街を歩いていると、見知らぬマッチョに体を担ぎたいとお願いされました。

茜琉ぴーたん

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2024(最終章)

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 そうして迎えた式の1週間前。
「…あら、舞岡まいおかさま、ダイエットされました?ドレス、背中に余裕が出来て…詰めましょうね」
 衣装担当さんにそう言われて、私はガッツポーズを決める。
 最終打ち合わせでプランナーさんに「雰囲気がお変わりになりました?」と聞かれて、ドレスの再試着を頼んだのだが正解だった。
 ドレスは汎用性を持たせるために針を使わずともある程度調整が可能らしい。コルセットみたいにクロスがけしたリボンをキュッキュと締め直して、今の私にピッタリのサイズにしてもらえた。
「(過去最高の体だ…)」

 褒められたし自信アップ、わくわくしていると隣の試着室から「あっ」と遼平さんの短い悲鳴が聞こえた。
「…遼平さん?」
「…ヤバい、あずちゃん…言ってた通りになっちゃった」
「え、タキシード、入らないの?」
 冗談で予期していたことが、本当に起こってしまったらしい。
 試着室のカーテンを開くと、着せ替えのお人形みたいに真っ直ぐな遼平さんが腕も曲げられず真顔で立っていた。衣装選びの時はまだ余裕があったはずなのに、ハンガーに掛かった状態とほぼ変わらぬ姿勢で彼は目を泳がせる。
 細身のスーツだから仕方ないと言えば仕方ないのだが…むしろこれでよく袖が通ったなという印象だ。ドレスシャツは自前だからまだマシだけど、スラックスもヤバそうな雰囲気がぷんぷんしている。
「…動いたら、破れる気がする」
「あ、そう…脱いで、」
「腕と、肩も…鍛え過ぎたみたいだ」
「喜んでない?」
「ちょっとな」

 困り顔の衣装さんと必死に上着を脱がせて、皆で「うーん」と首をひねる。
「普段の服は、違和感無かったの?」
「日頃から半袖だし、Tシャツは伸びるし」
「小学生みたい」
 選んでいたものは遼平さんの身長に合わせていたので、これより太めのものにすると全体的にブカブカになるらしい。
 詰めるとなると職人さんの手配など日数的に難しい。取り寄せも試着だお直しだとしていると手間が掛かるし希望に合致するものを選べるかどうか分からない。私たちの式の日に使えるものを予約する、となるとさらに候補が絞られて難しい。
 なおも「うーん」と皆で唸る。

「和装になさいますか?」
「いえ、チャペルだし、あずちゃんのこのドレス姿を親御さんに見せてあげたいので」
「新郎さま、お式に使えそうな礼服はお持ちではないですか?」
「喪服しか……待てよ、」
 ガッカリ肩を落とす私たちに、遼平さんのひらめきが一筋の光明となり降り注ぐ。
「なに、遼平さん、礼服持ってるの?」
「……あるにはある、けど…」
「サイズが合わない?」
 遼平さんは「いいや」と首を振り、スマートフォンで何か検索して私たちに見せてくれた。

「…これ、スーツ?」
「消防礼服、儀礼用の正装だよ」
 一見すると軍人さんとかパイロットの制服みたい、黒地に金の肩章とたわんだレニヤードが神々しい。
 見たことある気がするかも、消防士さんは往々にして結婚式ではこういった服を着用するらしい。
「持ってるの?」
「あぁ、一応。この前式典で着たからサイズが合うことは確認してる」
「……なんで、黙ってたの?むしろこういう式に着るためのものじゃん」
 キョトンよりも強く、問い詰めると彼は口をムズムズさせて黙ってしまう。
 流れる微妙な空気、衣装さんが「似たようなもの、持って来ますね」と奥から写真と同じ消防礼服一式を運んでくれた。

