自己評価低めの彼女には俺の褒め言葉が効かない。

茜琉ぴーたん

文字の大きさ
12 / 30
11月

12・大人の恋愛の始め方

しおりを挟む

 通話を終えた後、知佳と美月は荷物を取りに3階事務所へ上がって帰り支度をしていた。
「20分後か…まだあるわ。あ!忘れてた、チカちゃんこれ」
 美月は、カバンからミカンを取り出し2玉を知佳に渡す。これは彼女の地元の名産品なのである。
「お、もうこんな時期?」
「そう。これお高い品種なんですって」
「わぁ…すぐ食べる、カバンの中だと潰れそう。ありがと」
 ミカンの皮に爪を立てると飛沫が上がり、柑橘かんきつらしい爽やかな香りが広がる。薄皮が破れそうなので、知佳はひと房ごと歯でもぎながら食べ出した。
「美味しい…」
「ね。また貰ったらあげる…やった、タカちゃんとご飯♡化粧直しとこ」 
「そだね、ちょっと私も武装するわ」
 同郷の2人はにわかにロッカールームで戦闘準備を始める。
 知佳は時折ミカンを食べながら髪を下ろし、アイシャドーを差し、アイライナーを濃いめに入れる。化粧は仮面、不思議なもので化粧の膜を1枚隔てるだけでも自信を持って話ができるのだ。
「ご飯なぁ…ミツキちゃんが行かなきゃ無理だったわぁ…」
「…緊張する?人見知りだもんね、その人の事苦手?」
「いや、あー……行動が読めなくて、ドキィーっとする」
「え、恐いの?千早さんってどんな人?」
「ロン毛で、細身で、目力があって、口元がセクシー。飴ちゃんあげただけで、ニコーって笑うの。なんか艶かしいの。首筋とか手とか口とか!んで…歯を見せろって言われた」
「は?」
「歯。コレ、八重歯。…ギャルコスの、私の八重歯が…か、可愛かったんだって。だから見えるように笑えって、そう言われた」
「…」
美月は化粧の手を止めて、目をパチクリさせる。
 掻い摘んだ話だけだと男は知佳を口説いているようにも聞こえるし、知佳自身もその男に対して満更でもなさそうな態度である。
 むしろイチャイチャする様子を惚気のろけるようにも聞こえ、はて何が気まずいのかも分からない。
「ロン毛の人、確かにタカちゃんとよく一緒におるね、あの人ね…ふーん」
 「ドキッとする」、言葉通りに自覚してしまえば楽なのでは…しかし相手の素性もわからないし簡単に背中を押すわけにもいかない。

