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2…ニヤけちゃう
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しおりを挟む翌日。
「ん…?」
売り場にて待機していると、掃除機コーナーの物陰から黒い頭が覗いてつつつーと横にスライドして行くのが見えた。なんだか見覚えのある髪の毛だ。
お客さんも居ないのでじぃと目で追えば、時たま止まりながらも棚の端の方へと動いて行く。
気になったのでメーカー販売員さんに断りを入れて持ち場を離れた。あれはオーサキの栄さんではなかろうか。そんな気持ちもあったし単にお客さんだとしても何か手助けになれればと思い掃除機コーナーへと遠征してみた。
「(あれ、さっきの黒髪の人居ない……誰か…栄さんかと思ったんだけどな…)」
入れ違いになったのか人影は消えていて、しかし他のお客さんに声を掛けられたのでこれ幸いと接客に入る。
・
「こちら、お会計お願いします!」
機種の違いを説明してセールストークを繰り出して無事成約、棚下の在庫をお渡しして持ち帰りレジまでご案内した。
「ありがとうございまーす!」
大物だろうが小物だろうが自力で商品を販売できたら嬉しいものだ。ちょっとでも会社と人様のお役に立てたと達成感に浸る。
インターネットでもカタログでも通信販売で好きな物が買えるこの時代、それでも現物を見たりスタッフからの説明を頼みにご来店されるお客さんを我々は大切にせねばならない。結局のところ便利な世の中でも人との関わりが求められている。この先どれだけ販売ツールが発達してもこうした実店舗は失くなりはしないだろうと…いや、失くならないで欲しいと切に思う。
「(これもひとつの承認欲求よ…よし、在庫補充しとこ)」
棚下が空になったので時間があるうちにやっておこう、足りない商品を記憶しつつ台車を押してバックヤードへと向かえば、
「あ」
やはり見覚えのある顔が目の前の通路を横切って配送カウンターの方へと歩いて行った。
横からの立ち姿を見るのは初めてだが案外猫背気味というか巻き肩なのだな。身長はおそらく180センチ無さそうだが私を見下ろす時はだいぶん大柄に見えた。そして表情はといえばあの貼り付いた能面スマイルで、これは間違いない、オーサキの栄さんである。
「(競合調査かな…でもあっちはメインレジ…あ、宇陀川)」
棚の陰から盗み見れば突き当たりのカウンターには栄さんにひらひら手を振る宇陀川の姿があり、合流した2人は談笑を始めた。
あの2人は何かしらの知り合い同士だしそれはどうでも良い。けれど栄さんは最初に会った時のような情を削ぎ落とした笑顔…とても心底会話を楽しんでいるようには見えない。
栄さんは下はスラックスで上は私服らしきダウンの防寒着、競合調査に訪れたところを宇陀川が捕まえたという感じだろうか。
「(先輩的な人ならペコペコしなきゃいけないんだろうな…めっちゃ作り笑いだ…)」
いずれ機会があればどんな仲か尋ねてみても良いだろう。
今はとりあえず自分の仕事を優先しようとバックヤードから在庫倉庫へと台車を走らせる。
それから掃除機の在庫を探して積むこと3分ほど、
「…これと、これと…ふぅ…」
バックヤードの機械で持ち手を引っ掛けるためのバンドを回し付けて、早く売り場に戻らねばと気が逸る。
もう栄さんは宇陀川から解放されてオーサキへ帰れただろうか。もしかして奴から意地悪などされてはいないだろうか。
共に業務時間内なのだから立ち話もほどほどで切り上げているだろうが、調査に引っ付いて回られたりしていないだろうか。そうなればスケープゴートになってでも栄さんを逃してあげたい。
ライバル店のスタッフにここまで気を揉む必要は無いし気に掛ける暇なんて無いのだ。なのにひとつ屋根の下にあの人が居ると思うとそわそわして気掛かりで仕方ない。
自分の上司よりライバル店員の肩を持つなんておかしなこと、けれど栄さんの仮面を剥がした素の笑顔を見てしまっただけに少しばかり心の距離が近くなったと思ってしまっている。というか心どころか至近距離で見つめ合った仲だ。
自分はなんだか栄さんの側に立って物事を考えている。宇陀川が気に入らないにしても、この心境は勘違い女みたいでみっともないか。
「(いや、宇陀川から助けたいだけ…)」
バックヤードから台車を押して売り場に出ればお客さんも居らずメーカー販売員さんもついつい欠伸、目が合ったので会釈で同意を示して掃除機コーナーへと荷物を運ぶ。
通路の先のメインレジにはもう栄さんも宇陀川の姿も無くて、「なんだ、帰っちゃったのか」と妙にガッカリする自分に「なんで?」とツッコミを入れた。
また来週だ、任命されればまたオーサキへ行って彼に会える。
別に何をする訳でもない。ただエンカウントしたら挨拶くらいして今日のことを尋ねたりしてみたいだけ、それだけだ。敵対心など持っておらず友好関係にあることを示したい。
それは何故かなんて言われたら…よく分からないけれども。
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