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14章…悪い人
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しおりを挟む「なんの…ために…」
「なんのって…君を妊娠させるために決まってるだろう」
「………な…」
「そうでもしないと結婚できなかったんだから…強行姿勢を取ったんだ。妊娠させるにあたって飲み薬が気になり、そこから調べ始めたのが最初だ。僕が薬に執着しても怪しまれないようにケースをプレゼントして。中出しするように徐々に移行して…デートをしない日でも投薬時刻には君と一緒に居るようにした。君の部屋を必ず訪問して、毎晩偽薬を飲むところを見届けた。ピルは飲み飛ばしたら効果は下がるんだろう?生理周期から考えて排卵期に当たる頃に連泊で君を抱いて…時間はかかると思ったがね、上手くいくもんだ…しかしいつバレるのかと気を揉んだ、という話だよ」
まるで武勇伝みたいにやり切った顔をする、カッとなった私は人生で初めて人に手を上げてしまった…命を軽んじるこの憎らしい男の頬を殴った。
「こ、子供を…人の命を何だと思ってますの⁉︎」
「痛いなぁ」
私の力なんて知れている。
けれど気を抜いていた和臣さんは首ごと振れて、口の端から血混じりのビールがつつとワイシャツの襟に垂れる。
私をものにするために妊娠させる、命を発生させる。
その身勝手で人道に反する行為に虫唾が走り体の震えが止まらない。
あの時私は本気でこの子を消そうと思っていたのだ。
ここまで大きく育った我が子に対してその過去が申し訳なく感じて自らを恥じた時もあった、上手く育てられるだろうかと眠れない夜もあった。
それでも頼もしい伴侶と家族の支えによってもう少しというところまで来たのに…どうせなら墓場まで持って行って欲しかった。
こんなことで心を乱したくはなかった。
「こんな形で…道具のように作られた子が幸せになれるわけ…ないじゃ、ない…」
「幸せにするさ、聖良もろともな」
「やっぱり和臣さんは…貴方はご隠居さまの立派な後継者ですわ、こんな腐ったことをして…信じられない…」
「うん、だから言ってるだろ。清いだけの人間じゃないんだ…良いかい、聖良。君は僕という人間を買い被り過ぎだ」
「……」
「僕は誠実で真面目だと言われる、自分でもそう思っている。でもそれが僕の全てでは無い。こんな一面だって…あって当然だろう、それを表に出さないだけだ」
白けるというか言葉が入って来ない、じくじくと腹が痛くて目眩までしてくる。
もしこの話を妊娠初期に聞かされていたらショックで大変なことになっていたのではないか。
酔ったとはいえ守秘を貫徹してくれなかった彼への不信感は拭えない。
「…すまない」
頬を摩りつつ和臣さんは肘杖をついて頭を抱えて、
「君を得るために計画的に身重にしてしまったのは申し訳ない。僕の都合で君の人生を変えてしまった。…けれど君は僕の満足のために存在するんだ、これまでもこれからも…僕を見限るならそれでも良い。もう臨月だし僕は何としてでも聖良と家庭を作る。許してとは言わない…僕を騙してた君と同罪だろう」
と目元を押さえる。
もしかして酒の勢いに任せて告白してしまおうとの作戦だったのか、よくよく考えれば和臣さんはビールでそこまで我を忘れハイになるほど酔ったりはしない。
真面目な人間じゃないと言いつつも悪事に良心が耐えかねたのか。
ニュースで運良く妊娠に関わることが扱われたから今夜暴露してしまったのだろうか。
「重さが違いますわ…和臣さん、あの、私を騙したことを後悔してらっしゃったんですか?」
私が努めて穏やかにそう尋ねれば、彼は
「…していた…自分の欲のために君を……すまない、本当に…」
と掠れた声で頭を下げた。
「……」
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