どうも、ネヤガワラです。

茜琉ぴーたん

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ウズ編・瀬戸内ひとり旅

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 仕事のバラシが決まったのはその予定の2日前だった。
 そのイベントに自分たちが出演することについて、協賛する企業さんからNGが出たというのだ。なんでも俺たちが過去に作ったネタにより芸風に賛同しかねると…要は支援できないと申し出があったらしい。
 これに関しては完全に身から出たサビ、笑いのポイントは人それぞれだしそう言われても自分たちの持ち味だし、分かり合えない人間はどうしても居るものだ。
 しかし、イベントの開催自体が危ぶまれるとあっては撤退するほかなかった。せっかく誘致してくれた運営には申し訳ないが縁が無かったと諦め、事務所は早々に代わりの芸人を手配してくれた。
 秋の学祭シーズンは芸人にとって掻き入れ時、劇場から飛び出した中堅の代わりに若手も出番とチャンスが増える。
 ギチギチに詰まったタイムテーブルの中に今更俺たちの入る余地は無く、有り難くもない休日と言う名の自宅待機となったのだった。

 それが決定した金曜日は何食わぬ顔で過ごして今日は土曜日。朝から劇場とロケとをハシゴし、明日をどう過ごすか彼女・志保しほに相談でもしようかと、呑みにも出ずに直帰した。
 のだが、我が家に入るといつも点けてくれている居間の灯りか消えていて、台所にも風呂にも人の気配が無い。4LDKを分け合って住んでいる相方・ナリはその恋人・鳴美なるみちゃんとデートだと仕事からまっすぐ街へ向かったので夜は留守だ。
 それは知っているのだが。
「…帰ったでー、おい、もう寝てんのか?……おい?」
 直帰と言っても時刻は20時過ぎ、体調不良で寝ていても不思議は無いが寝室にも志保の姿は無く、家中を探し回るもやはりどこにも居ない。出かけると言っていたかどうか、仕事は休みのはず。
 ちなみに何もかも不確定な情報なのは、俺がまともに彼女の話を聞いていなかったから以外の理由が無い。
 一方で彼女は俺の予定をしっかり把握していたのだろう、前もって伝えていた帰宅見込みの時間を目掛けて、一通のメールが届いたのだ。

『お疲れ様。言ってた通り実家に帰りました。明日もお仕事頑張って』

 絵文字も顔文字もない端的でさっぱりとした文面。それ自体は慣れているが、言葉を端折りすぎていてサッパリ事の経緯が分からない上に感情も読めない。
 志保は流行りのメッセージアプリはセキュリティが気になるなどと言いダウンロードしていなくて、俺との連絡はもっぱら電話かメールである。
「は……え、逃げられた…?」
 大人として相応しい生活と収入ではなかっただろう、レギュラーが決まって気が大きくなり王様にでもなった気分で家事分担もおろそかになりつつあった。彼女に注意をされても「はいはい」と生返事で仕事のことばかり考えていた。

 よく思い返せば思い当たることばかり、胸騒ぎがした俺は財布とスマホを掴んで衝動的に家を飛び出していた。どうせ明日は休み、彼女が居なければ何もする事は無いのだ。

 いやしかし情けないことに、彼女の実家の場所も朧げにしか情報が無い、とりあえずタクシーで新幹線の駅まで飛ばしてもらう。
 田舎とは言えそれなりに栄えた観光地、そこに彼女の実家はある。なんとなく最寄駅は分かる気がするが、乗り換え案内を調べるとどうも各駅停車の新幹線しか停まらない駅のようだった。
 大きな駅まで特急で行って各駅に乗り換えるプランを採用し、自由席で1時間30分の一人旅が始まった。



 さっきの文面は怒ってる風にもとれるが喧嘩をした覚えもない、一か八か
『なんの用事?きいてへん。さみしい』
とメールを送ったものの、返信は来ない。
 この間に事故でもあったか、人さらいにでも遭ったか、もしや俺はとても重要な話を聞き逃したのかもしれない。
 例えば、別れ話であるとか。
 新幹線はどんどんと西へ進んで行くのに未だ返信は届いておらず、そもそも実家に帰るというのが嘘のパターンもあるのでは、と新たな疑惑も浮かんでくる。
「逃げるんやったら行き先なんか書かへんもんな…」
 ただ悶々と、俺は数回喫煙スペースへ行っては煙をくゆらせた。

 志保との出逢いは中学生の時、向こうが親の転勤か何かで引っ越して来て同じクラスになったのがきっかけだった。
 スラリと長身細身で美しくて賢くて、一目惚れした俺は毎日のようにアタックをして毎度振られても諦めず告白し続けたのだ。
 俺たちが高校を卒業する年に彼女の親は広島の父方の実家へ戻ることになり、大阪の大学進学を決めていた志保だけこちらへ残して引っ越すことになった。
 既に同級生のナリとお笑いの養成所に入ることを決めていた俺は志保のご両親へ「一緒に住まわせて下さい」と頼み込み、相方カップルも含めて4人で生活を始めて…今に至る。
 一人暮らしよりは安全かと俺を信用してくれたのも嬉しかったし、寝ても覚めても志保と一緒に居られるのはこの上ない幸せで。
 しかしなにぶん財力にとぼしいので家計は火の車だった。それぞれにアルバイトなどして志保は大学に行きながら家事も頑張ってくれて、俺も本業を頑張りたいのだがなかなか芽が出ず月日ばかり過ぎる。
 そうして志保は大学を卒業して手堅い企業に就職、俺はそれからさらにくすぶり続けしかしだんだんと認めてもらえるようになって…芸歴11年目の夏にやっとテレビのレギュラーを勝ち取った。
 近況といえばそんなところ、まだアルバイトは辞められないが明るい未来が見えてきた感じがしていたのだが…志保は何か俺に言えない不満を抱えていたのだろうか。
「んー……皿洗い忘れたんがアカンかったか…?」

 50分ほど乗ったら最初の乗り換え、向かいのホームへ移動して7分、まだかまだかと各駅停車の新幹線を待つ。

 ここからさらに30分、乗客もそれほど居ない車内でコーヒーを飲み、ただただ暗い車窓からの景色を拝んだ。

 彼女に会って何を言うか、どんな振る舞いをするか、ご両親にきちんと挨拶をすべきか。
 いまいち考えがまとまらないまま新幹線は彼女の故郷へ到着してしまった。
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