「これ、良いじゃん。当日は自前ので」
「うーん」
「一旦戻って、持って来ようよ、間に合うよ」
「うーん」
 式の前日までには準備室に衣装を運んでおかねば式場のスタッフが困ってしまう。出来れば今日のうちに持ち込んで、試着して衣装さんを安心させてもあげたいのだが。
「遼平さん、どうしちゃったの?」
「…もちろん、これは最初に提案はされたんだよ。プランナーさんから。でも断ったんだ」
 衣装さんに目をやると、「うんうん」とうなずかれる。
 警察官や自衛官など、似たような正装で挙式する新郎新婦は当然いるそうで、そこまでレアケースではないそうだ。しかし私の知らないところで、遼平さんは「消防礼服は着ない」と断言していたらしい。
「…なんで?」
「…消防の奴らの結婚式って、結構…品が無いことが多くて。少なくとも、僕が知ってる範囲ではタガが外れたマッチョ共のバカ騒ぎって感じが多くてね…あずちゃんのご親族の方々に心証が良くないと思ったんだ」
「そこまで?」
「良くも悪くも、張り切る奴らなんだ。余興で下ネタ言ったり、わきまえられなかったり。そこに酒が入るともう…日頃緊張感持ってるだけに、反動が大きくて」
「…そうなんですか?」
 同席していたプランナーさんに尋ねると、苦笑して答えとされた。
 そういうことばかりではないだろうが、遼平さんの知る範囲ではそうらしい。
「同僚に余興は頼んでないし、サプライズはさせないようプランナーさんと話を付けてる」
「それは周りの人の問題であって、遼平さんの問題では」
「印象だよ。僕が大々的に打ち出すと、周りも乗ってくる可能性がある。…僕は消防の仕事に誇りは持ってるよ、でも主役はあずちゃんだから。自己顕示するみたいで気が引けるし」
「そうかなぁ…礼服の遼平さんもカッコいいと思うけど」
「…でも、目立っちゃうから」
「自信持てば良いのに」
 自分の体躯に自信があるからこそ、私より控えめであろうと心掛けてもいるみたいだ。
 そんなの気にしないで良いのにな、スタッフ総出で説得にかかる。
「正装の遼平さん、見たい」
「写真映えもしますし、新郎さま」
「招待客さまとの兼ね合いもありますでしょう」
「まだ間に合うよ!」
「一生に一度のことですし」
「新婦さまの白さが引き立つと思いませんか?」
「……!」
 遼平さんは衣装さんの言い分を聞いて、ピクと動いた。
 これは押せるか、畳み掛ける。
「遼平さん、よくよく考えたらシルバーのタキシードよりも黒い礼服の方が私が映えるよ」
「いや、金でゴテゴテしてるから」
「装飾は仕方ないって。さっきの写真みたいに、胸にお花飾ってさ、誇らしいじゃない。市民の安全を守ってる、私は遼平さんのカッコいいところ皆に見せたいよ!」
「……そう?」
「私、これ着て欲しい!お願い!」
「あずちゃん…」
 私は控えめな方なので人にお願いも要求もしない方なのだが、だからこそここぞの頼み事に効果を発揮する。
 私を輝かせるために礼服を着て欲しい、「私のため」を前面に押し出してのお願いだ。
「ずっと消防士するんでしょ、思い出と写真に残そう」
「う、ん…」
「それとも、これから1週間筋トレ禁止して筋肉落とす?嫌でしょ?」
「う、腕をしなければ良いんだろ」
「せっかく育てた筋肉をキープしたくないの?しおれちゃうよ?そんなの遼平さんの美学に反するんじゃないの?」
「確かに」
 決定打が筋肉というのが口惜しいが、遼平さんは折れてくれた。
 急いで家と式場を往復し、消防礼服を持ち込む。

「わぁ、カッコいい」
 袖の3本線にダブルのボタン、肩も胸もゴールドが輝かしい。羽織ってみてもピッタリ、ドレスシャツとネクタイに合っている。
 細身のタキシードとは違い、腕も肩も余裕があって動きやすそうだ。
「どうかな」
「良い、すごくカッコいい!」
「…なら、これにするよ」
 諦めたように笑う遼平さんだけど、ほのかに嬉しそうなのも感じられる。
 職務に責任と誇りを持っているんだもの、カッコ悪い訳がない。
「楽しみだね」
「…うん…ごめん、困らせて」
「良いよぉ」
「どうせだから、誇示しちゃおうかなぁ」

 遼平さんの最後の呟きの意味は、その時の私には分からなかった。
 その意味が分かるのは結婚式当日、チャペルからガーデンへと出るフラワーシャワーのタイミングだった。
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