今宵も、麗しのボスとパーティーを。

茜琉ぴーたん

文字の大きさ
23 / 54
4月

23

しおりを挟む

「痛いなー…あの馬鹿力…」 
帰宅した松井はリビングのビーズクッションに座して天井を見つめる。
 明日はどうせ休み、会社から電話くらいはかかってくるだろうがそもそも出かける気も無い。
「クビになったり…するかな…はは…」
そうなればこの仕事着もしばらく要らないな、自棄やけっぱちの男はスラックスのシワも気にせずに尻を深くクッションへ沈めた。


 21時を回った頃に駐車場から聞き慣れたエンジン音が聴こえて、ドアを閉める音とあまり間を開けずに松井家のチャイムが鳴った。
「…フロア長?」
チラと見たモニターには予想通り奈々の顔、松井は直接玄関へ向かって鍵を開ける。
「…あの、こんばんは」
「こんばんは!……入っていいかしら?」
「あ、どうぞ…こちら…ん…」
人を招く日以外は家事も適当、リビングの隅に収める前の下着が転がっているのに気付き松井は自然な動きで回収して片付けた。
「お、お茶でも淹れますね」
「松井くん、」
真剣な顔の奈々は立ったままで、松井の背中へ声を掛ける。
「あなた、何考えてるの?上司とケンカ…しかも売り場で……お客様に怖い思いをさせたのよ」
「はい……申し訳なかったです」
「クールな松井くんはどうしたのよ、あんな焚きつけるようなこと言って…」
「こっちが知りたいですよ。あの程度のことで先に激昂したのは向こうですよ、殴られましたし過失割合は向こうのほうが」
「松井くん‼︎」
 美人が怒れば迫力があるなぁ、こっそりそんな事が脳裏をよぎるが松井は奈々の顔に怒り以外の感情が見えたので勢いを失ってしまう。
「なんで…あんなこと…ばか…」
 整ったパーツがくしゃっと崩れ、それでも麗しい奈々に松井はたじろいだ。
「な、泣か、」
「こんな問題起こしちゃうと…評価、人事評価がっ………下げられちゃう、……」
「そんなのいいですよ、平社員ですもん、」
「ばかッ!」
奈々はついにその眼から涙をポロと溢して唇を噛む。
「何をそんな…」
「副店長は、ここのところのあなたの様子を怪しがってた。あなた無意識だろうけど…あの人の前に立ってる時、とんでもなく恐い顔してたわ…嫌悪感が出てるのよ、みんな気付いて噂してた。もちろん副店長も気付いてたわよ…だからあんなに余興にもあなたにも固執してたのよ、」
「え、僕がぁ?」
 松井は普段は動揺しても表に出さないし、異性への好意はバレてもこと悪意に関しては人から指摘された事が無い。どんな面倒な客に当たろうとも平然と、少なくともそう見えるように努めてきたのだ。
「松井くん…あなたここのところ分かり易かったわ…女の子たちを守ろうとしてるのも分かったし、でも副店長には反抗的な奴って思われちゃったのよ…」
「そんな…仕事外の事で評価下げられても…不当な扱いで本社に訴えるだけですよ…」
「私怨だろうがやっかみだろうが理由を付けられたらそれで通っちゃう…例えば営業力があってもプライベートで極端な思想とか活動とかしてたら管理職にはさせない、そういう…なんていうの?人を選ぶ権限があるのよ、」
 ならばあのハラスメント男が管理職になってること自体が選定ミスじゃないか…松井は奈々の濡れたまつ毛を前にそんなことを思った。
「人がせっかく……いえ、いいわ」
「なんですか、……もしかしてあいつに脅されたり…」
 痛みで忘れていたが引っかかっていた言葉、取り押さえられた石柄は「小笠原!全員下げてやるからな!」と奈々へ叫んでいたのだ。
「物騒なこと言わないでよ……でもそれに近いか…ん…『お前が余興しないと松井も女子達も評価下げるぞ』って…そんな感じのことを言われたのよ…"協調性の欠如"だって…」
「クズだな…仕事に関係ない…そうか…フロア長は僕らを守って……いや、だからってフロア長が人柱になることないでしょう!」
「あなたが………いずれ…管理職になりたいって…思った時に…一定レベル以下の悪評が付いてると足止め食らっちゃうの、不祥事とか大きなクレーム出すのと同じなの、叶わなくなっちゃう…」
「フロア長に余興させてまで管理職になりたくないです、一生ヒラ社」
「まだ言うの⁉︎この馬鹿‼︎」
奈々は鬼の形相で距離を詰めて、石柄に殴られた頬をつねり、引っ張って上下に揺らす。
「ちょ、」
「守ってやってんだから‼︎素直に‼︎聞きなさいよッ‼︎」
「フロア長、痛い、」
「私だって、あんな下衆の前で踊ったりなんかしたくないわよ!でもそれで部下を守れるんなら平気よ!するわよ!管理職だもの!」
 こんなに涙が出ても化粧って落ちないんだ。松井は至近距離で泣きじゃくる奈々を見つめてそんなことを淡々と思い、指が離れた頬を摩った。
「なんでそんなことまでしてフロア長を踊らせたいんですか…そもそもそこがおかしいじゃないですか!」
「知らないわよ!おっぱい見たいんでしょ⁉︎…………自分に従わないってだけで排除する、それで満足感を得る、そういう人っているのよ…」
 今回の石柄の件はまさにそういうことだった。奴はペコペコと謙る部下ばかりを重用しては、偽りの人望で副店長にまでのし上がったのだ。
「でも暴力振るったから降格でしょう?小規模店に左遷させんかな…評価する権限は剥奪でしょ、僕らの勝ちですよ」
「勝ち負けじゃないわよ…松井くん…あなただって飛ばされる可能性あるのよ…?問題行動なんだから…」
「まぁ…甘んじて受けますよ。うん…」

 形は「一方的に売られた喧嘩を買った」ことになっているが、ここ最近の反抗的な態度はそれなりに周りに広まっている。松井がそうだから石柄が叱った、そのような因果関係にとられても不思議はない。
「松井くん…」
「……みんなを副店長から守れて良かった、それだけです」
「その点に関しては…まァありがとう……ふー……歓送迎会自体も無くなるかもしれないわね、こんな状況だから……いろいろ覚悟しておきましょう」
 処遇に関しては一切の言い訳はしない。あれは正当な怒りだったと思うし敵を失脚させることもできそう、奈々や女性陣を守れたことに松井は誇りさえ感じていた。
「僕のサヨナラ会になるかも、」
「…そうかもね……うん……転勤しても家は一緒だから…まァ県外じゃなければいいわね…じゃ、失礼するわ、おやすみなさい」
奈々は松井の痛む頬に少しだけ手の平を当て、すぐに離してきびすを返す。
「はい、あの…ありがとうございました」
「いいわよ…きちんと相談なりすれば良かったわね、ふふ…ばいばい」
 少し言葉を崩した奈々は困り眉毛で笑い、出て少ししてから内階段を踏み鳴らす音が1階に響いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...