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4章…お慕いしております
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しおりを挟む「ご馳走さまでした…あの、ありがとうございます」
食後、車に乗って私は奢っていただいた礼を改めてきちんとお伝えした。
「良いよ、予定が狂って申し訳なかった」
「いえ、何を食べるかではなく、どう食べるかですわ。つくづく今日はそう思いました…普段はひとりの食事が多いものですから」
「…こんなんで良ければ…また連れて来てあげるよ…」
「まぁ、良いんですか?嬉しい…お優しいんですのね、和臣さん…絶対ですわよ、ふふ」
社交辞令になんてさせない、素直に喜んで見せるのが純な彼には効果覿面だろう。
「喜び過ぎだよ……家に戻ろうか」
カッチカッチとウィンカーが鳴る、それより速いテンポで鼓動は高鳴ってらっしゃるかしら…それだとやり易くてありがたい。
こちらからの好意は伝わっているはずだ。少なくとも一緒に食事をするには適した相手であることは分かってもらえただろう。そして和臣さんも私を嫌ってはないはず、美味しそうに米を掻き込む私を丼に隠れて覗いてらしたから間違い無いはずだ。
ぼんやり通じ合った恋心、学生さんならさらに月日を重ねて濃くしていくのが楽しいのだろうけど…私たちは大人なのだから他の確認方法を取っても良いのではなかろうか。
例えば私がもうひと押し、「まだ…帰りたくありませんわ」とでも言って俯けばドライブは長引いて目的地も変わる。
他の観光地でも良い、昼間だけれどホテルだって良い。もう良い大人だ、奥手でも言葉の意味は分かるだろう。
「…あの、和臣さん」
「なに」
「その……私まだ、帰りたくありませんわ…」
さぁどうする、さながら恋愛ゲームの攻略対象を落とすが如し緊張感とワクワク感。
しかし和臣さんはハンドルを切ってコンビニの駐車場へと停車した。
「……?」
「…あの、浦船さん」
「はい、」
「……君は…その、僕を揶揄っているのか」
「はい?」
「僕は、彼女なんかいたことも無い、勉強とヨコハマ応援にしか興味の無い男だ。君みたいな…その、適齢の女性と交流したことが無いから…セオリーが分からないんだ、言葉をそのままにしか理解できん。何を…含みがあるのか、僕の勘違いならそれでも良いが期待して突き落とされるのはショックが大きい。その…」
可愛らしい方、私は率直にそう思った。やはり奥手なのだ、明らかな好意を示してあげねば踏み出せないらしい。
私はシフトレバーに置かれた彼の左手に両手を載せて、
「和臣さん、揶揄ってません。言葉足らずで申し訳ありません…その、私、和臣さんのことを…お慕い申しております」
と瞳を潤ませる。
「……いや、出逢ったばかりだろう」
「普段から伸夫先生は和臣さんのことを褒めていらして、素敵な方なのだろうと人知れず懸想しておりました。私も今回の帰省にお供できるとあって楽しみでしたし…実際にお会いして、この気持ちがより大きくなりました」
シミュレーション通りといえばそうなのだが明らかに私は走り過ぎている、長年の準備が身を結ぶその瞬間を前にして気が逸っている。もっと慎重に着実に進めなければならないのにこれでは阿婆擦れだと思われてしまう。なのに嘘の中のほんの少しの真実が私を彼との時間を惜しがらせた。
「そう、なのか」
「…お優しいし、お仕事も真面目に取り組んでいらして…好き、ですわ」
「……あ、あの、」
「良いんですの、和臣さん…会って2日の私を好きになって欲しいなんて恥知らずなことは言えません。ましてや私はいずれ部下になる身ですから…恋人になりたいなんて烏滸がましいことは…言えません…ただ…滅多にお会いできませんもの、たった1回でも、忘れられない思い出を作れたら…私、幸せだなぁなんて…」
指で和臣さんの手の甲をつるつるとなぞる、親指の関節の上をぐりぐり押しているとウツボカズラにハマったみたいに私の手が捕まった。
「きゃ」
「僕は……ごめん、こんなことを思うのは初めてなんだ、浦船さん…君が言う通りたった2日だ、ほんの数時間しか君を知らないのに…趣味も合うし…君と話していると楽しい。僕は…」
逡巡してらっしゃる難しい眉毛も葛藤が現れた眉間のシワも男らしくて唆られる。
私が誑かしたことにして身を任せたって誰も咎めはしない。だって和臣さんは童貞ですもの、初めて触れ合った懇意の女性に好意を伝えられて舞い上がっているに違いないはず。
チラと確認してみたがジーンズの股間はシートベルトでよく見えない、
「(まぁそこまで盛ってはないか)」
しかし私の手をもにもにと握って離さないことがもう答えみたいなものだ。
「う、浦船さん!」
「はい、」
来たか来たか、膝を揃えて運転席へ向き直れば和臣さんは
「好きだ、け、結婚を前提に…お、お付き合いをして欲しい…」
と蚊の鳴くような声で想いを放り出した。
「あ…」
「いや、すまない、いきなり結婚とは堅苦しいと思うだろう。でも…僕は、一生ひとりの人と添い遂げたいと…ゆ、夢みたいなことだが…父と母を見てそう思っている」
「そうですか…」
「ど、どうだろう…いや、答えはまた今度で良い。早急過ぎたんだ、なんだか…のぼせ上がってしまった、本当に経験が乏しくて恥ずかしい…ちょっと仲良くなったからといってこんな…す、すまない、やっぱり忘れてくれ」
ぱっと手を開いたら和臣さんの体温を貰った私の手がレバーへと降りる、思わせぶりに丸っこい先端を撫でてみても良いけれどその先は期待できなさそうだ。
「…そう、ですか…分かりました。すみません、差し出がましいことを申しました…」
「え、あ、うん…」
さてどうしたものか、押して引いての駆け引きなんて和臣さんは熟知してなさそうだが彼は今引いた状態だ。「でも諦められない」と縋ればとっととカップルになれそうではある。
しかし私は真剣交際など求めてはいないのだ…都合良く性欲を発散してくれる人形として扱ってもらうことが任務なのだ。
「(まぁ真面目な人だから想定内ではあるけど…こんな早い段階で結婚の話を出してくるのは驚いたな…)」
仕切り直しかと体勢を戻し発進に備えたら、さっきから妙に息の荒くなった和臣さんが歯を食いしばり「ふー、ふー」と掠れた呼気を漏らし始める。
額には脂汗、
「…和臣さん?」
と声を掛けたら
「すまない、」
と彼は車を降りてコンビニへと飛び込んだ。
「……え?」
さては腹を壊したのか、海鮮丼はどれも新鮮で美味しかったし元に同じメニューを食べた私はぴんぴんしている。
私と話をしている間も迫り来る便意と闘っていたのかと思うとまた一層彼が可愛らしく感じる。
車のキーはコンソールボックスに置いてあるしどれだけ時間がかかるか分からない、私はとりあえず運転席へ移動してエンジンを切った。
そして和臣さんの窮地を救ったコンビニ様へ礼を尽くそうと、何かしら買い物をするために建物へと入る。
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