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しおりを挟む「橘、お父さんが、結婚式の招待客をリストアップしてくれって」
仕事終わりのお送り中、歩夢嬢がそう言ってパンプスを脱ぐ。
ゴトゴトッとシートに塊の転がる音がした。
「お早い対応ですね…日取りも決まっているんでしょうか」
「そうかも。変なの、結婚するのは私たちなのに」
「その分だと費用も負担して下さるのでしょうか…その、会社関係者を含めると大規模な式になりそうですから。私の貯えで足りるかどうか」
「んー…親族だけって訳にはいかなそうね」
俺の親への挨拶とかもしなければならないな、外堀を埋められるというのは身動きが取れなくなって窮屈だ。
婿入りだし社長の意見には絶対なのかな、深く考えていなかったが相当に面倒くさいかもしれない。
いずれにしても後戻りはできないし、する気も無いから構わないのだが。
「そういえば歩夢さま、誓約書というか誓文書というか、あれらは破棄してもよろしいでしょうか」
「セイモン?何?」
「貴女に書かせた、言質を取るための文書ですよ。何回か書いたでしょう」
『処女です』とか『私から頼んで指導してもらいました』とか、彼女に書かせたメモは自宅に保管してあった。
自分の身を守るためだったし、何かあれば持ち出し話を良いように進めたくてきちんとしてあったのだ。
その他にも悩み相談を聞いた時の走り書きのメモだとか、香水の付いた造花のハイビスカスだとか。
無理やりに連れて行かれ撮ったプリントシール、試し撮りのツーショットのポラロイド写真、捨てづらいと理由を付けて容器に収めてある。
部屋の掃除をする度に目について、広げる度に彼女のことが思い起こされた。
そういう些細なところでも情が生まれていたんだろう、不要になった今でもたまに読み返してはほくそ笑んでいる。
「…取っておいて」
「そうですか」
「……橘って、意地悪ね。私に決定権を渡すんだもの」
「捨てるという逃げ道をご提案したまでですが」
「貴方との思い出なの、捨ててもらっちゃ困るわ」
「はい」
どちらが先に好きになったのか、どのタイミングから情から愛が芽生えていたのか。
語り合っても詮無いけれど歩夢嬢はそんなことを話したがる。
愛されて追われるのも楽しいが、愛して追い掛けるのもステータスに感じるそうだ。
あのメモも、脚色して肉付けして『二人の馴れ初めエピソード』なんかに仕立て上げてしまうのかもしれない。
「交換日記で愛を深めた」とか何とか言って。
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