街を歩いていると、見知らぬマッチョに体を担ぎたいとお願いされました。

茜琉ぴーたん

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2023

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 小さな火種を消火器で消したり、煙の流れを見たり。
 遼平さんをはじめとする隊員さんたちの動きは統率が取れていて見応えがあった。
「(あの邑井って人は…元署員がどうして防災訓練に…?)」
 入館時にチェックをされているので、勝手に入り込んだということはあるまい。おそらく正当に近隣の事業所代表として来ているのだろう、同じ作業着の男性が複数人見える。

 遼平さんは、心無い先輩たちのシゴキによって馬鹿みたいな訓練をやらされていた。その最たるものが一般市民を担いで筋力を誇示するという…私と遼平さんの出逢いのキッカケになったあの罰ゲームだ。
 あの時、ジロジロと監視していた数名の中に邑井が居たのでは、そう推測する。
 実際、消火器の実演で邑井は躊躇ちゅうちょ無く動けていたし、構え方も腰の入れ方も様になっていた。昔取った杵柄きねづかを存分に披露できて満足げな感じ、しかしいじめっ子という懸念があるのでその笑顔も気味悪く感じる。


 消火器が済んだら次は避難訓練だ。
 側面が開放されたコンテナ小屋に数人入り、地震が起きた場合の逃げ方を改めて確認した。
 皆ふむふむと聞き入って、しかし邑井は真面目に聞いていないようだった。私も邑井ばかりを注視している訳ではないのだが、体が大きくちょこちょこ動き回って態度が悪いので嫌でも目に付いてしまうのだ。
「(やっぱり、やだ。いじめっ子じゃないとしても、嫌)」
 早く終わらないかなぁ、なんて思っているとうちの番が回って来た。
 専務と私で小屋に入り、机に着席する。
舞岡まいおかさん、上手に出来るかしら」
「毎年やってるじゃないですか、専務」
 地震を想定したベルが鳴り、揺れたものとして机の下に身を隠す。
 揺れが終わったらコンロの火を模した木のパネルを倒し、ドアを開けて逃げ道を確保した。
「専務、こっち!」
「うん、いやぁ、年々このしゃがんで立ってが辛くなってるわ」
「靴履いて、逃げて下さい!」
「はいはい」
「急いで、ゴール、あそこに行って下さい……あっ!」
専務に先に靴を履かせて私も、と思った時、訓練とはいえ焦ったのか足がもつれてコケてしまった。
 ズベッと膝から着地して、続いて地面についた手の平も擦りむいてしまった。

「大丈夫ですか⁉︎」
監督者である遼平さんが、ゴール地点から早足でやって来る。
「あ、遼平さん…」
「持ち上げますよ、よいしょっ……手当てして来ます!訓練は続けて下さい!」
遼平さんは私をお姫さま抱っこして、署の建物へと戻った。
「あの、抱き上げなくても」
「いえ、足を打ったから歩けないかもしれない」
「歩けるって」
「この感触がたまらん…いや、監督不行届で申し訳ない」
 勝手にコケたんだから構わないんだけど、しかし公衆の面前でまた抱っこされるなんて思わなかった。
 あの頃より軽くなった体は、遼平さんには物足りないだろうか。



 私は簡易的な医務室みたいな所に運ばれて、遼平さんがさくさくと手当をしてくれた。
「…我慢してね…」
「しみる、痛ぁ」
「ごめんね、今度から出入り口にマット敷こうかな」
「いやいや、私が鈍臭くてコケただけだから…」
 本当の災害だったらこんなこともあるだろう。
 私は怪我したショックよりも、風のような速さで駆け付けてくれた遼平さんを見れて感動していた。
「(さっきの邑井さんのこと、聞いたら嫌な気持ちになるかな)」
まだ勤務中だから暗い気持ちにさせちゃ悪いかな、私は大人しく手当を受けた。
「血はすぐ止まると思うから」
「うん…ありがとう」
「傷が残ったら困るな……こ、これは僕が…せ、責任を取らなきゃ、いけないよなぁ…」
「うん?こんなのに責任とか……え?」
 もしかしてプロポーズなのか、絆創膏ばんそうこうを貼る遼平さんは耳まで真っ赤になっている。
 傷が残るかどうかはさておき、コケたのが結婚のキッカケになるのもどうなのか。そしてここは消防署の事務室の中の医務室…すぐそこのデスクには消防士さんが番をしていらっしゃる。
「あ、あずちゃんに何かあったら、僕は生きていけない。だから、僕が守って行くから」
「う、ん…あの、遼平さん、防災訓練は」
「署長たちでなんとかなるけど…も、戻ろうか…あずちゃん、か、考えておいて」
「(答えはイエスなんだけど)」

