303号室の熊さん〜純情巨漢は私の救世主でした〜

茜琉ぴーたん

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1・303号室の猛人

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 お掃除はしないがゴミ袋のストックだけはある熊倉さんは、いつの間にかまたヘッドフォンを付けていた。
 在宅ワークとかフリーランスの何かとかなのかもしれない。私が着ているこの服も、決してリーズナブルなものではない。ポイポイ投げている衣類の中にも、高そうなものが混じっている。
 稼ぎがあって環境に無頓着な人なのだろう、そしてとても大らかな人。それか人に無関心な人、こだわりの無い人なのかも。

 さくさくとお片付けを進めて、衣類は掬い終わった。そこで洗濯機の完了ブザーが鳴った。
 熊倉さんは耳を塞いでいるから聞こえていない様子、私も区切りの良いところまで片付けようとすぐには動かない。
「(…楽しい)」
 元カレの部屋はこんなに散らかっていたことは無い。沢山の物の中から特定の物を見つけてピックアップする作業が、こんなに面白いとは思わなかった。
「(マッチングパズルみたい…ふふっ)」
 私は家事能力が高いところが元カレに評価されていた。むしろそこしか長所が無かったのだと思う。抱ける家政婦、そんなところか。
 結局あの部屋に私の私物は今日履いて来たズボンしか残っていない。衣類だけ残して霧散なんてファンタジーチックで良かろうか。

 尚もポイポイとゴミ山を仕分けしていると、熊倉さんが「おいおい」と声をくれる。
「あんた、まだやってんのか。洗濯終わったろ」
「キリの良いところまでって思ったらキリが無くて」
「…労力を無駄にすんなって…済んだんなら帰りな、キレイになったわ。ありがとな」
 3割くらい嵩が減っただけで、こんなに喜んでもらえるなんて嬉しい。
 つり眉をハの字にして呆れ笑いする熊倉さんは、可愛らしかった。
「タブレットの件を、きちんとしたいんです」
「請求なんてしねぇって、それかこの掃除でトントンだ」
「私のお掃除にそんな価値は無いんです、お願いします…弁償させて下さい」
 ムッと食い下がると、熊倉さんがゆらり立ち上がる。照明の下に立たれると影が大きくて、最初に見た時のように逆光で彼の表情が見えなかった。
 熊倉さんは「はぁ~」とため息を吐き、
「あれ、20万すんだよ。修理でも数万は掛かるだろうな」
と壁際のタブレットを指差す。
 平凡な会社員の私からすれば、まさに贅沢品という感じがした。必需品なら仕方ないが、私にとってタブレットは娯楽に使うものに他ならないからだ。
 高価なものを壁際に積んでおくなんて、熊倉さんの管理にも不備はあったと思う。彼が言うように、いずれ自然に倒れて壊れていたかもしれない。けれど未然だから不毛な話だし、プロの清掃業者さんは私のようなヘマはしないだろうからお掃除しても壊したりしないだろう。
 何より破損させたのは私、それだけは確実な事実なのである。
「え、あ…そう、ですよね、大きいですもん…も、もしかしてお仕事に使われてるんじゃないですか、だとしたら絶対に弁償を」
「使ってるけど、管理が杜撰ずさんだった俺も悪いから…だから良いんだよ」
「でも、私が割ったんです…お願いします、払わせて下さい…」
汚い床に足を揃え、最敬礼にて請う。
 気が済まないし人として間違ったことはしたくない、寛大な熊倉さんに頼りっきりではいけない。

「ふん」
 ゴミ山を踏み分けて、私の視界に熊倉さんの素足が入る。大柄な体躯を支えるだけあって逞しい足、しかし日に焼けておらず色白だ。
「あんたさ、」
「はい……ぁ、」
下げたままの私の頭に、ごつごつした手が触れる。
 反射的にビクッと肩が跳ねるも、失礼かと我慢した。
「もし俺が、"カラダで返せ"とか言い出したらどうすんの?ホイホイヤらせんの?」
 首に降り注ぐ低い声、ゾワッと全身に悪寒が走る。この大きな手に力がこもれば、私の腕も腰も簡単に折れてしまいそうだ。この巨体に押し倒されたら、非力な私ではとてもじゃないが押し除けられない。
「あ、えっと」
「服なんか捨てちまえば良いだろ、汚れたんだから…帰りたくねぇように見えるぞ。隣でサカってる元カレたちみてぇに、俺と愉しむか?あ?」
 ばくばくと高鳴る心音、合間に隣室の女性の声が挟まれる。
 身に迫る恐怖、しかし今夜は色んなことがあり過ぎて頭が上手く回らない。ぼんやりと「随分とロングプレイだな」なんて感想が浮かんだ。
 そして確かによくよく考えれば、汚れた衣類は捨ててしまえば良かったのだが、この時の私はそこまで頭が回ってなかった。妙に冷静なつもりでも、やはり動転していたのだろう。

 私が動けずにいると、熊倉さんは私の後ろ頭をぺちと叩き
「固まんな、じょ、冗談だからな、男は危ねぇんだから、軽々しく下手に出るんじゃねぇぞ」
と謎に慌て始める。
 やはり悪い人ではないな、とこっそり安心してしまった。
 そして熊倉さんは私に詫びさせたいのではなく、帰って欲しいのだと…やっと気付く。
「…すみません、いきなりお邪魔して、長居をしてしまって…」
「いや、のんびり仕事してるだけだから居る分には構わねぇんだけど…不用心だろ、女子が知らない男の部屋に居るのは」
「…お仕事、夜になさるんですか」
 予想通り在宅仕事らしい、しかし時刻は夜の9時を回ったところだ。
 自分の無防備さに関しては触れずに、頭を上げ腰を伸ばしてそちらに食い付く。
「あー…俺、物書きなんだ。小説家、というかもっとライトな」
「ライトノベルってやつですか?」
「まぁそうだな」
「すごい…」
 なるほど、在宅でするお仕事だ。お部屋を散らかしてしまうものぐさなところも、クリエイターっぽい感じがしてくる。
「ここは仕事部屋なんだよ、だからそこまで愛着も無くて…片付けしてねぇのは俺がだらしないだけなんだけどな」
「小説で生計を立ててらっしゃるなんて…すごいです…」
「流行りに乗って1発2発当てたんだ、ラッキーだったんだよ」
 謙遜はなさるが、その1発を当てるのがどんなに大変なことか。私は小説には明るくないが、創作畑の生みの苦しみについては話を聞いたことがある。
 きっと熊倉さんも、日々苦悩しながら作品作りに取り組んでいらっしゃるのだろう。
「(読んでみたいな)」
 色んなことがあって疲れてハイになった私は、もういつ帰っても同じだしとひと休みしたくなった。
 元々が元カレの部屋に泊まる予定で、スキンケア用品も準備はある。熊倉さんのお部屋に泊まりはしないが、もう少し居させてもらっても良いかなと考えていた。

「…読んでみたいんですが」
「あ?ダメだ」
「どうしてですか」
「恥じぃだろ」
「自分からラノベ作家とバラしたのに…あ、あのタブレットはもしかして挿絵用に?」
 またもや話はタブレットのことに、熊倉さんは首を縦に振る。
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