとは。フランクな奈々だからまだマシだが、軽はずみな斡旋などするものではないな、と松井はため息をつく。
 昨日の気持ちを引きずった松井は、休日だというのに仕事モードに片足突っ込んでしまったのが癪なのであった。



「ありがとうございましたー」
 ベッドや机などの大きい物が設置されてからは特に音も気にならず、トラックが帰る時に配送員に飲み物を持たせて手を振る奈々の姿を見届けてからカーテンを閉める。
「片付けるか…」
昨夜は食事もせずに寝てしまった。
 シワシワになったワイシャツとスラックスを脱いでシャワーを浴び、だらしなく弛んだ腹を見下ろしてガックリ項垂れる。
「あー…だるい」
 週に1回はジムに通っているがそれ以上に摂取カロリーが多いのだろうか、なかなか引き締まらない。30代になってから簡単に肉が付くようになった。忙しい日は店内移動だけでも1万歩はカウントするのに、それでも痩せないのは体質なのか贅沢をし過ぎなのか。

 風呂から上がってクローゼットを開ければ持っている私服も20代の頃の物がほとんど、段々と年齢と体型に合わなくなってきている。
 なんだか何もかも変えてしまいたい、捨ててしまいたい、彼は貰ったものの着ていなかった長袖Tシャツを被り、ジーンズに脚を通した。
『♪~♪~』
「ん、」
 リビングに置いていたスマートフォンが鳴り出てみると、
『松井くん、これから仕事かな?ちょっとごめん、助けて欲しいんだけど…』
と奈々の困った声が聞こえてくる。
「今日は休みです、行きますよ」

 早速のヘルプコールに、松井は玄関を出てすぐ隣のドアの前に立ち、チャイムを鳴らした。
「ごめんねェ、上がって上がって」
 玄関ドアの先に階段がある内階段2階の部屋、松井は解錠してくれた奈々の後を付いて上がる。
「何があったんですか?」
「いや、ちょっとね…クローゼットの扉の下にゴミか何か落ちて滑らなくなっちゃって…持ち上げて外したら、ドアがハマらなくなっちゃって…力貸して欲しいのよ」
「はァ、」
なんだそれくらい、松井は通された部屋のクローゼットを確認、軽々ではないが持ち上げてかっちりはめてやった。
「これで元通りですよ」
「ありがとう、さすが男の人ね。助かっちゃった…」
「他にも何かしましょうか?」
 大物は運び込まれているし段ボールを開封して私物など見るわけにはいかない。松井は「なら帰ります」を繰り出すために奈々へ尋ねる。
「え、いいの?ここの箱の中、全部本なんだけど、開けて本棚に並べてくれない?」
「あ、はい…」
 社交辞令など言うものではない。しかし松井は暇だったので指示されるままに数箱開けて書籍を整頓した。

「んでその後そっちの箱ね、調理器具だから。あ、お昼一緒しない?だめ?」
「いいですよ、何か…作るか買うかしましょう」
「冷蔵庫はぼちぼち冷え始めるかな、ふふっ…本当助かっちゃうな…」
衣類をざっくりと片付けた奈々は、下着などが入った箱を持って洗面所へ移動する。
「(引き出しが1列多い…シンクも大きいな…)」
部屋数は同じだが少しずつ広い、松井は自分の部屋との違いを数えながら台所も整えた。
 それぞれがテキパキと働いて、おおまかに片付け終わったのがちょうど予測通りの昼前であった。
「ありがとう、ほんと…助かるわ…よし、何食べたい?奢るし作るわよ」
「いや、なんでも…出前でも取ります?それかうちから作り置きで良ければ持って来ますよ」
「作り置き?すごーい…有能ね…じゃあご飯だけ早炊きしようかな。しばらく待ってね」
「じゃあ取って来ます」

 松井は一旦戻って冷蔵庫を物色、自作の冷凍焼売しゅうまいや生ハムなどを保存容器のまま小笠原家へ持ち込むことにする。
「……ふぅ」
 米が炊き上がるまで20分ほどかかるだろうか。独身女性の部屋に上がり込むのはなかなかに気が引けるが、本人はあまり気にしてない様子だし構わないのだろう。
 それはつまり身の危険などを感じていないということ、異性として見られないのはもう慣れている。
 松井はエコバッグに食料を詰めて再度隣家の玄関を入った。



「お待たせしました…お口に合えばいいんですが」
「わぁ、すごいのね…パーティーでもしたの?」
「家庭料理はあんまり作らないです。ホームパーティー用の練習とか残りとか…」
「あー、『松井会』ね、いわゆるご馳走ね…やだ、ワイン開けたくなっちゃう♡」
奈々はハムとチーズが入った容器の蓋を開けて1切れ摘み、その濃厚な味わいに葡萄ぶどう酒を恋しがる。
「まだ早いですよ、作業はあるでしょう?」
「あとは会社に出す書類作ったり…衣類とかそれくらいかな、ねェ、歓迎会の時は車だから呑めなかったでしょう?諸々のお礼よ、呑んで行って、」
「ご飯にワインか…」
「焼酎もあるわよ、開けましょ、ね♡」

 そこから彼らが酔っ払うのにさほど時間はかからなかった。呑めば陽気になる二人は身の上話に花が咲く。
「あー、あれは流行ったわねェ、中学の頃だった?」
「そうそう、ブームが来たんですよね」
 同じ世代を通り過ぎた二人は思い出や青春時代の出来事を語っては共感し合った。
「ねェ、そのシャツ、カッコいいわね、どこの?」
「貰い物で…どっかのブランドのやつですよ。好みじゃないから着てなかったんですけどね」
「そうなの?センスいいなと思ったの。ジーンズの色とも合ってるし、サイズ感もいい。雰囲気というか…松井くんに似合ってるわ」
「そう、ですか…」
なるほどこれが年相応でお洒落なのか、松井はこのシャツのブランドショップをまた確認してみようと頭のTo doリストへ追加する。
「あはは、あ、ごはん炊けたわ…こんな味付けもあるのね、知らなかったわ……あー、楽し♡」
「はぁ…本当…うん、いい休日になりました。あ、ありがとうございます……なんか…こっちこそ助かったなぁ、」
炊き上がった飯を底から混ぜて皿に軽く盛る、奈々からそれを受け取った松井は遠い目をしてひと口頬張る。
「うん?昨日も様子がおかしかったけど…なんか凹んでた?」
「ちょっと…失恋というか…この先の人生を考えちゃって…」
「そんなに…人生賭けてる子にフラれたの?」
ホカホカご飯の湯気を浴びて酔いが醒めてきた奈々は酒ではなく湯呑みを用意して、静かになった松井の前に置きお茶を入れてやった。
「いや、……告白もしてないし…好きだっただけで……周りはどんどん纏まり出して、僕はずっと独りなのかなって、なんか昨日の夜から酷く気が滅入っちゃって…」
「そう…病み期?でもまだ33じゃない、男なら結婚のチャンスって長いわよ?女は出産とかでリミットがあるからもうちょっと焦っちゃうけど…」
 昨日結婚の報告に来た2人の件は奈々も当然知っている。タイムリーな話題だけにおそらく松井はその2人の事を指しているのだろうと予想する。
 退勤するまでに松井は珍しくミスをしたり商品の渡し間違いをしていた。今朝のどんよりした顔色もそのためだったのかと大まかに察した。
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