 2人は事務所から出て話しながら階段で1階まで降り、その間に知佳が何となくの馴れ初めを説明した。ハロウィン会の後に突如現れたこと、ギャル写真を所持していて、メンバーの事を探るためにチカの作業部屋を訪れたのだろうということ。高石経由で知佳の諸情報が漏れていること、そして出会って2回目から名前で呼ばれていること。
 美月はふんふんと聞き、千早への興味が高まると同時に、万が一にも危険な奴なら帰りの足の確保をしなければと思案し始める。
「(ギャル写真から遊び目的で声かけたんなら危険よね…タカちゃんが普通車で来るだろうけど、何かあったらあたしがチカちゃんを連れて帰らなきゃ…)…チカちゃん、あたしの車で待とうか」
「うん」
 美月は知佳を自分の車の助手席に乗せ、スマートフォンを確認してドアポケットに入れる。
「ミツキちゃん、高石さんって、男!って感じのノリする?私、オラオラ系とかウェーイな感じ苦手…」
「あぁ、タカちゃんは紳士よ、少なくともあたしといる時は。男同士なら分からんけど、それを女の前で出すほどガキじゃないでしょ」
「…そうよな、私も職場の人でギリ。基本男男オトコオトコした人って緊張する。ギャハハって笑う集団無理よ」
 元々が人見知りで出不精でぶしょう、仕事からプライベートにスイッチすると途端に知佳は対人フィルターが厚くなる。高石は配慮の利く大人だが、慣れてないので緊張が勝つのだ。
 車内で他愛もない話をしていると、退勤した松井まついが車の前を通りかかった。
 白物家電の彼は一時期は早番で来ても閉店まで事務所に残り意中の相手を待ち伏せなどしていたが、最近はめっきり大人しくなっていた。どうも狙っていた相手に恋人ができて、諦めざるを得なくなったそうだ。
 美月も知佳も、通り過ぎる松井を黙って目で追う。
「…松井さんも、自分から告白すれば彼女できるのにねぇ…」
「本当よね、アプローチしてハッキリ言わなきゃねぇ」
「…ミツキちゃん、私さぁ、千早さんにか、可愛いって言われて、結構嬉しかったんよ………ドキドキした」
知佳はもじもじとしながら、美月に本音を打ち明ける。
「あらあら…」
「これは…だんだん仲良くなって意識し出すパターンなん?思い上がり?私なんかが…自意識過剰?大人ってどうやって恋してるもの?」
「落ち着いて、チカちゃん!」
「ただのリップサービスかな…しばらく彼氏いないと、小さい触れ合いでさえ勘違いする痛い女になっちゃった…」
 知佳は自己評価が低いので、決定的に分かりやすくアピールされなければ大抵のアプローチは「勘違いみっともない」でいなされてしまうのだ。
「チカちゃん……あの…差し出がましいようだけど、言わせてもらうわ…その人に好かれるかどうかってもはやどうでもいいのよ。チカちゃんが、その人を好きかどうか、これじゃないかしら」
「うん?」
「好きかどうか、自覚…してみたらどうかなって」
「んー…ん?」
「あぁ面倒くさい…チカちゃん、かわいいって言われてドキドキしたでしょ?」
「そう…ね」
「それって好き…じゃない?」
「す………ン~」
「…もう…あくまで受け身なのねーそう…あー、うーん…」
 一方の話だけではよく分からない上に、美月は場数の割に幸せな経験をしてきていないのでアドバイスに自信も説得力も無い。しかし浮いた話がしばらく無かった同僚の頬染める姿に心打たれ、彼女なりの激励を贈る。
「チカちゃん、チカちゃんの性格はよく分かってるわ、ハッキリしたアタックがあったら考えましょう!世の中、口が上手い男はたくさんいるから。体目当てだったり、お金目当てだったり、焦ることはないから!匂わせる曖昧な事をされても、そこから更に吟味が必要よ!」
「………!うん…!」
 2人きりでも言葉を崩さず伝えてくれた妙に実感のこもった美月の助言を、知佳はありがたく心に留めるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

シンデレラは王子様と離婚することになりました。

及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・ なりませんでした!! 【現代版 シンデレラストーリー】 貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。 はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。 しかしながら、その実態は? 離婚前提の結婚生活。 果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。

三年間片思いしていた同級生に振られたら、年上の綺麗なお姉さんにロックオンされた話

羽瀬川ルフレ
恋愛
 高校三年間、ずっと一人の女の子に片思いをしていた主人公・汐見颯太は、高校卒業を目前にして片思いの相手である同級生の神戸花音に二回目の告白をする。しかし、花音の答えは二年前と同じく「ごめんなさい」。  今回の告白もうまくいかなかったら今度こそ花音のことを諦めるつもりだった颯太は、今度こそ彼女に対する未練を完全に断ち切ることにする。  そして数か月後、大学生になった颯太は人生初のアルバイトもはじめ、充実した毎日を過ごしていた。そんな彼はアルバイト先で出会った常連客の大鳥居彩華と少しずつ仲良くなり、いつの間にか九歳も年上の彩華を恋愛対象として意識し始めていた。  自分なんかを相手にしてくれるはずがないと思いながらもダメ元で彩華をデートに誘ってみた颯太は、意外にもあっさりとOKの返事をもらって嬉しさに舞い上がる。  楽しかった彩華との初デートが終わり、いよいよ彩華への正式な告白のタイミングを検討しはじめた颯太のところに、予想外の人物からのメッセージが届いていた。メッセージの送り主は颯太と同じ大学に進学したものの、ほとんど顔を合わせることもなくなっていた花音だった。

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

残業帰りのカフェで──止まった恋と、動き出した身体と心

yukataka
恋愛
終電に追われる夜、いつものカフェで彼と目が合った。 止まっていた何かが、また動き始める予感がした。 これは、34歳の広告代理店勤務の女性・高梨亜季が、残業帰りに立ち寄ったカフェで常連客の佐久間悠斗と出会い、止まっていた恋心が再び動き出す物語です。 仕事に追われる日々の中で忘れかけていた「誰かを想う気持ち」。後輩からの好意に揺れながらも、悠斗との距離が少しずつ縮まっていく。雨の夜、二人は心と体で確かめ合い、やがて訪れる別れの選択。 仕事と恋愛の狭間で揺れながらも、自分の幸せを選び取る勇気を持つまでの、大人の純愛を描きます。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

処理中です...