303号室の熊さん〜純情巨漢は私の救世主でした〜

茜琉ぴーたん

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2・森のサイン会

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「妙義先生、最近作風が変わったって評判ですけど、彼女さんのおかげなんですねぇ」
開き直ったのか、森野先生は軽快な語り口でこの場を支配する。
 もう再雇用を確信しているのだろうか。
「…新しい世界が拓けたのは事実だよ」
熊さんは海老天を残して野菜から攻める私を、生温かく見下ろしていた。
「なるほど…それなりにお可愛い彼女さんですもんね。手近な所で探した感じの。この調子なら、あのハーレムものも改善されるかもしれませんねぇ」
「改善…そんなに悪かったか?」
「えぇ、モテない童貞の妄想を煮出したような内容でしたからねぇ」
「…すまんな、ネタ切れ気味だったから安直なハーレムに走ったんだ。あと俺の諸々の経験不足な」
熊さんは無茶苦茶な展開の挿絵を頼んでしまった申し訳なさから、そして自身の不甲斐なさを恥じて詫びた。

「(この人、どういうつもりだろう)」
 さっきから、というか最初から、自分がお仕事を貰っている作家に対しての言葉ではないように思う。作品批判だし、熊さんの人格や生活を否定するような物言いにモヤモヤする。
 契約更新の希望はもう捨てたのか、頑なに食べない熊さんを見て諦めてしまったのかもしれない。
「(そもそもの性格が、う~ん)」
 これはあれだ、クラスの陽キャが陰キャに対して行うマウントに似ている。
 その言葉が生まれてから学内・学級内ヒエラルキーがより鮮明かつ極端になった。性質で上も下も無いのに、区分けされて区切られて。
 かく言う私は学生時代は陰寄りでモブみたいなものであった。成績も見た目も、大人しく突出して秀でたところも無く。
 本当に根から明るい子は分け隔て無く接してくれたが、意識して陽キャを演じている子からは存在を無視されたりしたこともある。ただそういう嫌な子は、月日を経るごとに自ずと陽の階段を転げ落ちていた。性格の良い陽キャは陰湿な者を嫌うからだ。陽には戻れず陰には入れず、自身が馬鹿にしていたモブとして残りの学生生活を送る…そんな子を見ていたことがある。
 さてこの森野先生も、見た目や雰囲気で人を分類して扱いを変える人のようだ。熊さんを落として、一見私を上げているように聞こえる。しかしこの人の「お可愛い」は皮肉の役割で、「この程度の女で満足してやんの」くらいの悪意を含んでいるように感じた。
 今回はこの面倒なマウントと、契約切りへの報復が入り混じっているのだろう。
「…俺も、頂こう」
森野先生が焼肉弁当を半分空にした頃、熊さんもついにお箸を握って角の漬物を摘んだ。
 そして森野先生のお弁当の蓋を指差して、
「タレ、掛けないのか?」
と指摘した。
「いや、もう半分食べちゃったしぃ」
「このタレが美味いんだぞ?食ったこと無ぇのか?モグリかよ」
「ち、違う、いつも食べてる、今日はちょっと味変したくなっただけで」
「じゃあ、掛けろよ。俺も掛けるから」
熊さんは蓋に貼り付けられた液体ボトルを剥がし取り、キャップを開ける。
 そして焼肉弁当の箱の角の窪みに、タレを少量垂らした。
「……」
「漬物のスペースにタレを入れるんだよ、食い慣れてるなら知ってるだろ」
「し、知ってるし」
熊さんに煽られて、森野先生もタレを外す。
 そして漬物を除けて空いた窪みに、タレのボトルをひっくり返す。
「あっ」
 しかし勢いが付いたのか、タレはビシャっと全て出切ってしまった。窪みどころか肉と下のご飯にも伝って染みて、本来ならさぞ美味しくなっただろうに森野先生は顔面蒼白になる。
「おいおい、空気抜きをしねぇから…不慣れなんだな」
「っ…僕はたっぷり掛けるのが好きなんだ!」
「半分は掛けずに食ったのに?」
「う、うるさい!あんたも食えよ、」
「あぁ、食おう…うん、美味い」
熊さんはお肉をタレにちょんと付けて、ひと口で頬張る。
 そして肉汁で茶色に染まったご飯をひと口、もっしゃもっしゃと噛む。私は熊さんのこの仕草が好きで見惚れてしまう。外食でもお家のご飯でも、お米はひと粒も残さないし食べ方も綺麗だ。
 それに引き換え森野先生の食事マナーはなってない。よく見るとお箸の持ち方が変わっているし、食べながら喋る。タレまみれのお肉を口に入れる必死の形相、お茶で流し込む無様な姿。
 森野先生は熊さんの外見を散々にけなしたが、果たしてどちらが上品だろう。
「(熊さんのモグモグ見てると食事がはかどる…)」
私は隣をチラチラ見ては、海老天をサクサクと頂いた。
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