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1・303号室の猛人
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湯が沸き、その中にパックご飯を並べていく。
「(15分ね)」
時計を見ながらお部屋のお片付けをして、残り3分のところでカレーのパウチを端に滑らせ投入する。
そうして片付けつつ待ち…指示された棚から一番深くて大きいお皿を1枚準備した。ひとり暮らしの男性だからペアで揃えてないのも自然だ。
お皿にパックご飯をふんわり移し替え、たんまりとカレーを掛ける。2つずつだからなかなかの量だ。
私は手頃な食器が見当たらなかったため、ご飯はパックのまま食べることにした。汁椀にカレーを出し、カトラリーはお箸を選択する。
「お待たせしました」
カレー皿とスプーンを手に、熊倉さんの肩をちょんちょん突く。
熊倉さんはヘッドフォンを外し、手首に着けていたヘアゴムで半端に長い髪を1つに括った。
「ありがとう、頂きます」
「いえ、私も頂きます」
さて、ご挨拶はしたがこのお部屋にはダイニングテーブルが無い。壁に折り畳み式のものがあるのだが、そこはまだゴミ山である。
「…あんたのは?」
「私のは、まだキッチンに」
「そうか…皿、無かったろ、ごめんな。ひとつずつしか持って来てねぇから」
「いえ、お椀をお借りしましたので…食べてて下さい」
そそくさと、私は台所に戻る。
座って食べたいが、椅子も無し。
私は先ほどの土鍋が収納されていた丈夫な箱を床に置き、その上にご飯とカレーを置かせてもらった。
「(頂きます……揃っては出来なかったな)」
ささやかに手を合わせ、お椀を左手に持つ。
ご飯をブロックのようにお箸で切り分け、カレーにドボンして崩れないうちに口に運んだ。
「(美味しい……ん?)」
静かにパクパクしていると、ドスドスと足音が近付いて来る。
「おい、どこ行った……おい、何で床で食ってんだよ!」
熊倉さんは眉を吊り上げ、慌てて私の御膳を持ち上げる。
「すみません、座る所が」
「作る、テーブル出すから、んな貧相なことすんな!」
「……」
貴方が散らかしているから場所が無いのですが、とは言わずに黙って立ち上がった。
熊倉さんは片足でゴミ山を蹴散らし、ダイニングテーブルの脚をつくスペースを作る。
「これ、広げて、畳んである脚が裏にあるから、開いて」
「はい、はい…」
言われる通りにテーブルを開くと、熊倉さんはそこに土鍋の箱を降ろした。
「悪かった、配慮が足りなかった」
「いえ、勝手にお邪魔してるのは私なので」
「…あんた、元カレとか親から変な扱いでも受けてたのか?良い子が過ぎるぞ」
熊倉さんは壁付けのダイニングチェアも開いて、「座れよ」と促してくれる。
私は大人しく座らせて頂き、熊倉さんもデスクへとノシノシ戻った。しかし彼はチェアをクルッと回し、私の方に体を向けてくれる。
「……」
「人との食事は久しぶりだ…改めて頂きます」
「あ、頂きます…」
この人は、私が自分のカレーを持ってお部屋に帰って来るまでお皿にスプーンを付けていなかったらしい。
私と食べるために待っていてくれたんだ、じんわり胸が熱くなった。
「…美味いな、」
「…レトルトですので」
「あんたの温め方が上手なんだろ。俺がしたら飯はベチャベチャだぞ」
「…そうですか」
「あんた箸使いが上手だな。悪いな、スプーンも1本しか無くてな」
「いえ、おひとりならそんなものですよ」
もぐもぐ、お箸でカレーを食べる。
「器用だなぁ、ん、美味い…」
私が一杯を食べている間に、熊倉さんはガツガツとスプーンを口に運び、2人前を平らげた。私はその見事な食いっぷりに途中から見惚れてしまい、お箸を持つ手が止まってしまっていた。
「ご馳走さま、美味かった!」
「お粗末さまです」
「…人と食う飯は美味いな、部屋もキレイになってるし、空気が美味い気がするぞ。あんたも、ちゃんと食えよ」
「はい、はい…」
コロコロしたカレーご飯をもぐもぐ、蒸気でバラバラになったお米はお椀にそのまま放り込む。お箸の先を揃えて食べ残しが出ないよう、なるべく綺麗にお椀を空にする。
熊倉さんは私の食事は見ないようにしてくれて、しかしチラチラと視線は感じた。
「…ご馳走さまでした」
「ん、ありがとうな」
「いえ、片付けてから、お部屋のお片付けも続けますね」
「あぁ、ゆっくりな」
カレー皿を回収して、手狭なシンクへトンと置く。
「(お礼も、頂きますご馳走さまも、言われたの久しぶり…嬉しいなぁ)」
元カレは、お世話をするうちにお礼も挨拶も口にしなくなった。「あれ作って」「これ食べたい」の催促だけは一人前で、作っても労いの言葉は無かった。
実家と同じくそれが当たり前になっていたから、熊倉さんからお褒めの言葉を沢山貰えて…本当に心が震えた。
土鍋を洗って作業台に伏せる。お皿とお椀、スプーンとお箸も洗って小さな水切りカゴに収めた。
「(そうだ、洗濯物)」
洗濯は終わっているが、持って帰るにしてもその時間が読めない。
ならば干させてもらおう、ハンガーを借りて浴室に吊るした。ショーツだけは恥ずかしいので丸めてバッグに隠す。
帰る頃にはカビているかも、でも元カレに抱かれるために穿いて来たそれは駄目になっても惜しくはなかった。
「(あの大量の洋服、どうしよう)」
居室の隅に積んだ、大きい洋服の塊を覗き見る。
私が両手でやっと掴めるくらいだろうか、一着一着が嵩張るので畳んでもなかなかの量だろう。
家電付きだから設置してあるだけで、熊倉さんはこの洗濯機はあまり使ってないと思う。清掃業者さんが入った後もあのようになるのだろう、おそらく熊倉さんは自分では洗っていないはずだ。お金はあるようだから、クリーニングにまとめて出しているのかもしれない。
とすればこれも私が担おうかな、向かいにコインランドリーがあるので運ぶ算段を付ける。
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