 やっぱり求婚のつもりだったんだ、困難さも無く歩いて表へと戻る。
 専務は「おっちょこちょいねぇ」と笑い、自身でも「まったくねぇ」と呆れた。
 もう訓練はほとんど終わっていて、署長さんから簡単な挨拶をして解散となった。
 邑井のことは夜にでも聞いてみようかな、それよりプロポーズの答えが先か。
 待機姿勢もカッコいい遼平さんにラブビームを放っては、ひとりムフフと笑う。


「では、以上です」
 各団体がバラバラに帰り出した時、邑井がまた遼平さんに近付くのが見えた。うちは社屋に戻って昼休憩の時間だったので、多少の猶予はあろうかと様子を窺うことにした。
「青木、お前さっきの女の子、手ぇ出してねぇだろうな」
ガラの悪い絡み方、邑井は良いところが無い。
 遼平さんは
「出してませんよ、お帰り下さい」
と出口を手で示す。
「ふーん、せっかく可愛かったのに。相変わらずヘタレでやんの。あっそう…あ、お前はデブが好みなんだっけか。あの担いだ女。あれから進展あったのかよ」
「(……!)」
 悔し紛れに放った邑井の指す女とは、かつての私のことだった。太った私を好きだという遼平さんの趣向を馬鹿にしたいのだろうが、人をさげすむ材料にされたことが悲しい。
 そして邑井はやはり遼平さんを虐めていたメンバーだった。
 葛藤しながらも言いなりになっていた遼平さん、今は克服したのだろうか。
 本当は恐いんじゃないのか、割って入り助けようかと考えるも勝てそうな見込みが無い。
「……」
「だんまりか、市民の質問に答えらんねぇのかよ、消防士さんよぉ」
「…業務がありますので、失礼しますね」
遼平さんは後片付けを済ませて、建物へと戻ろうと邑井へ背を向ける。
 これ以上敷地内で騒いでも、邑井が悪者になるだけだ。
 だから邑井も出口へ向いたのだが、
「……!」
動線上に居た私は奴と目を合わせてしまった。
 盗み聞きしてたみたいで感じ悪いか、帰らずに留まっていたから不審だったか。
 ずんずんと近付いて来るが、後ろに出口があるのだから過剰に警戒するのはおかしい。

「舞岡さん?社長トイレから戻ったから帰るわよ、」
出口に向かっていた専務がタイミング良く声を掛けてくれた。
 咄嗟に私は「はいぃ」と、わざとらしくないよう努めて出口へ振り返る。
「(近くの会社なのかな…嫌な人だな…)」
 背後に感じる視線と圧。
 敷地を出て歩道へ抜けると、私の歩幅は大きくなる。
「どうしたの、そんなに急がなくても」
「お、お腹すいたので…早く帰りましょう」
「あら、まぁそうね」
専務は納得して、しかし訓練で疲れたのだろうスピードは変わらない。
 私はとにかく後ろに居るかもしれない邑井の視界から逃げたくて、足早に信号付き横断歩道まで歩いた。


 その後は何事も無くうちの社屋に着き、お昼を食べて少し休憩できた。
『今日はお疲れさまでした。働く遼平さんが見れて、嬉しかったです。』
そうメッセージを送信、終業後の連絡を待つことにした。
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