好き、やねん

茜琉ぴーたん

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愛、屋烏に及ぶ(全3話)

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 時刻は夜11時を回った頃、玄関が静かに開いて、この家の主人…くすのきの影がゆっくりと動いていく。


 楠は煙草の匂いが染み付いたライダースを脱いでダイニングの椅子へ掛け、またゆっくりと寝室へ移動した。

 抜き足差し足で部屋へ入ると、床に敷いた布団には赤子と並んで横になった自分の嫁。
 
「…おう、帰ったで…」

「…ん…おかえり…」

 しゃがみ込んでダメ元で声を掛けると予想外に返事があったので嬉しくなり、楠は歯を見せてニンマリと笑う。


 里帰り出産から3ヶ月、嫁が楠の家へ戻ったのは今日の昼のことだった。

「よう寝てんの、赤ん坊は」

「…寝てるけど、もう少しで起きるかな。あのさ、名前で呼んであげてよ」

「うん?うん……ちょっと真希まきちゃん、」

「はいはい?」

 楠は嫁の手を引いてその身体を起こし、寝ている赤子から少しだけ距離をとらせた。



 たかが3ヶ月、されど3ヶ月。

 街にひとり残されて制約の無い独身時代のような生活は最初こそ楽しかったが、夫婦での暮らしに慣れてしまえば次第に寂しく、凄まじい孤独を感じるようになってしまった。

 仕事仲間や友人はいるが女遊びなどもってのほか、食事も虚しく、早く嫁に逢いたいとそればかり考えたものだ。
 

 楠はひざまずいて、起こした嫁の身体を強く抱き髪も肌も匂いもひととき独占する。

「……乳くさいのぉ…」

そう言いながらもスンスンと鼻を埋めながら嗅ぎまわり、嫁がここに居ることを体感しようとした。

「煙草臭いなぁ」

「……」


 新幹線の距離の嫁の実家には何度か通ったが二人きりになどなれず、手を握るのが精一杯の触れ合いであった。

 生まれた子は可愛い。

 それは勿論だが、いかんせん男というのは父親としての自覚がなかなか身に付かないものである。

 この男も例に漏れず、未だオムツを替えるどころかまともに抱っこすらしていないという有り様である。

 苦手なのではない。

 ふにゃふにゃで恐い、というありがちな理由だった。


「写真送ったの見た?ニヤッと笑ってたの。可愛いでしょ」

「見たよ…待ち受けにしてんもん…かわいいわ。俺の子とは思えへんな。誰の子や」

「笑えない冗談やめてよ、怒るよ」


 もうひと月もすれば首が据わり、抱っこも楽になるだろう。

 夜毎にでもいい、少しずつ父親らしい事をしてくれればいいと嫁は思う。


 ぎゅうと合わせた身体を一旦離し、長いまつ毛を伏せた目を嫁の顔へ近づけて慣れた仕草で軽く口付ける。

 そして男はなんだか思い詰めたような眼差しで嫁を見つめ、少し痩せた自身の頬を手でさすった。

「はぁ…あかん、勃ってきた」

「ちゅーしただけで?できないことはないけど、避妊しなきゃ駄目だよ」

「え、できんの?」

楠は目を丸くして、少し前屈みになって驚く。
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