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1・303号室の猛人
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「あぁ、編集からの頂き物なんだよ、挿絵のラフ描いてみろって。前にコミカライズ…俺の小説の漫画化な、してもらった時に、イラストレーターさんとやり取りするのにデジタルの方が便利だからって貰ったんだ」
「…あの、弁償」
「だーから、良いって。挿絵の指示と直しだけならメールでも済むしな」
「こちらも気が済まないのですよ…じゃあ、もっと片付けさせてもらっても良いですか?」
困り顔で尋ねれば、熊倉さんは不機嫌顔で「何でだよ」と返す。
「私に働かせて下さい。それでタブレットの弁償ということにして下さい」
「しつこいな」
「やらかしたことの責任は取りたいんです」
「……どれくらい片付けるつもりだよ」
ゴミ山は一部"ゴミ平野"くらいにはなだらかになった。けれどまだまだ山地が多く、床は見えない。
「全部です」
「何時間掛かると思ってんだ」
「夜通しなら、大丈夫ですよ。連休ですし」
「あんた、何でそんなに働きたいんだよ…」
当然のように呆れる熊倉さんへ、私はこう答える。
「私、お片付けやお料理くらいしか取り柄が無いんです。労働力でしか尽くすことが出来なくて」
うちの親は共働きで家を空けがちで、私は小さい頃から家事を自発的に行なっていた。4つ下に弟がいるのだが、彼が保育園に通っている間は母も比較的早めに帰宅していたように思う。
弟が小学生になったら母も父と同じく夜まで仕事をして、弟のお世話も必然的に私が任されるようになった。と言っても、食事や洗濯くらいのものだが。
褒めてもらえたしお小遣いも貰えた、けれどそれが当たり前になるとお礼を言われなくなった。淡々と家事をして学業に勤しみ、お小遣いは増えるばかり。財布は潤っても、評価を貰えないことは虚しくて寂しかった。
だからなのか、昔から私は人に尽くすことで喜びを得てしまう。報酬よりも、認めてもらいたい。
他人事みたいに言うが、冷静に考えてそうなのだ。
親、友人、同僚、彼氏。良いように使われたり、「そんなに謙らないで」と注意されたり。
結局初彼氏にも都合良く使われて捨てられた訳だが、これは性分なので変わらないと思う。
「尽くせなんて言ってねぇだろ。もっと自信持てよ」
熊倉さんは面倒臭そうに、玄関に続く廊下へと出る。
追い出されるだろうか、摘み出されるだろうか。
ゴミ袋を握ったまま固まっていると、
「おい、来てくれ」
熊倉さんは台所スペースから私を呼んだ。
「はい、」
「ゴミ袋は置きな、」
「はい…」
「メシあっためてくれ。あんたも食って良いから」
熊倉さんは高い吊り戸棚からプラスチック製のカゴを降ろす。
中には色んな種類のレトルト食品が詰まっていた。
「…私も、良いんですか?」
「腹、減ったろ。まだ働いてもらうんだから、腹拵えしとけよ」
それはお片付けを続けて良いということだ。
私はパァッと気が晴れて、
「はいっ!」
と大きく返事が出来た。
「…静かにな」
「あ、はい…」
パックのご飯とカレーのレトルトがあったので、2人分取り出す。
そうすると熊倉さんは恥ずかしそうに、さらにひとつずつ取り出してカゴを戸棚に戻した。
「大食漢なんだよ…あんたは、人並みに食えるのか?」
「はい、少食ですが…今日は食べられそうです」
「ん。そこ、レンジあるから」
「いえ、お鍋ありますか?湯煎で温めます」
電子レンジだと温めムラが出来やすいし、次々と出し入れしていては付きっきりになってしまう。
湯煎ならご飯もカレーも一気に温められるし、出来上がりが同時だ。どうせだから、私は熊倉さんと揃って「頂きます」を言いたかった。
「鍋か、ちっこいのしか…いや、土鍋なら」
「それで大丈夫です。きちんとお片付けもしますから」
熊倉さんはクッキングヒーターの下の棚から、箱入りの土鍋を取り出して床に置く。
「これも貰いもんで…1回だけ鍋パーティーした以来だな」
「普段は本宅で食べるんですか?」
「本宅っつーか、実家だよ。余程ひもじくなったら帰るな、それかコンビニ、あと外食だ」
ゴミ山のゴミはインスタント食品の容器ばかりだった。飲み物は同じお茶のペットボトルばかり、こだわりがあるのか、もしくは箱買いしているのかもしれない。
私は受け取った土鍋に水を注ぎ、クッキングヒーターに掛ける。熱源は問わないようなので助かった。
「へぇ…分かりました。ここは様子を見ながらお片付けも進めますので、お仕事に戻って下さい」
「…皿はそこな…よろしく」
「はいっ」
微かに笑い声が聞こえた気がする。
気恥ずかしさを抱きつつ騒音への注意をしつつ、居室入口付近のゴミ山を崩していった。
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