つまりは君は僕のモチベーションなわけで

茜琉ぴーたん

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ステージ10

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『宮前くん、聞いたよ、宇陀川くんをめたんだって?』
終業前に本社人事部の嬉野うれしのさんから着信があり、出てみるとなかなかに物騒な文言を吐かれた。
「人聞きの悪いこと、言わないで下さいよ…でもラッキーでした」
『無線でセクハラをばら撒いたって聞いたけど…詳しく聞かせてくれる?』
「…目の前で妻を侮辱するもんですから録音しようと思ったんですけど、問い詰めても言質げんちを取るのは難しいだろうから、なるべくみんなの耳に届けばいいなって…そう思ったんです。それなら館内放送か無線がいいなって。でもさすがにお客様を巻き込むのはどうかと思うし…内線機も近くに無いし…宇陀川さんは、スラックスの形が崩れるのが嫌だって理由で、トランシーバーをベストのポケットに入れるんですよ。それで倉庫整理でベストが汚れるからあの人は脱いでた、つまり丸腰だったんです。だから僕が近付いて声が拾える位置取りをして…ご高説をスタッフの耳へ届けてあげたんですよ」
 もし奴がトランシーバーを付けていれば何か理由を付けてイヤホンを外させたりコードを切るとかしていた。とにかく奴に気付かれずに問題発言を喋らせることが目的だったのだ。
 マイクは僕の襟元に付いているから声も簡単に拾えたし、照明の少ない倉庫では僕が片手でトランシーバー本体の発信ボタンを操作していることもバレにくくて助かった。
『ふーん、策士だねぇ…ともかく、実際に話題に上がってた女性陣がいよいよ立ち上がったからさ、細かい案件の証言も取れて…宇陀川くんは降格の上で本社管轄の店舗で鍛え直しかな』
「そうですか、良かったです」
『人員の浄化ができたよ。…スパイみたいなことさせて、悪かったね』
「いいえ、それより担当の方を派遣してくださってたからここまで上手くいったんです…ありがとうございます」
 成果が目に見えづらい人事業務、嬉野さん達側としても今回の捕物とりものは旨味があったのだろう。僕は嬉野さんこそ策士だと思っているが言わないでおく。
『さて…レジのフロア長が空席になった、僕が次に言いたいことは分かるかな?』
「…『昇進する気はあるか?』、でしょうか」
『ふふ、正解!』
「やった、ありがとうございます!」
『でもレジじゃない、そっちは黒物のフロア長に入ってもらうよ。宮前くんは黒物のフロア長に繰り上がって欲しい』
「わ、あ…ありがとうございます!」
『僕と、君の上長からの推薦だよ。真面目に仕事してきたからね、そういう子は報われるようにしてあげたいんだ。君も、上に立つからには頑張ってる部下をしっかり見てあげてね』
「はい、分かりました…」



 遂にフロア長就任が決まった、僕は帰宅してから里香ちゃんにありのままを報告するも彼女の反応は渋かった。
「そんな危ないことして…岳美たけみくんまで変な疑いかけられたらどうするの、」
「だってアイツ邪魔だったんだもん、僕の声は無線に乗せてないんだ、上手にできたよ」
「……ずる賢い」
「ハラスメント野郎が消えた、フロア長の座が空いた、一石二鳥、ウマウマだよ」
 るんるんと着替える僕を眺めながら、里香ちゃんは
「……岳美くん、昇進することの方が目的だったんじゃないの?」
と痛いところを突く。
「違うよ、アイツが降格したからって僕がそこにはまるとは限らないでしょ?怒らないで、結果オーライって話だよ」
と答えたものの、腹黒い僕は唇を噛み込んで本当の表情を隠した。
 里香ちゃんを助けたかったのも本心、働きやすい環境にしたかったのも本心、フロア長に空きを作りたかったのも僕の本心だ。
「んー…未だに腹の底が読めない」
「ふふ…という訳でさ、準備期間と研修合宿含めて就任は2ヶ月後なんだ、予定日よりは早いんだけど…研修で留守にするから、早めに里帰りして向こうにお世話になった方がいいと思うんだよ」
「そう…か、私ももう少しで産休入るし…うん、言ってみる」
「僕が言うよ、前より子供の分もお世話をかけるんだ…一緒に行ってお願いしよう」
 息子を抱いて里香ちゃんのおでこにキスをして、僕は信頼を取り戻すべく紳士的に笑って見せる。
「…しっかりしてるね…泣き言吐いてた新人の頃が懐かしいよ」
「もうすぐ7年目なんだ…強くなったんだよ、部下ができるんだ…厳しくならなきゃね」
「……ほどほどにね」
 そうだね、宇陀川のようにはならないよ…それだけは堅く心に誓い、妻の用意してくれた夕食に舌鼓を打った。
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