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2022
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しおりを挟むそんなある日のこと。
「舞岡さん、これお願い」
「はい、行って来ます」
専務から久々のお使いを頼まれて、徒歩にて取引先へ向かうことになった。
伝票と発注書をやり取りするだけなのだが、直接出向くことに意味があるそうだ。
「(気分転換できてラッキー)」
目的地は前の社屋があったビルの向こうで、あの消防署の近くでもある。遠回りして署の前を通ることも出来るし、最短距離なら通らなくても済む。
「(行きは、最短距離…帰りは、遠回りしても…良いんじゃない…?)」
目的は業務、そして運動だ。てくてく歩いて、少し懐かしい路地を進む。
駅前通りから一本筋を入った所なので民家が増えて、緑も多くなってくる。桜はもう葉っぱになって、蝶々がひらひら舞っていた。
「……」
目線の先、消防署が視界に入る。
もったいぶって馬鹿みたい、でもあそこの前を通るのは自分にとってのご褒美みたいなものだ。
さくさく用事を済ませて、お茶菓子を貰って取引先を後にする。
「(散歩みたいなものだし。何でって、通り道だし)」
厳密には遠回りなんだけど、気になるんだから仕方ない。
青木さんが居なくても、私の日常が変わる訳じゃない。でも1年間私の日常を変えた、彼が居たら…それは嬉しいの。
今は昼の2時過ぎ、もし居たら訓練などしているだろうか。ゆっくり、もったいつけて消防署の前に差し掛かる。
敷地内にはオレンジ色の上下を着た消防士が数名、体力作りだろうか腿上げをしていた。
たまに敷地の外へランニングしに出たりするのは以前から見ていた。市民の安全を守るために研鑽を怠らないのは素晴らしいことだ。
「……居ないかな」
見たところ、青木さんは居ないようだった。夜勤かもしれないし、そもそもここの署にいないのかもしれない。
ちょっと気になる程度で声を掛けて聞くことも出来ず、門の前を通り過ぎた。
「(一区切り、で良いのかな)」
いつまでも仄かな恋の思い出に浸り続けることも出来ない。
忘れなくても良い、でもここらで青木さんへの執着を終わりにせねば新しい恋も始められない。
「(てか恋?)」
街角で迷惑系動画配信者に遭遇したみたいなこと、「失礼な」で済むようなことか。私が女で青木さんが男だから、安直に恋愛的な出逢いに結び付けてしまっただけだ。
何だかんだと言い訳をしては自分を慰めて、横断歩道を渡しろうとしたその時。
「待って下さい‼︎」
と張り上げた大きな声が響いた。
「……え?」
どこからだ、進もうとした脚を止めて振り返る。
でも自分にとは限らないから軽く見渡して、声が続かないものだから気のせいかなと再び横断のタイミングを測る。
ついに幻聴までするようになっちゃったかな、振り返ったのも恥ずかしくて唇を噛み込んでいると、ドタドタと荒い足音が近付いて来る。
「(…誰に?私?後ろから…怖い、)」
勘違いで振り返って「貴女ではない」とか言われたら嫌だもの、でも足音はずんずん大きくなって、やがて声も聞こえて来た。
「待って、下さい、あの、」
「(私?)」
自分の後ろの人に話しかけてたりして、でも辺りに人は居なかったはず。
薄々は期待してしまっていたの、その足音が消防署の方から近付いて来たから。彼の声はもう朧げだけど、困ったようなその丁寧な口ぶりには聞き覚えがあるの。
「すみません、あの、自分のこと、憶えてませんか、」
「……憶えて、ます…」
振り返ったそこには黒い胸板があって、見上げれば汗だくの困り顔があった。
「あの、自分は西署の青木と申します。4年前に、失礼ながら持ち上げさせて頂いたのを…」
「憶えて、ますよ…」
変わってない、爽やかな短髪と申し訳なさそうな顔。声はあの頃より通っていて、聞き取りやすい。
相変わらずの胸板、しかしこれは以前より大きくなっている気がする。彼は今日は紺色のズボンを履いていた。
「自分は、その…何から話せば良いかな…すみません、色々とお伝えしたいことが多くて」
「えっと…」
「お仕事終わりに、お時間を作って頂いてもよろしいでしょうか!」
「へ、へい!」
勢いで江戸っ子みたいな返事になっちゃった、カアァと顔が熱くなる。
「…ふふっ……すぐそこの、ファミレスでいかがでしょうか」
「大丈夫です、あの、終わるのが18時なんですが」
「自分も今日は日勤でそれくらいに交代ですので、それでお願いします、失礼します!」
青木さんはしっかり最敬礼をして、署へと駆け戻って行く。
私はと言えばしばしポカンとその紺色を見つめて、ハッと我に帰った。
「(約束、しちゃった…)」
イコール恋愛とは言い切れないが、繋がりが復活したことが単純に嬉しい。彼が妻帯者だろうが言いたいことが苦情だろうが何だって良い。引き留めてくれたこと、追いかけてくれたこと、何より憶えていてくれたことにゾワゾワ感動している。
「(痩せても、気付いてくれた…私も色々聞いちゃお)」
人と関わることの幸せを噛み締めて、私はフワフワした足取りで会社まで戻るのだった。
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