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しおりを挟むその後も魚料理にデザートと続き、コーヒーが揃ったところで富野母が口を拭き拭き手帳を開く。
「えーとそれじゃ、アユミさん。お式の日取りですけどね、半年後くらいで決めて良いかしら?」
「⁉︎」
「身ひとつでいらしてね、こちらも事業がありますから仕事を覚えてもらいますよ」
「ま、待って下さい!」
どうにも話が違う、俺は勝手ながら大袈裟なジェスチャー付きでテーブルへと駆け寄った。
「富野さま、歩夢さまはニカイドーの後継ぎでいらっしゃいます。姓は仕方ないにしても、歩夢さまはこちらの業務から離れる訳にはいきません。富野さまがそちらの事業を続けられるのは構いませんが、こちらの取締役に入って頂くことが条件となっております」
「そんな横柄な態度で良いのかしら。貴女、お見合いは悉く断られてるらしいじゃない。何か問題でもおありなんでしょう?行き遅れをうちが貰ってあげると言ってるんだから、有り難く嫁いでらっしゃいな」
あぁやはり見合い連敗は業界で噂になっているのか。
でもだからといって投げ売りするほど歩夢嬢は安くない。
「歩夢さま、」
本人に目を遣れば歩夢嬢は案外落ち着いていて、コーヒーをスプーンでくるくる混ぜては瞬いていた。
富野母は調子良く続ける。
「ニカイドーは大きな会社ですけど、優秀な方がいらっしゃるでしょうから誰かにお任せになれば良いじゃない。女は夫に尽くしてこそよ、うちの手伝いをして、時期が来れば跡取りを産んでちょうだい。息子も貴女の顔は嫌いじゃないみたいだし」
「お待ち下さい」
「うちで輸入した商品をニカイドーで売ってもらえたら一挙両得よね。いずれ事業提携って形でうちが経営陣に入ることになるでしょうし。良い話があったもんだわ~。ね、大安吉日を選んでおくわね。あ、結納金は弾んで頂いても結構よ。それでハネムーンはハワイにしなさいな。うちの別荘があるから私も一緒に回れるし、うふふ」
「……」
冗談じゃない、可愛い歩夢嬢をお前みたいなところにやれるか。
そもそもがこちらが提示していた条件と食い違っているし、下に見られているのが腹立たしい。
ほんのりニカイドーも貶された気がするし、これが愛社精神なのかと驚くほどに腹の底がグラグラ煮え立っている。
そしてそれは歩夢嬢も同じだったのだろう。
コーヒーカップをぐいと傾けて一気して、
「富野さん、今回の話、この場でお断り致します」
と吐き捨てた。
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