自己評価低めの彼女には俺の褒め言葉が効かない。

茜琉ぴーたん

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11月・恋育つ編

24・かわらずに

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 だくだくと体内に頭に脈打ち沸き立つ血液、これは興奮。
 意識すると吹っ切れた千早の行動は早かった。
「チカちゃん」
 知佳が振り向くと、膝へ頬杖をつきながらもしっかり顔を見ている千早がいて…それにビビりながらも、知佳はなるべく彼の目に近い所を見て返事をした。
「は…い?」
「俺な、前も言うたけど、ハロウィンのギャルの写真な、あれ見てチカちゃんが可愛い思てん」
「…あー、言って…ましたねぇ…」
 忘れてない、ちゃんと覚えている。「かわいい」の言葉に知佳を巡る血潮がウォームアップを始める。
「チカちゃん、俺は、充分仲良うなったと思てる。シールもここ貼ってるしな」
 千早は胸ポケットからスマートフォンをチラリと覗かせた。
「はい、さっき見ました…」
 チークの如く頬を染めるのは昂奮と、自分の写真が千早の目の保養になっているという恥ずかしさ。
「その…配送から戻ってきてチカちゃんおってな、喋って顔見るだけで楽しいのよ。癒しというか…和むというか……その、これからも変わらず…俺と仲良うしてな、」
 千早はここからの発展を願い会心の一撃を繰り出したが、残念ながらこれを言葉通り捉えた知佳の処理能力が追いついていなかった。
「………?」
 「これからも同じようにしてくれ」、これまでと何か違うのか、変わらなくていいのか、何の宣言なのか、知佳は釈然としない。
 好意を自覚する前ならいざ知らず、先程知佳が笑った後に一瞬ギラついた千早の目、鋭くて恐くて…艶かしいあの目に彼女はだいぶんやられている。
 今思えば、ワイルドでパンキッシュでエロティック、なのにケラケラと無邪気に笑う彼は彼女の萌えスイッチに日々ヒットし続けていた。なんの変哲もない自分に「かわいい」と言ってくれる、千早という存在は知佳の中で大きくなって先日やっとそれを自覚した。
 しかし問題はやはり、「千早が自分の事を好きになってくれるか」という点なのである。自分なんかに好かれて迷惑じゃないか、おこがましいのではないか、徹頭徹尾てっとうてつびそれに尽きる。
 なのでこの千早の宣言は、好意を匂わせた知佳を「これからも変わらずにいよう」と牽制した言葉であると書き換えられ捉えられた。
 事実上の「友達のままでいよう」宣言、そして図々しく好意を醸してしまっただろう自己嫌悪、知佳は冷や水を浴びせられたように頭が心がすぅといでいく。
「はい……変わらず仲良くしましょう…」

 一方それなりの覚悟で話した千早は冷静な知佳の様子にがっくりと項垂うなだれる。
「………チカちゃん…あー…どう言うたら分かるんやろか…」
 「まずはお友達からお願いします」、先を見据えた関係、どう言えば良かったのか、千早は床を見つめぶつぶつと呟く。
 ハッキリ告白して振られたら目も当てられない、しかし好意は伝えたい。
 彼がいっぱいいっぱいになったところで聞き覚えのあるエンジン音がして、表の駐車場で途切れた。
「…姉さんやな」
「そうですね」
 せっかく崩した言葉も丁寧語に元通り、しかし行き詰まっていた会話が切れたので千早にはこれで良かった。


 そこから美月と高石も合流、知佳と千早の短いデートは呆気なく終わってしまう。
 「友達でいよう」と「友達から始めよう」、言葉と心の行き違いを残して。



 焼いて、食べて、道中あったことなどを話し、知佳が片付けるためにキッチンへ立つと、美月が促して高石が手伝う。
「で?何か進展はあったの?千早さん」
「いやー…無いなぁ…」
美月の小声での尋問に、千早は口をへの字に曲げて答える。
 さっきまでのグダグダの内容も言いたくないし、キッチンに並んで朗らかに会話する知佳と高石に腹が立っているのだ。
「なによう…まったく?」
「かわいいとしか伝えられへんかったよ…」
「あらあら…」

 一方、台所。
「チカちゃん、千早と何かあった?」
洗ったたこ焼き器の水気を拭きながら高石が尋ねた。
「んー…」
「あ、何か…変なことされてへんよね?…一応…ミーちゃんが心配してたから…」
「あ、それは無いです…あの…高石さんも、変わらず仲良くしましょうね…」
「うん?うん…」
「はぁ…私たち、職場の知り合い…って言うより友達…でいいんですかねぇ…」
「そらええね、俺らみんな友達や。ミーちゃんとは恋人やけど」
「オトモダチ…か…」
 
 その後、千早は余った明石焼きとたこ焼きを保存容器にたっぷりと包んでもらい、夕方前には知佳の家を後にした。


 家路に着く千早はふと、これで良かったのか、と自問自答する。
 スマートフォンに残った知佳の写真と脳裏に焼き付く数回の笑顔、そしてメットインの中でふやけていく多量のたこ焼き。これだけでしばらくは満ち足りた生活が送れそうではある。
 もう少し仲良くなったらその時は…後退はしていない、着実に心の距離が縮まっていた。
 しかしあの知佳の表情…寂しさか切なさか、自分の言葉が上手く伝わってないのだろうが訂正しきれなかった。
 また0から始めねばならないのか、続きからいけるのか、次に職場で会うのが少し怖い。
 美月に言われた通りハッキリとしたアプローチをする他無いのだろうが…今の関係を辞めたくない、悩める千早は眉間にしわを寄せて遠くを見遣った。



 一方知佳は知佳で、風呂に浸かりながら慌ただしかった1日を振り返っていた。
 千早はやたらと自分を褒めてくれる、持ち上げてくれる。何度も訪れた不思議な雰囲気、妙な距離感、そしてあのギラつく目。
 自分は千早が好きだ、しかし彼はおそらく…それに気付いてストップをかけたのだろう。
 恥ずかしい、ちょっと仲良くなったからといって自分などが思いあがって無意識にだが好意を仄かしてしまった、次に職場で会うのが怖い。千早は優しいからこれからも普通に接してくれるだろうが、彼が商品管理室を覗かなくなったらそれが終わりの印だ。
 せめてその時まではひっそりと、隠れて想うくらい、友達として触れ合うくらいは許してほしい…そう知佳は自分の中で指針を決める。
「ふは…」

 悶々としながら風呂から上がると、美月からメッセージが届いていた。
『今日はお疲れさま。それぞれいい写真ね、チカちゃんが可愛く写ってる。ツーショットも撮れば良かったのに♡』
「うん…?」
 はて美月の指示でツーショットは撮った、千早が撮って送ったはずだ。
「………あれは…?」
 あの撮影は彼女の指示ではなかった、ということは千早が自分を騙して撮ったのか、何の為に?それは。
「あ、あ、………」
 自分が知らないところで何かが起こっていた、千早は自分と写真を撮りたかった、それは、理由は。
「からかわれてる…やだ…」

 恋の芽は大きく育ち、花が咲いても相手が居ねば実にならない。
 千早を振り向かせる、そんな高度で自信に溢れた行いは自分にはできない、知佳は想いのやりどころが無くベッドへ突っ伏した。



つづく
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