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11月
13・ミカンの香り
しおりを挟む駐車場の端で松井がスポーツカーのエンジンを吹かし始めた時、出入口から車が入ってきて美月の車の横に停まった。運転席に高石が見えるが、助手席に千早の姿はない。
そして松井が発進して数秒後、出入口で入れ違いにバイクが入ってきて数珠繋ぎに高石の隣につけて停まった。
仕事着の上に黒のMA-1を羽織り、メットからはみ出す長い髪、言うまでもなくそれは千早であった。
彼はバイクからひょいと降りると、美月の車に近寄り顔を近付けてまじまじと眺める。
「おいおい、これ、あんたのか?いかつー、おねえちゃん、やりよんなぁ」
愛車を褒められた美月はご機嫌で
「いいでしょ、お下がりだけど気に入ってるの」
と応える。
「さっきのといい、マンガみたいやな」
それは松井の車を指しているのだろう、2人は何か車の話をしているようだった。
知佳も降りて、ゆるりとした部屋着のような私服に着替えてきた高石に話しかける。
「高石さん、なんかすみません、お帰りだったところを」
「ええよ、俺もミーちゃんとメシ行きたいと思てたから」
「ミーちゃん?…そう呼んでるんだ…かわいい」
「顔はキツそうやけど、中身可愛いやん、敢えてのちゃん付けよ」
「いいですねぇ萌え…ミツキちゃん、最近更にキレイになって…」
「俺の、おかげやね」
高石はキリッと言い切る。
「さすがさすが」
知佳は何となく、この人とは波長が合いそうだと感じた。
しかし身を屈めてコソコソと話す高石に美月が近寄って、
「タカちゃん、チカちゃんに近付かないでちょうだい、どこに食べに行くか決めましょう」
と2人を引き剥がす。
話し合いの結果食事は国道沿いの鍋屋に決定、そして千早の要望により、美月の愛車で店まで行くこととなる。地を這うような低い車高の、国産スポーツカーである。
「じゃあチカちゃん…あ」
男2人を後ろに詰めてやろうと企んでいたのに、高石が助手席へ、知佳がその後ろへスッと乗り込んでしまった。美月は暗がりでひとり「えぇ…」と呟く。
「(なんでタカちゃんがそこ座んのよ…)」
ほくほくの高石をキツい目力で睨み、空いた運転席の後ろへ収まった千早をルームミラーで確認する。暗がりで顔の陰影がくっきりとして、細かい表情は読めないが男の機嫌は良さそうだった。
「よし、シートベルトしてね、出すわよ」
えぐいほど大きなエンジン音を立てて、美月は駐車場から車を出す。
「チカちゃん、鍋好きやんな、良かったね」
不甲斐なさに消沈していた千早は高石の計らいにすっかり上機嫌で、知佳の方をしっかり向く。
一方、千早とこの距離で話すのは初めてで、知佳の緊張はじわじわと高まっていた。
「いや、好きではなくて、楽だからよく作るって話…」
「ポン酢よぅけかけて食べな、好きなんやから」
「…はーい」
「あれ、怒った?チカちゃん」
「怒ってないです……いや、それを言うんなら……なんでさっき私が答えるの待たずに帰っちゃったんですか?千早さんこそ、何か怒ってるんじゃないですか?」
肯定されればショックを受けるくせに、知佳は事務室での出来事に触れ隣の千早を見上げて口を尖らせる。
「んーー…」
美月は後ろをチラチラと気にし、高石も割って入るべきか考えていると、
「怒ってへんよ。なーんもあらへん」
と小首を傾げて知佳を見下ろし、千早は優しくそう言う。
「はぁ」
「気ぃ遣わせてもうてすまんね、堪忍やで」
「答えになってないんですけど。私、話し中顔も見ずに失礼なことしちゃって…」
「ちゃうちゃう…高石に急かされて、帰ったんよ」
「……そう、ですか…?まぁ怒ってないなら…いいです」
巻き込まれた高石は助手席で美月の鞄を膝に抱えて「俺ちゃう」な顔をした。
「…!」
しばらく走り車が左折をして大きく振れたとき、千早が
「チカちゃん、ミカン食うた?」
と何かに気付いたように尋ねた。
「エ、はい、ついさっき。…え、なんで?」
「匂いすんで。指とかに付いてんちゃう?」
「あー、そうかな…」
知佳は両手の指先を揃え、顔の前でクンクンと匂いを嗅ぐ。
これはタヌキというよりアライグマ、千早は暗闇に紛れてニンマリ笑った。
「…確かに!爪に挟まったかな……わ?」
そんなことをしていた時、交差点に進入して信号が黄色に変わり、急いでハンドルをきれば横に大きな力が働いた。
その揺れに乗じてか、知佳へ千早の顔が近づいてきて、お互いの肩が髪が揺れて触れ合う。
「…!」
知佳の視界が端からゆっくりと男の顔で満たされ、目線をそちらへ動かした時に少しだけ目が合った。
右へ向き直るも、千早はすぐ体勢を戻して
「髪、その手でつついたんちゃう?ミカンの匂いしたわ」
とへらへら会話を続ける。
「あー…」
確かにこの手で髪を直したし、皮から実から果汁の飛沫が付いてしまったのだろう、自分では分からないが香るようだ。
「(タカちゃん、今、直接嗅いだわよ!)」
ミラーで断片的に見ていた美月が左を向いて目をクワッと剥けば、
「(ぎり、ギリセーフや、ミーちゃん!)」
高石はパクパクと口と手を動かした。
・
無事に店に到着して、通されたのはお座敷席だった。
4人掛けの掘りごたつタイプの個室、女性と男性に分かれて壁側に知佳と高石が向かい合い、隣の美月の対面に千早が腰を下ろした。
メインの鍋を決めて届くのを待つ間、千早は頬杖をついたままで気怠げに斜向かいの知佳を眺める。いつもの窓越しでは目線の高さが違うが、今日は同じ高さだった。
「…チカちゃん、店にいる時より化粧してへん?」
唐突に千早が切り出すと、知佳は図星を突かれあたふたと頬を赤らめた。
「エっ、はい。してますよ」
「なんで?」
「んー、お、お出かけだから?」
まさか「貴方に緊張しないため自分を覆う仮面です」とは言えないが、小さな変化でも気付いてもらえたのは嬉しくて口元が緩む。
「ほーか」
肌の色はともかく、目元の濃さが違ったので千早は気付いたのだが、どちらかと言えば普段のナチュラルメイクの方が好みであった。そして下ろした髪、ひとつ括りでも毛量が多そうに見えたが、畝りとミカンの香りを残した豊かな髪が艶々として美しい。
そこに飲み物が運ばれてきて、美月は高石にアイコンタクトを送り、代表して高石が仕切って発声した。
「よし、まぁ乾杯や。おつかれー!」
特別な会ではないけれど口々に言葉を発しグラスを合わせ、仕事終わりの一杯はノンアルコールであれ格別であった。
鍋も運ばれてきて、ひと通りポン酢いじりもされ、時間は楽しく過ぎていく。
特に高石と千早の掛け合いはまるでラジオでも聞いているような軽快な面白さで、知佳の緊張などどこかへ飛んで、リラックスした笑みがこぼれる。
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