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「着きましたよ。行ってらっしゃいませ……ん?」

学内の駐車場に着けて後部座席を窺うも、歩夢嬢は降りようとしない。

「う、うん…」

「どうしました、まさか受験票を」

「それは持って来た!」

「ならお腹でも痛いですか?」

「違う…緊張するの…」

 やれやれこんな三流短大の入試に緊張など…しかし初めての大仰なテストに彼女は随分と怖気付いていた。

 中学に上がる時は面接がメインだったらしく、利発な歩夢嬢は試験官からの印象も良かったらしい…筆記試験の酷さをカバー出来るくらいには。

 高校は持ち上がりだったし、それも授業態度と副教科の実技と内申点でまかなったそうだ。

「(人望とか愛嬌はピカイチなんだよな…是が非でも合格してもらわないとなぁ…)」

 うちの社長である歩夢嬢の父上は、かつて総務部の俺を訪ねて「とにかく歩夢にはどこでも良いから高校以上の学歴を」と俺に涙ながらに訴えた。

 はくとかそういう問題なのだろうか、自信は無かったが「善処します」とその時は応えた。


「(ふむ)」

 彼女が目指すのはビジネスを総合的に学ぶ学科、そこを卒業してニカイドー本社へ就職することとなる。

 店舗にも本社にも叩き上げのベテランが多く勤めていて、そこに高卒のお嬢ちゃんがポンと入って来て後継者面したら一同から総スカンされても不思議無い。

 少しでも経営の基礎を、ということなのだがしかしそうしてまで彼女を後継ぎにする意味があるのだろうか。

 できる婿を貰いお飾りでも歩夢嬢をトップに据えておけば体裁は保てるのではないかと思うのだが…まぁそれをベテランたちが許さないから勉強させたのか。


 少しずつでも積み重ねたことに誇りと自信を持ってもらい、後継者たる威厳を背負っていただこう。

 俺はエンジンを切り降りて、後部座席の扉前まで周りゆっくりと開扉した。


「……!」

引きずって追い出されるとでも思ったのだろう、歩夢嬢は涙袋を膨らませ「むぐぐ」と口をへの字に曲げた。

 こんな時でも笑窪えくぼは凹むのだな、俺は出来る限り柔らかく笑んで中腰になり、

「どうぞ」

と右手を差し伸べる。

「え?」

「お手を」

「あ、うん…何、どうしたの、こんなお嬢さまと執事みたいなこと…」

俺の手を取った歩夢嬢は、恐る恐る体重を預けやっとキャンパスに足を付けた。
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