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しおりを挟む瞳がいやに潤んできた頃、相槌を打っていた秘書くんは料理を摘み、
「橘さんは歩夢さまのことがお好きなのですね」
とにっこり笑った。
「…え?」
「あぁ、他意はございません。仕える立場ですから、主人のことはお嫌いでは務まらないでしょう」
「そう、ですね」
「良きことです」
「…好き、ですね…」
垂れてきたハナを噛んで場は静かになり、隣の部屋から仲人殿がこちらへ入っていらした。
向こうは料理があらかた済んで、「あとは若い2人で」と庭へ出たそうだ。
「話も弾んでおりましたよ。良いお嬢さんですね」
「…ありがとうございます」
俺は料理を最後まで食べて、歩夢嬢がコケてやしないかとかヘンテコな物言いをしてやしないかとか彼女の身を案じた。
草履を履くなら俺を呼べよ、段を降りるなら俺を呼べよ。
「橘、歩きにくいから手を貸してよ」とか「これは何の花か調べて」とか俺を頼って呼び出してくれまいか、そんなことを願いもした。
しかしながらお呼びはかからず、庭の散策を楽しんだ2人はしばらくすると笑顔で座敷へと戻って来た。
いつになく和やかでほっこりとした雰囲気、2人がカップルだと言われたらそう信じるくらいに並びはお似合いに見える。
そして去り際に和臣氏は
「歩夢さん、また連絡しますので、よろしくお願いします」
と爽やかに笑って去って行った。
「…歩夢さま、お車へ」
「うん…ありがとう」
ドアを開けてやれば、尻からちょこんと乗り込む仕草が可愛い。
疲れなのか恋煩いなのか虚な目が色っぽい。
俺との空間に他の男の空気を持ち込まないでくれ、黙って車を出した。
「…いかがでしたか、上手く断ってもらえそうですか?」
今回もなぁなぁにして向こうから振らせるんだろう。
そう思い少しばかりツーカーな優越感を醸したのに、
「美術館でデートすることにしたわ」
なんて返ってくるものだから一瞬頭が真っ白になった。
「え?」
「ちょっと橘、真面目に運転してよ」
「歩夢さま、デートって」
「帰ってから話すわよ。早く着物脱ぎたいの」
「…はい…」
そりゃ好青年だったものな、おまけに県議だしこの先さらに上を目指しそうだし安泰なことだろう。
大卒で賢いしニカイドーにも良い風を吹き込んでくれるのではないか、数年後の本社会議室まで俺は想像力を飛ばしてしまった。
満更でもないのか、歩夢嬢はニマニマ笑ってはミラーの俺と見つめ合う。
俺が隣室で秘書くんと喋っている間に何があったのだ…騒つく胸を抑えて二階堂邸へとなんとか運転した。
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